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鰻女  作者: 山田 六十
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「今月の初めにね、電話がかかってきたのよ」


 まな板の人参と共に光は話を切り出した。

 本日の彼女の意図が気になった正也は事情を聞く為に火野家の夕食に相伴する事にした。灯にも詳しく理由を話していない事から話し辛い事なのかと思い、彼は二人で話せる口実を作る為に夕食の準備を手伝う事を申し出た。


 正也はハンバーグのタネをこねながら静かに光の言葉に耳を傾ける。


「その電話の人は、セっちゃんの知り合いだって言うのよ。だからセっちゃんのシフトを教えてくれって」

「それで教えたんですか?」


 そんな事はあり得ないと分かっていながらも正也は尋ねた。光もそれは理解しているのか過剰な弁明はせずに首を静かに降った。


「流石に従業員の勤務情報は気軽に教えられないわ。知り合いなら直接聞いてはいかがですか? って言ったらそのまま切られちゃった」


 肩を竦めて小さく笑うと皮を器用に向いていく。そのまま視線を人参に向けたまま「でも」と言葉を続ける。


「丁度その日からなのよね。あの女の人が店に来始めたの」

「……この前が初めてじゃなかったんですか?」


 驚きを隠せぬまま尋ねる正也に光は小さく肯定した。あの時は店に初めて来たような態度であったように思う。が、思えば彼女は偶々通りがかったとしか言ってなかった気がした。ともすれば南の言葉に偽りはないであろう。その正否に何の意味もないのだが。


「その電話を掛けたのが桜波さんって事ですか?」

「それは断定できないけど、女性の声だったのは確か。そしてその日から彼女がほぼ毎日来店していたのも」


 光はシャトー切りにした人参を鍋に入れて火をかけた。正也は呆然としながら手を動かしていた。


「帰る時間も大体一緒なのよね。今にして思えばセっちゃんが出勤してくる十分前位を目安に退店していた気がするの」

「僕が出勤してくるかを遠目で確認していた。って事ですかね?」


 小さなフライパンにバターとコーンを流しいれる。


「もちろん偶然かもしれないけどね。ただ、今週になって毎日来ていたのがパタッと止まったの」

「そしたら突然あの時間帯にやって来た……と」


 木べらで調子よくコーンを転がしながら光は小さく頷いた。


「あんまり憶測で物を言うべきじゃないけど、それでもあの日セっちゃんと話している姿を見てもしかしたら……って思ったのよね」

「だから今日は表に出してもらえなかったんですね」

「その言い方だと監禁してたみたいでなんか印象良くないな~」


 思わず謝罪する正也を見て光は「冗談」と笑いかける。


「それで本当にセっちゃんを付け回しているのかどうかを、彼女が把握している勤務形態と別の形になるように見せて様子を伺った。って訳」


「傍目からみても良く分からなかったけど」と光は首を竦めるも、正也は感心したように声を挙げる。正直に言えば少し過剰な反応な気もする。それでも自身を気遣ってくれての行動である為、素直にその心遣いが嬉しく感じられた。

 そんな反応の正也を横目で見つつも、光は申し訳なさそうに小さく謝罪した。


「本当はもう少し早く言ってあげれば良かったんだけどね。でも本当に知り合いだったら双方に失礼だし。だから確認もかねて質問してみたんだけど、そしたらそれどころじゃなくなっちゃったし」


 恐らく灯の癇癪の事を言っているのであろう、光は力なく肩を落とした。その姿に正也は力なく笑いかける事しかできない。

 フライパンの火を止めると、光は鍋にバターを放り込んだ。フライパンを持ち上げて皿にコーンを三等分に盛り付ける。


「でもそんなに親しいわけでもなさそうだったから、今回勝手なことしちゃったけど平気だった?」

「知り合いではありましたけどそれも今週の初め位からですし、間違いではないですね」


 自身でも少し早まった行動だとは思っているのだろう。光は伺う様に正也の顔を眺める。そんな彼女を心配させぬよう彼は笑いかけた。正也としては南とは直接話し合いたかったのだが、純粋に光の気持ちが嬉しく余計なお世話とは到底思えなかった。

 そもそも勤務中に込み入った話をするわけにもいかないので、結果的には良かったのかもしれないと感じていた。


「そっか。でもそれだとそれ以前の行動が謎だけど……」

「コンタクトを取ったのが今週なだけで、それ以前から知っていたのかもしれませんね。それも含めて今度聞いてみます」

「そっか。ちょっと余計なお節介だったかな。歳を取ると心配症になって嫌になっちゃう」


 愚痴りながら鍋の火を消すと、人参をコーンの横に添えて置いた。皿に飾りを付けながら「でも」と光は呟いた。


「あんまり無理しちゃダメよ。刺されでもしたら私も灯も泣いちゃうから」

「多分大丈夫だとは思います」

「締まらない答えだなぁ」


 なんともパッとしない返答に光は軽く正也の額を指で弾いた。彼女の優しさが嬉しくて少し胸が熱くなった。


「それにしてもセっちゃん。年上が好きなのはいいけど、ちゃんと相手を選んで火を付けなさい? 大人の女は怖いんだから」


 子どもに言い聞かすように不道徳な事を言う彼女に思わず苦笑してしまう。そもそも何故自分が年上好きにされているのかも分からないが、いい加減正也も反論する気力は失せてしまっていた。


 ふと正也は何となしに今までの情報を纏めてみた。彼女たちの言い分を信じるならば、背は小柄ながらも胸だけは大きく、それでいて男に媚びない強気な年上の女性。それが自身の好みという事になる。

 何とも言えない屈折した性癖が垣間見える女性の好みに、思わず自分の精神状態を疑いたくなった。


 しかし結局は他人が勝手に想像した自身の好みに過ぎない。とイメージを想像する前に頭を振って必死に否定する。何故だかそれを詳細に想像するのは危険だと脳が無意識に伝えた気がしたのだった。


 正也が自身の捻じ曲がった精神と戦っていると光が小さく声を掛けた。


「セっちゃん。いつまでお肉こねてるの?」

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