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鰻女  作者: 山田 六十
16/23

16

 下校時、正也は挙動不審の様相で歩いていた。何処かで南が自分を監視しているのではないか。そんな疑念が彼の神経を必要以上に張らせていた。


 その為か、突如として聞こえた何かが倒れる音に正也は一早く反応した。


 視線を音の方に向けると、六十代前後の男性が自転車と共に横倒しになっていた。正也は驚いて男の元へと飛び出した。苦痛の声を漏らしながらも中々動こうとしない。どうやら下敷きになった片足が自転車の体に挟まってうかつに動けないようであった。


 正也はゆっくりと自転車を持ち上げて、何とか男の足を引き抜く。


「大丈夫ですか」


 自転車を立てかけると、未だ蹲っている男にしゃがんで話し掛ける。男は「大丈夫だから」と繰り返し言うもののなかなか立ち上がることは出来ないようであった。

 救急車を呼ぼうかと尋ねるも男は頑なに拒否する。それでも右足を何度もさすりながら立ち上がることは出来ないようだ。足の痛みもそうだが、倒れた際に体を地面に強く打ちつけられたせいで見た目より痛みが全身に回っているのだと正也は判断した。


「あれ~月岡君~」


 ほとほと困り果てていた所を急に声を掛けられる。視線をやると目黒瑠美が驚いた様子で突っ立っていた。


「なんだか痛そうな倒れ方だな~と思ったけど、駆け寄ってたのは月岡君だったんだ~」


 のんびりとした様子で瑠美は男と正也を交互に視線をやる。どうやら遠目で大体の経緯は目撃しているようであった。正也はこれ幸いにと瑠美に話しかける。


「目黒。頼みがあるんだがそこの自転車押してもらえないか。俺はこの人を支えるから」

「ん~。何処かに行くの~?」


 男は「病院はいい。大丈夫だからと」苦痛に顔を歪めながらも必死に拒否した。これだけ痛がっているのになぜ病院を頑なに拒否するのか正也には不思議でしょうがなかった。


「とりあえず、落ち着ける場所に行きましょう」


 いつまでも往来にいるわけにもいかずそう提案する。それならと瑠美は近くに公園がある事を正也に伝えた。


 行き先が決まったので正也は男に肩を貸して立ち上がらせ、瑠美は自転車を押しながら公園へと先導する。公園へと向かう途中、男は何度も謝罪の言葉を呟いていた。



「その、ありがとうな。急な頼みだったのに」


 公園から少しばかり離れた場所で、正也は頭を掻きながら瑠美に礼を述べる。


「別に良いよ~。私もあのまま帰るのは目覚めが悪いし~」


 間延びした様子で瑠美は答える。そんな彼女を横目で見ながら、正也は未だに男の事を心配していた。


 男は公園のベンチに座った後「暫くすれば大丈夫だから」と言い、二人にもう行く様にと懇願する様に伝えた。まだ怪我の容体が気になる正也であったが、留美に引っ張られる形で公園を後にしたのだった。


「あの人、大丈夫かな」

「大丈夫だよ~本人が言っていたし~」


 対して留美は全く気にしていないようであった。しかしあれだけ痛がっていたのに、異様なまでに大丈夫と言い張るのが彼としてはまるで納得できないのであった。


「ん~。強がってたんじゃない?」


 そんな正也の疑問を留美は当然の様に答えた。


「強がってるって、大丈夫じゃないって事じゃんか」

「それは分からないけど~。転んだ所を年下の私達に助けられて恥ずかしい~って思うんじゃない?」

「そんなことで誰も笑わないだろ」

「月岡君はそうだけど~本人的には格好悪い所見られた~って思うでしょ?」


「む」っと正也は留美の言葉に考え込む。確かに手を差し伸べる方は助けることに必死だが、本人としてはバツが悪い様をずっと衆目に晒され続けている。という事だ。確かに正也自身も段差で躓けば気持ち速足で立ち去ろうとする事だろう。そう考えれば彼女の言い分は幾らか理解できた。


「それに病院だってお金がかかるわけだし~。命に関わらないなら本人に委ねた方が良いよ」


 まるで子供に諭すような口調なので少し正也は顔を赤くした。彼女の言葉を聞いていると、自分の行動があまりに考え無しな様に感じられて恥ずかしくなってくる。


「でも~倒れた人にササっと駆け寄れる月岡君は凄いと思うよ~」

「別にあんなの普通だろ。誰だってできる」


 肩を落とす正也を励ます様に留美は言うが、当の本人は拗ねたように自嘲する。しかしそんな彼の言葉を留美は首を振って否定した。


「私だったら多分無視するな~。面倒だし~」

「嘘つけよ。普通に助けてくれたじゃん」

「それは月岡君だったからね~知らない人だけだったら無視してたよ~」


 冷たいことを実に朗らかに喋る留美だったが、正也は彼女なりのブラックジョークだと捕らえた。しかしそこまで付き合いがあるわけでもない為か、イマイチ調子が合わせ辛い。

 また別段大したことでもないのに、過剰に褒められている気がして気恥ずかしく感じてくるのだった。


「まぁ、今回は俺が一番近くにいたしな」


 なので正也はそう吐き捨てるも留美は「そんなことないよ~」と否定する。何故彼女が頑なに自分を持ち上げるのか正也は不思議に感じて首を傾げる。


「月岡君。前も似たよう事あったでしょ~?」

「ん? まぁあった気がする……かな?」


 留美に尋ねられるも正也の歯切れは悪かった。確かに彼がこういった事に遭遇することは初めてではないが、いちいちそんなことを記憶していないからである。そもそも大体は怪我もなく立ち去っていってしまうのでこういったケースは非常に稀だ。


「あの時は女性だったかな~。歩道橋で足を滑らせたみたいでさっきみたいに」

「うーん……?」


 おぼろげながら正也は記憶をたどると、確かにちょっと前にそんな事があった気がした。


「あぁ。そんな高い場所からじゃなかったけど、膝を擦りむいていたんだった……かな?」

「うん。あの時私もそこに居たけど誰よりも速く駆けつけていて凄いな~って思ったの」

「偶々近くに居ただけだろ」

「ううん。月岡君は最上段に居た私を後ろから追い越して駆け寄っていた。私は動けなかったのに」


 そういって留美は笑った。どうにも照れくさくなり正也は話題を変えた。


「そういえば、今日は一人なんだな」


 いつも祥子、和美と共にいる印象があるからか、彼女が一人で行動しているのが正也にとっては物珍しく見えてそう尋ねた。留美自身もその自覚はあるのか、特に疑問に思わず回答する。


「今日はちょっと用事があるから一人なんだ~」

「えっ、それは引き止めちゃって悪かったな。大丈夫なのか」


 正也は咄嗟に時間を確認するが、彼女の用事が何時からか分からないのでまるで意味のない行為であった。そんな彼を見て留美は可笑しそうに笑う。


「まだ大丈夫だよ~時間だったらこんなにのんびりしてないし~」

「ん、それもそうか」


 確かに留美の言うとおりであり正也は安堵する。同時に急いでいる彼女の姿がイメージできず少し笑ってしまう。


「じゃあ私こっちだから~」


 分かれ道に差し掛かかり、留美は正也とは別方向を指さした。


「今日はありがとな、急いでたのに」

「ううん。別に。私も今度は手伝えて良かった~」


 そういうと小さく手を振って留美は歩いていく。その姿を確認して、正也も歩き出した。

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