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鰻女  作者: 山田 六十
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 教室、自身の席で正也は小さく溜め息をついた。昨日は知恵が居たお陰で南の事を忘れる事が出来ていたが、帰宅してからは彼女に対する猜疑心がぶり返し始めていた。

 それだけならまだ良かったのだが、自分が家にいる間も実は監視されているのではないか。という不安が浮かんでしまうと、家の中ですら落ち着かない気持ちになり昨夜は中々寝付けなかったのである。


 そんな彼とは対照的に知恵が元気に朝の挨拶を交わしてくる。心なしかいつもより上機嫌な様に思えた。そういえば昨日も同じように感じたな。と心ごちながら毎度の注意を促すが当然の様に聞き入れることはない。いやにニコニコしながら彼の小言に反対する彼女であったが、正也の顔を見て不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの? セイヤなんか元気ない?」

「いや、なんか昨日寝付けなくてさ」

「ふーん? 珍しいね」

「もうすぐテストだろ? だから何となく教科書開いたら頭が変に冴えちゃってさ」


 そう言ってわざとらしく大きくあくびをした。知恵は正也が南を苦手に意識を持っている事は感じとっているであろう。がその理由までは知らない。彼女に妙な心配を掛けたくない正也は、そういって適当な理由をでっち上げた。


「え~! イヤなこと思い出させないでよ」

「知恵も夏休み無駄にしたくないなら今から準備した方がいいぞ」

「夏休みもだけど、イマの放課後もムダにしたくない~」


 そういって机に寄りかかって駄々をこねる。何とも刹那的な生き方で瞠目してしまう。目の前で谷間をこれでもかと強調してくるため、正也は頭を下げて両手で目を塞ぐようにして必死に欲求を抑え込む。

 端から見ると深刻に物を考えているように見える為か、知恵は不思議そうな目で彼を眺める。


「だったら今の時間を使うか?」


 現状を打破するため懸命に思考した結果、実力行使に出る事にした。机に掛かっている鞄に手をかけ教科書を取り出すような仕草をする。


「えーヤダヤダ! 自由時間をムダにしたくないんだってば―」

「君、勉強することをムダな時間って言うのは学生としてどうよ?」

「ウワっ! またオセッキョーが始まった!」


 そういって知恵は机から飛びのくと、逃げる様に教室の端にいる井上達と合流しに行く。その姿に苦笑しつつもちょっとした安堵を覚える。

 彼女はああ見えて鋭い所がある。気を抜くとすぐに寝不足以外の理由にも勘付くかもしれない。正也としては妙な心配を掛けて彼女の顔が曇るのは本意ではなかった。

 

 同時に知恵の期末について余計な心配をしていると、隣の席に人が座った気配を感じる。友栄だ。

 挨拶を投げると「ん」と小さく返答する。どうやら今日の機嫌は悪くない様だと正也は理解した。


 折角機嫌が良いのだから、あまり横で辛気臭い顔をするのもどうかと思い。頭から南の事を追い出そうとするもなかなか上手くいかない。むしろ考えまいと思うほど頭の中に絡まって浸透していく様に感じられた。先ほど知恵の進退を考えていた方が幾らかマシだったなと四苦八苦していると、隣から視線を感じる。顔を向けると友栄が横目で正也の顔を注視していた。


「え……と、なんか用か?」

「別に」


 そう返すも、視線の先が変わることはなかった。正也が顔を向けていても、気にすることなく観察を続ける。顎の先から額まで目線を動かしながら無言で彼を見つめ続けている。 


「俺の顔になんかついてる?」

「別に」


 ペタペタと顔を弄りながら訪ねるも返答は変わらなかった。次第に気まずく感じてきた正也はとりあえず話題を振って間を持たせようと試みた。


「そういえば友栄はテスト勉強してるのか?」

「なんだ突然」

「突然ではないだろ。あと一週間ちょっとだ」

「ふーん」


 何に対してなのか、友栄は得心したような声を上げる。しかし彼の尋ねた質問に対しての返答は返ってこなかった。


「やっぱり言えないもんかそういうの」

「あぁん? 何が?」


 彼女の態度に正也が疑問を投げるも、上手く伝わらなかったのか聞き返される。


「いや、ほら不良としての面子? 的にテストの事気にしてます。なんて言えない的な――」

「アンタ、私の事なんだと思ってるわけ?」


 信じられないといった顔で正也を見る友栄。怒りというよりは、呆れ果てたといった表情であった。彼の抱いているイメージに唾を吐くように舌打ちすると、渋々ながらも質問に答えた。


「別にしてねぇよ。大体どうでもいいだろそんなん」

「いや、どうでも良くはないだろう」


 知恵もだが、自分と期末テストに対する認識の違いに愕然とする。勉強が全てではないというのは、正也も同意できる事ではあるが、だからと言って全くする必要もないとなるのはどう考えても理解できない。


 特に友栄に関しては遅刻や欠席が多い分、普段の授業すらまともに受けていないのが現状である。これでテスト対策などしてないなど言われては、正直心配するなという方が無理な話であった。


「な、なぁ友栄。もし良かったら、一緒にするか? なんだったら知恵とかも誘って――」

「ハァ?」


 そんな彼の誘いを友栄は心底鬱陶しそうに睨む。


「アンタまさか、私とアレを同レベルに考えてるわけじゃないだろうな」


 顎をしゃくって前方で談笑している知恵を示すと、不愉快さを全開にして正也を睨む。実は知恵より危ないのではないかとは言えずに正也は微妙に言いよどむ。


「いや、同レベルも何も、友栄と俺の知恵に対する印象が一緒とは限らない訳で……」

「……一次方程式が既に解けなさそう。あと元素記号が何を表しているかとか分かってなさそう」

「……」

「なんだよ」


 思わず白い目で見てしまう正也に、友栄は珍しくたじろぐ。幾らなんでもあんまりな物言いに知恵に同情してしまう。そもそも自分と同じ試験を通ってるという事を忘れているのではないだろうかと彼には思えてならなかった。


「う、うっせぇなぁ! あいつが普段からアホみたいにしてるから悪いんだろうが」

「人を貶した上に責任転嫁って、あと何も言ってないからな」


 流石に自分でも言い過ぎたと感じたのか、珍しく弁解を始める友栄であるがまるで弁解になって無い当たり彼女らしい。それを聞いてますます正也の目を辛辣なものとなる。

 そんな彼の視線に耐え切れなかったのか、舌打ちをして視線を外した。


「ハッ! どっちにしろアイツが居るんなら一緒に勉強なんかやるかってのアホらしい」

「ん? 知恵が居なかったらするのか?」


 意外な物言いに思わず尋ね返してしまう。正也としては授業を受けてない彼女の方が気がかりである為、それはそれで構わないと思ったからであった。


「ッ! どっちにしろやんねーよ! 調子に乗んな!」


 自身の発言意味に気づいたのか、訂正するように吠えると友栄はそのまま机に伏した。ほどなくして校内にチャイムの音が鳴り響いた。

 正也は肩を竦めると「気が向いたら言ってくれ」と素直じゃない彼女に伝えた。隣からは蚊が鳴くような声で「うるせー」とだけ返ってくる。

 いつの間にか南の事はすっかり頭から抜け落ちていた。

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