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鰻女  作者: 山田 六十
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「――というわけなんだよ」


 中庭の隅で昨日のあらましを一通り話し終えると、正也は紙パックに残ってるカフェオレを一気に吸った。


「良くわかんないけど、奢って貰う代わりにデートしたって事? ミセーネンシャなんちゃらじゃないのそれ?」


 正也が購買の総菜パンを三つ食べ終わったの対して、知恵は未だに小さいお弁当をチマチマと食べ進めていた。


「デート……なのか? メシ食っただけなんだが」

「セイヤからするとそうかもだけど、その女の人はデートだと思ってるんじゃない?」


 そういって知恵は卵焼きを半分かじる。

 知恵の言葉を聞いて正也は首を傾げた。指摘されるまで昨日のあれがそんな甘酸っぱいものであったという認識をしていなかった。無論当初は似たような意識は持っていたはずであるが、徐々に怪しさを増す女と珍妙な言動ばかりに気を取られ、そんな青春めいたイベントは脳の彼方へと追いやられていたからだ。

 否、度々それに近しいやり取りは確かにあったかもしれない。と昨日の一連のやり取りを思い出して顔を赤くした。


「でもさー、初対面の男を食事に誘う時点でアレだよね」


 そんな正也の様子が面白くないのか、彼の顔とは逆方向に視線を向けて悪態をつく。


「確かに俺だって怪しいと思ったけどさ……」

「ホイホイついて行った人が言ってもなぁ。てかなんでついて行ったワケ?」


「可愛かったから」とは口が裂けても言えない。こういうことを正直に答えると余計な火種になりかねないこと位は正也にも理解できていたことだった。


「どうせ綺麗な人だから鼻の下伸ばしてついていったんでしょ?」


 しかし知恵はそんな事は言わずともお見通しとばかりにふりかけのかかったご飯を口に運ぶ。


「は、鼻の下なんか伸ばしてねーし!」


 あまりにも図星に過ぎて正也はムキになって否定する。と同時に昨日の女のワンピースから除く胸元を思い出して少しだけ顔が熱くなった。


「あっ、なんかニヤケてる。いやらしい」


 知恵の指摘を聞いて思わず口元を手のひらで隠すと確かに口角が少々上がっていた。


「ま、いいけどね。別に」


 知恵は拗ねたように漏らすと、ミニトマトのヘタを摘んで正也の口元に突き出した。


「なんだよ」

「私プチトマト嫌いだからあげる」

「好き嫌いは良くないぞ」

「セイヤもパンばっかりだと体に悪いよ」

「プチトマト一個くらいじゃそう変わらんだろ」

「うっさい食べろ」


 知恵はそのまま強引にプチトマトを口に押しつける。正也は仕方がないので上下の歯で挟むと知恵はそれを引っ張った。プチッという音と共にヘタが取れたのでそのまま咀嚼(そしゃく)する。生温いトマトの汁が口一杯に広がった。


「不味い」


 苦い顔をしてそう漏らす正也を確認すると、知恵は満足そうに笑い弁当箱を片づけ始めた。


「頼むから変なこと言いふらさないでくれよ」


 そんな事をする人間ではないと思ってはいるが、正也は知恵に念を押した。


「えー、でも結局想像と大差なかったしな~」


 知恵は弁当を片づけながら、挑発するように「どうしよっかな~」と呟いた。


「だから変な事は無かったんだって」

「冗談だってば」


 そう微笑みながら知恵は立ち上がった。肉付きの良いふとももが目の前に来て思わず正也は視線を逸らした。


「んじゃあ、黙ってる代わりに今度なんか奢りね」

「ハァ? なんで――」


 知恵は体を翻すとスカートの裾がフワリと空気に乗った。チラリと見える本来スカートから隠れてる部分を見ないように正也は文句を中断して視線を下げた。


「それじゃあね!」


 知恵はそう言い残すと校舎の中へと姿を消した。


「あぁもう本当に――」


 イヤになると心の中で正也は呟いた。口の中にプチトマトの嫌な苦みが広がっていたのでストローを吸ったが、スーッと空気の通る音が聞こえるだけだった。どうにも口の中を直したい正也は自販機に向かうべく立ち上がって中庭を後にした。

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