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鰻女  作者: 山田 六十
13/23

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「オイシー!」


 スプーンに乗った氷を口にくわえると、知恵はテーブル下の両足をパタパタと動かした。正也はそれを見て大げさに過ぎると感じたが、彼女の幸せそうな笑顔を眺めているとそれも些細なことだと気にならなくなっていく。


 そんな微笑ましい彼女の姿から自身の目の前にそびえたつ氷山に視線を移した。最初は自身の顔より大きそうな氷の山が小さなお椀に窮屈そうに積み上げられていたのだが、正也の懸命な努力により大きさは半分にまで減っていた。彼はそれが椀から零れ落ちぬようにスプーンで氷をすくうと、彼女に倣って口へと放り込んだ。


 冷たい。もはやそれしか感想が思い浮かばない。量は半分になったものの、まだまだ十分な大きさを誇る氷の塊に、彼はげんなりとした。


 かき氷と聞いて、当初夏祭りの屋台で出すようなものを正也は想像していたが、いざ店に来てみるとふわふわの雪を積もらせたような純白の塊に彼は驚きを隠せなかった。シロップも合成着色料を思わせるそれとは違い、フルーツソースと言った方が適当な濃厚なものだ。その上には生クリームや果物が乗せられており、初めて目にする「かき氷」に少年が如く大興奮の面持ちで匙を振るっていた。


 そう、最初は良かったのだ。濃厚そうなソースや生クリームも氷という水分と共に取るため見た目ほどのくどさも、しつこさも感じない。しかし如何せん氷である。

 食べ進めていく毎に冷たさで口の中が痺れてマヒしてくる。最初に興奮してがっついた所為で、口の中は完全に冷たさで支配されていた。うっかりアイスコーヒーを頼んでしまった所為で、口内の温度調節も出来ず若干困り果てていた。


「セイヤのもおいしそうだよね、イチゴ味」


 自身より二倍近く残っている、正也の氷を見て知恵は恨めし気な視線を送る。その反応に彼はこれ幸いにと椀をテーブルの中央へ滑らせた。


「なんだったら食べてもいいぞ」

「ホント? アリガトー!」


 躊躇せずに、スプーンを差し込み正也の氷を頬張ると、幸せそうな顔を緩ませた。


「あー、イチゴもいいねー。ヤッパかき氷はフルーツな感じ」


 そう零しながら、二度三度と赤いかき氷の山を削っていく。正也は気にした風もなく、そんな彼女を眺めていた。違う味も食べたがる事を見越して彼女と違う味を選んだので、少し微笑ましい気持ちになる。因みに知恵が食べているのはチャイシナモン味である。


「セイヤも私の食べる? オイシーよ?」

「俺は良いわ、結構量が多かった」


 茶色く染まった氷を差し出されるも、がっついて味が分からなくなった等とは格好悪くて口が裂けても言えず、そうやんわりと断る。

 知恵は特に気にした風もなく「ふーん」とだけ返すと、そのままイチゴの氷を消費していく。しかし暫くすると、自身の氷を前に滑らせて正也の氷と並ぶように配置した。


「わたしもこの量は流石に多いからセイヤも食べて」


 自分だけ食べているのが納得いかないのか、抗議するかの如く頬を膨らませる。

 そんな彼女を見て正也は思わず吹き出しそうになるのを堪えて、軽く返事をしつつ氷の山を崩しにかかる。少し間を開けたお陰で幾らか口の中も元に戻りつつあった。


 二人でかき氷を片付け退店する。外はある程度の陰りを見せていたものの、未だ暑さは収まらぬようであった。知恵は「うへー」とうんざりした面持ちで悪態を漏らすとこれ見よがしに肩を落とした。

 いちいち大げさな行動な彼女に苦笑していると不意に横から声を掛けられた。


「あら、月岡君」


 桜波南であった。


 彼女はテイクアウト用のカップを手に持ち、簡易的な飲食用のベンチに座ってかき氷を食べていた。額は暑さの為か少々汗ばんでいる。


 正也は彼女を見た瞬間、引きつりそうになった顔を堪えると「こんにちわ」と挨拶を交わした。


「また会うなんて、本当凄い偶然!」

「そうですね。また……ですね」


 嬉しそうに笑顔を咲かす彼女を見て、正也は緊張で喉が渇いていく感じがした。

 そう。彼女の言う通り、また会った。これで南とは四日連続で遭遇したこととなる。同じ学校に通う訳でもない、年齢も性別も離れている彼女とこれだけ出会うのは普通なかなかありえない。確かに凄い偶然である。本当に偶々出会っているなら……の話ではあるが。


「誰? セイヤの知り合い?」

「あぁ……前話した、親戚の、お姉さんだよ」


 シャツを引っ張って尋ねる知恵に遠回しに答えるも、彼女は全く意図に気づかない様子で「そだっけ?」と首を傾げた。


「ドモ雛岸です」

「桜波です。どうも」


 馴れない仕草なのか妙にぎこちなく頭を下げる知恵に南も立ち上がると、かき氷を落とさないようにペコリと頭を下げた。

 南は興味深そうに知恵を頭から足先まで眺めると楽しそうにクスクスと笑う。


「月岡君も隅に置けないね。こんな可愛いガールフレンドがいるなんてね」

「いや~そんな、それほどでも」


「えへへ」と、はにかみながら隣の正也をバシバシと叩く。普段の彼ならば彼女達に何らかの言葉を挟んでいる所だが、頭の中は既に彼女への不振で一杯であり、そんな余裕は露ほども残っていなかった。


