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鰻女  作者: 山田 六十
9/23

9

「セッちゃん、今日夕飯どうする?」


 片づけが一段落した辺りで光が再度下りてきた。バイトの終わりに夕食を食べていくかどうか聞かれるのが最近の恒例となっている。


「え・・・・・・と、どうしようかな」


 正也は視線をさまよわせて言葉を渋らせた。一般的な賄いと呼ばれる物とは違い、普通に火野家の夕食を頂くというものなのでイマイチ好意に甘え辛い。


「セッちゃんが一緒だとあかりも喜ぶんだけどね」

「それじゃあその、頂きます」


 昨日は断った手前あまり頑なに拒否しても失礼かと思い正也は結局頂くことにする。彼としても夕食を済ませられるのは有り難いことではあった。


「オッケー。それじゃあセッちゃんの分も作っちゃうね。灯の部屋で待ってて」


 嬉しそうに伝えると、光は階段を上っていった。



 階段を上がって行き廊下の一番奥手にあるドアをノックした。


「入っていいよ」


 部屋の主は名前も聞かずに正也の進入を許可した。恐らく光から聞いていたのだろうと思い、正也はドアを開けて部屋へと入る。


 部屋は電気が消されており、カーテンも締め切られて真っ暗であった。正也は手探りでドア付近の照明のスイッチを見つける。


「電気つけるぞ」


 返事は聞かずにそのままスイッチを切り替える。数度点滅した後蛍光灯が部屋全体をまぶしく照らした。

 正也は部屋に散乱している衣類や本、未開封の菓子類を避けながら窓際のベッドまでたどり着くとそれを背もたれの代わりにして腰を下ろした。


「灯~起きてるか」


 先ほど返事があったので起きているのは承知であったが挨拶代わりに掛け布団の上から軽く叩いた。


「起きてる。ただ横になっているだけ」


 そういって盛り上がっている布団の中から顔だけをヌッと出す。巣穴から顔を出して警戒する小動物の様だな。と正也は思った。


「具合でも悪いのか?」

「別に、なんとなく横になっているだけ」


 まだ部屋の明るさに馴れていないのか、灯は眩しそうに目を細めた。布団から這って出るとそのままベットから雪崩落ちる。薄ピンク色に水色ドットのパジャマが捲り上がり、小さな体に似つかない腰とヘソがチラリと顔を除かせた。


「服を正せ、幾ら何でもそれは恥ずかしすぎる」


 右手で顔を覆い隠して正也は呟く。


「エッチ」


 そういって灯は寝転がったまま捲れたパジャマを引っ張り肌を隠す。皺だらけでヨレヨレの見慣れたパジャマからはとてもでは無いが清潔感を感じることは出来なかった。


「お前は本当に着たきり雀だな」

「? ……雀?」


 不思議そうな顔をする灯をみて、正也は小さくため息をつく。


「寝てばかっりだと体に悪いぞ」

「今は偶々寝てただけだし」


 悪びれる様子もなく灯はベッドに置いてある端末に手を伸ばしながら返事をする。


「……ネットばかりは目に悪いぞ」

「お父さんみたいなこと言わないでよ」


 鬱陶しそうに反論しながらも端末を弄る灯に、「ハイハイ」と生返事をする。あんまりしつこいとヘソを曲げてしまうので小言は中断することにした。


「それに私だってダラダラしてるわけじゃないし。お風呂掃除とかお皿並べたりするし」

「お、おう、そうか。偉いな」


 微妙な反論を受けて返答に困るものの、灯は気にした風もなく画面をジッと見ていた。暫くすると端末から音声が聞こえ始める。どうやらアニメを見始めたらしい。


「それ前来た時も観てたな」


 おそらくオープニングテーマであろう曲に聞き覚えがあったのでそう尋ねる。


「今季でやってる奴だしねー。正也を見たら視聴してたこと思い出した」


「へー」と生返事を返しながら画面を横からのぞき込むと、テニスラケットを持った女の子達がやたらと肌を露出させた格好でオーバーアクションで動きまわり、その度に豊かな胸が弾んではスカートが捲り上がって下着が露出していた。


「な、なんでこの子達は上はビキニ一枚なのに、なんで下はミニスカとパンツをなんで穿いてるの?」


 予想以上にハレンチな内容に正也は興奮と動揺を隠せず、妙な言葉づかいで灯に尋ねる。


「お色気水着テニスアニメだからね」

「上は普通の水着じゃん。下はなんで下着なんだよ。 別にいいんだけど」

「普通の下着っぽい方が正也みたいな人が喜ぶからでしょ。私は水着の方が――」

「よ、喜んでねぇーし!?」

「うるさいなぁ」


 聞き捨てならない発言に反論するものの、実際正也の視線はあからさまに画面の下着と胸ばかりを追っている。

 興味が無いとばかりに正也は画面から視線を外すも、横から女性の黄色い声が聞こえるたびにチラチラと横目で画面を覗き見る。そんな彼には気にも留めず、灯は無言で画面をジッと見つめていた。


 そうこうしている間に主人公チームが放つボールが相手の胸を捕らえ、勢いよくビキニが弾け飛んだ。「いやーん」とお約束の掛け声と共に相手は胸を隠して膝をつくとゲームセットの笛が鳴り響いた。女の胸と尻ばかり見ていた正也には試合経過など知る由もないが、どうやら試合中に衣服が脱げても勝敗が決するらしかった。

 チームメイトの勝利に胸を盛大に揺らしながら飛んで喜ぶ主人公達。勝利を飾ったヒロインの笑顔を最後にアニメは終了した。


「もうこれは観なくていいかな~」


 気怠そうに端末をスリープ状態にするとベットの上に放り投げる。


「そ、そうか。つまらなかったのか?」


 ほんのり赤らんだ顔を床に向けながら訪ねる正也に無感動に灯は答える。


「バカアニメとしても半端だし、あからさま過ぎてあんまりエロくないし、熱血要素も薄いし継続するほどじゃないかなー」

「そうか。じゃあ仕方ないな。うん」


 無駄にウンウンと頭を振りながら答える正也を灯はジトっとした目で見つめる。


「……もしかして、気に入ったの?」

「バッ! おま、別にそんなんじゃない!」

「うわ、正也はこういうのが好みなの? いや、想像通りな気はするけど、いやいいけどね別に。うっわ!」

「な、なんだよ! 灯が観始めたんだろ!」

「こんなあからさまなサービスシーンをニヤニヤしながら楽しむ男って本当にいるんだ」


 あんまりな物言いに反論したい正也であったが、タイミング悪く光が二人を呼びに来た。どうやら食事の用意が出来たようであった。


 灯は画面を注意しすぎた所為か、目をしばたたかせながら立ち上がると、右手で目を擦りながら部屋を歩いていく。

 直前で言葉を遮られて胸が詰まる思いの正也であったが、弁解の言をグッと飲み込むと灯の後に続いて居間へと向かうのだった。

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