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鰻女  作者: 山田 六十
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6

 朝、正也が登校すると珍しく隣人が先に座っていた。


「お、友栄。おはよう」


 鞄を机に起きながら挨拶をする正也を横目でみると、友栄は頬杖付いたまま「おう」とだけ返した。


「というか、昨日休んだだろ。出席日数足りなくなるぞ」


 正也は咎めるように言った。結構な頻度で学校に来ない彼女を、当初は体調不良か何かと心配していたのだがどうやらそういう訳でもないらしい。以前尋ねた際に「気が乗らないかった」と返されて以降は、彼女が休む度にどうにも口を挟んでしまっている。


「うるさいな。アンタには関係ないだろ」


 友栄は苛ただしげに顔を歪めて毎度の返答をする。友人の進級問題は果たして他人事なのだろうか。と、いつもこの返答を聞いて正也は考える。進学、就職ならいざ知らず進級くらいは口だしさせて欲しいものだ。そう口にしてもこの天の邪鬼は「お前なんか友達じゃない」と返すだろうと分かっているので正也はただ肩を竦めるだけに留めた。


 それを見て友栄は小さく舌打ちをすると不愉快そうに視線を逸らした。今日は朝から虫の居所が悪いと見た正也はそれ以上なにも言わずに机の側面に鞄を引っかけた。


「アンタ、昨日女とお茶してたな」


 三十秒程の沈黙を破り友栄は逸らした顔はそのままに、静かに呟いた。ちょっとした空腹を訴えるような軽い物言いに、正也は言葉の意味を理解するの数秒を要した。


「……何のことかな?」


 言葉の意味を理解した彼は引きつった顔を見られまいと彼女とは反対に顔を背けて精一杯にとぼけた。


「昨日さー、喫茶店で女と親しげにコーヒー飲んでたよな。それも年上の」


 今度は正也の方に視線を向け再度問いつめる。友栄の視線を感じて、顔はそのままに落ち着きなく目線が上下する。


「記憶にないなぁ」


 正也の記憶では親しげではない。だからそう嘯く。そんな正也の態度を見て友栄は「ホー」っと関心したような声をわざとらしく上げた。


「いいこと教えてやろうか?」


 そう言うと返事も聞かずに正也の耳元に口を寄せ――


「あそこ私のバイト先なんだよね」


 と呟いた。


「……嘘?」

「ホント」


 信じられないような顔で振り向いた正也を友栄は嘲る様に小さく鼻で笑った。


「お前、昨日学校休んだくせに」

「バイトの為に休んだんじゃないし、あと話そらすな」


 多少の本音ではあったが友栄に凄まれて正也は口を閉じた。


「昨日も居たんだけどさ、いやビックリしたね。まさかアノ月岡正也君が年上の女性を連れてデートしにやって来るとはね」

「友栄、違うんだそれは」


 正也を無視し、少しだけ声を大きくして友栄はワザとらしく喋り出す。


「しかも代金は彼女持ちみたいだったしスミに置けないね。いつものお節介からあんな感じで女性を――」

「友栄さん! ちょっと! ちょっとお話聞いてお願い!!」

「人様に偉そうに説教垂れる割には、ずいぶんと爛れた性生活を――」

「高浜さーん! 高浜友栄さーん!!」


 正也は右手をつきだして必死に制止のジェスチャーをする。冗談めかした態度なのは周りに冗談っぽく見せるためでもあった。

 その思惑が伝わったのか、友栄は不愉快そうに顔を歪めながらも一時言葉を中断した。


「いや、まさか、見られてたなんてね参ったな。いや親戚のお姉さんとね偶然会っちゃってさ、話が弾んじゃって弾んじゃって」


 気持ち大きめの声で昨日と同じ言い訳を話す。


「親戚のお姉さんねぇ?」


 明らかに納得していなかったが思ったことをそのまま喋る知恵と違い、友栄は鼻で笑いながらそれだけ返した。昨日に引き続きまるで信用されない。この言い訳で行けると踏んだ自分はもしかして相当な間抜けなのではないだろうか。と正也は自分自身に不信感を覚える。


「オッハヨー」


 そんななか勢いよく知恵が飛び出して挨拶をしてきた。正也は視線を知恵に移し手を挙げて「おう」とだけ返す。友栄は無視して正也を変わらず睨んでいた。 


「ん? トモエ機嫌悪いの? 喧嘩でもした?」


 二人の様子を見て知恵はそのまま思ったことを口に出す。


「おい、聞けコイツ昨日――」

「け、喧嘩なんかしてないぞ。二人は仲良し。とっても。な? な!」


 友栄の言葉を遮りながら、無理矢理にも話の流れを修正しようと正也は躍起になった。昨日の今日ともなると流石に知恵からの心証も良くは映らないだろう。そこから友栄の誤解にも拍車が掛かることは必然であり、二人の友人から侮蔑の態度を取られて平気で居られるほど正也の心は強くはないのである。


「分かった。後で事情を話すから頼むから今は黙っててくれ」


 懇願するように小声で友栄に話す。


 友栄は苛ただしげに正也を振りほどき小さく舌打ちすると――


「コイツがいつものようにご説教垂れるから苛ついてんの」


 そう知恵に説明した。


「あー……なるほど」


 知恵は昨日彼女が休んだ事を思い出したのか、納得したかのように苦い顔で正也を見た。


「ホラ、解ったろ。解ったら散れ、散れ」


 虫を追い払うかのように知恵に向けて手を払う友栄。


「なんでさ! HRまだだよ!」


「朝っぱらからお前と話すと頭痛がするんだよ。どっか行け」


 再度手を払う友栄に知恵は「ちぇー」と口を尖らせて文句を垂れると、他の友人達にあいさつをしに去って行く。


「すまん」


 知恵の後姿を横目に正也は小さな声で友栄を感謝の言葉を述べるも、当の彼女は面白くなさそうにそっぽを向き、まるで返事を返さなくなってしまう。

 二日連続で浮気の釈明じみた事をしている自分に正也は心底憂鬱になった。

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