 しかし口の中の唾を必死に飲み込むと、胸中に渦巻く不安を何とか取り払おうと務めて冷静に南へ話しかける。


「しかし、本当に奇遇ですね。南さんはこのお店知っていたんですか?」

「うん。友達が話しているのを聞いてね。いつか行こうと思ってたんだけど、偶々目の前を寄ったから」


 そういって彼女は氷を救って口へと運ぶ。彼女の氷は外の熱の所為か、殆ど溶けかかっている。知恵は彼女が食べている味を聞いたり、店の他のメニューの事などを楽しそうに話し掛けていた。

 南も初対面な彼女に対して物怖じせず、楽しそうに会話の花を咲かす。  


 そんな様子を見て、幾らか正也も落ち着いた気持ちになってくる。

 最近の自分は変に考え過ぎなのだと。そう言い聞かす。


 確かに彼女とは四日も連続して遭遇しているのは間違いない。しかし、初日は偶々を声を掛けられたのが正也であっただけだ。他に良さそうな人が居れば、そちらに声を掛けている筈である。

 二日目は前日の落とし物を届けに来てくれたからであり、そもそも偶然ではない。

 三日目は彼女が寄った店が偶然彼のバイト先であっただけ、友栄の件を考えればそこまでありえない話ではない様に感じる。そして今回も偶々同じ店で休憩していただけだ。


 そう、初対面を除けば、偶然再会したのはたったの二回である。二回程度であれば、そこまでありえない話では無いだろう。そう結論付けて、正也は何度目か分からない彼女への不審な疑念を追い払う。


 その直後――


「そういえば月岡君は昨日何を食べたの?」


 知恵との話が一段落したのか、唐突にそんな事を尋ねだした。あまりに突然で「え?」と聞き返す事しかできなかった。


「お夕飯。何を食べたの?」

「生姜焼き……と他にも少々」


 気にした風もなく笑顔で首を傾げてもう一度質問を投げる彼女に、正也は何が何だかわからずたどたどしく答えた。


「美味しかった?」

「えっ? まぁ……はい」


 話のネタが無い時のような会話に、無意識に気まずい心持ちになっていく。知恵は誰かからかメッセージが届いたのか、携帯の方に夢中になっていた。


「あそこのお店って、生姜焼き定食とかってあるの?」

「いや、どうでしょう? お昼にはあるの……か?」


 生姜焼き定食などは定番なのでありそうではあるが、自身が働く時間帯にはサンドイッチ程度の軽食しか提供していない為か、イマイチ歯切れの悪い回答になる。

 いくら時間帯が違うとはいえ、自分も一応は従業員なのだからメニュー位は把握しておくべきかもしれない。と自身の労働意識について考えてしまう。


「ふーん。じゃあ今度行った時に、あったら頼んでみようかな」

「? 生姜焼き好きなんですか?」


 イマイチ彼女のイメージにそぐわないので、ついそう聞いてしまう。彼女はそれに「ううんそんなに」と、楽しそうに笑って答えた。


「でも美味しいんでしょ? あのひとの作る生姜焼き」

「え……いや。……え?」


 笑顔を崩さぬまま南はそう確認した。

 その問いの意味を理解して、正也の言葉が思わず詰まる。


「? セイヤどうかした?」


 周囲の空気が変わったのを察したのか、知恵は携帯から目を離して正也の顔を覗き込む。しかしそんな彼女に意識を割くことが出来ない。その様子を訝し気に感じて、知恵は南と彼に視線を左右させる。


「あ、でもお店で出してるのとはまた違うのかな? 従業員の裏メニュー的な」

「さぁ……ちょっとわかんないですね」


 会話の流れ自体はおかしくはない。正也は昨日、光が作ってくれた生姜焼きを夕飯に食べた。それをおいしいと答えたから、南は店で出る生姜焼きもおいしいのだろう。そう判断した。

 だが彼は昨日食べた夕飯が、光が作ったものだと言っていない。だから南がその二つの要素をつなげて解釈するのはおかしい。


 彼女が退店し片づけを終え、食事ができるまで灯の部屋で時間を潰していた。正也が夕食にありつくまでは一時間以上は経っているはずだ。確かにバイトが終わってからそれだけの間店から出てこなければ、そういう発想をしてもおかしくはない。


 しかしそれは同時に彼女がその間、正也が店から出てこないことをずっと確認していた。という事になる。何故そんなことをしたのかがまるで理解できず、彼女への猜疑心が再度膨れ上がっていく。


「ねぇ、月岡く――」

「――あの!!」


 突如、知恵が二人の間に割り込んでくる。表情は少しばかり硬く、一見すると南に立ちはだかる様な構図である。突然の行動に面を食らっている南から視線を逸らさないまま、彼女は正也の腕を掴んだ。


「ワタシ達! これから映画見に行く予定があって! そろそろ行かないと間に合わないので!」

「あら、そうだったの。ごめんなさいね。長々足止めしちゃって」

「いえ! 別に! それじゃあ急ぐので!」


 一つ一つを相手に言い聞かせるように力強く発言する知恵とは対象に、南は変わらずいつもの笑顔で返す。知恵は睨むような目つきで相手を一瞥すると掴んだ腕を引っ張り急かすように歩いていく。


 突如として起こった展開に正也は脳の対応が追い付かない。まるで怒っている様な知恵の態度を不思議に思いながらも、後ろを振り返り小さく頭だけ下げる。南は笑顔のまま小さく二人に手を振っていた。

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