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「そういえばなんか最近あったのか?」
昼休み、唐突に大輔が切り出した。食事を完全に終え、談笑している最中の事である。
「あぁ、昨日久々にドーナツ食ったんだけどさ――」
「お前じゃなくて正也に聞いてんだよ」
鬱陶しそうに大輔は話を遮る。腰を折られた五郎は呆れたように肩をすくめて鼻から息を吐きながら首を振った。苛立たしく舌打ちをしながらも、それを無視して再度話を促す。
「えっ? 特にないけどなんで」
一瞬南の事が頭をよぎったものの、あまり大っぴらに話す事でもないと思い正也はそう答えた。
「最近、雛岸やらとコソコソしてたじゃん?」
「しかも! 昼休みに! 二人で!」
五郎が一言ずつ肘で正也の腕を小突く。殺意が沸くほどの鬱陶しさであるが、友人以上の男女が人目を忍んで会ってれば勘違いされても仕方がない。と正也は叩くのグッと堪える。
「いや、別にそういうのは無いけど」
「まぁ、そういう事とは思ってねぇーけど」
「セーヤはムッツリマンだから手は出さない主義だしな」
無神経なまでに肩を豪快に叩く五郎。またもや沸いて出る衝動的な怒りをグッと堪える。多分に事実ではあるが、この男に関しては特に意味もなくおちょくっているだけに過ぎないので、一々相手にしては限が無いからだ。
「昨日は高浜だったし。なんかあったのかなーって」
空のコーヒーパックを吸いながら何となしに尋ねる大輔。クラスメイトが日毎に別々の女子と姿を眩ますというのは、格好のゴシップネタである。しかし彼に至っては純粋に心配してくれているのだと、正也は長い付き合いで理解していた。
「何かはあったけど、まぁそんな大したことじゃないぞ」
「ふーん?」
イマイチ核心に触れない物言いに不満を感じながらも、大輔は追及はしなかった。必要になれば相談してくるだろう。というある種の信頼の表れである。
「こないだのあの女とはどういう関係なのよ! 的な痴話喧嘩だろ? どうせ」
「いやいやいや。そんなまさか、ハハハハハ……」
対して、まるで興味がなさそうに五郎が適当に結論付ける。しかしながら、あながち間違っていない発言に正也は歯切れが悪くなった。
「でも実際、雛岸と高浜はどうなん?」
大輔は何度目か分からない質問を投げかけた。
「どう……って、別に普通に友達だけど」
なので、正也も変わらず同じように返す。毎度返答は決まっているのに、何故こうも度々聞かれるのか不思議でならないが、実際何か進展を期待しているのかもしれない。
いつも通りの回答に大輔は詰まらなそうに声を上げる。
「普通ねぇ? 雛岸はともかく、高浜とか男女含めてお前としかまともに会話してないじゃん」
「それは誰も話しかけないからだろ? 話しかければ別に普通に返してくれるぞ?」
「オレ、学期の初めに話しかけたら『話しかけんな』って睨まれたわー」
何が面白いのか五郎はゲラゲラ笑いながら語る。実際彼のノリは友栄には合わないだろう。と正也もその様子を想像して苦笑した。
「それは俺も言われたことあるよ。でも気にせず話しかければ何も言わなくなるけど」
「普通はそれで関わろうとしなくなると思うが」
「友栄は口が悪いだけで、印象ほど怖くはないよ」
普段の振る舞いで損をしがちな友栄の印象を払拭させたい正也だが、そんな彼を大輔はニヤニヤと笑みを浮かべて見つめている。何か厄介事があるならまだしも、そうでないなら純粋にからかうネタとして使ってやろう。とそういう事らしい。
「まー、雛岸も話しかけてるか? 割とキレてる印象しかないけど」
「知恵みたいなノリは苦手みたいだからなー。でも嫌ってるわけではないと思うぞ?」
「つまんねーなー。もっと我を剥き出しにした嫉妬丸出しの罵声の応酬とかねーのー?」
心底つまらなそうに五郎が後ろの机に寄りかかる。椅子を後ろ脚二本でバランスを取りながら体をゆっくりと揺らす。正也が軽く注意するも当然の様に聞き入れる気配はない。
「オイどけよ」
そんな五郎の隣にいつの間にか友栄が立っていた。どうやら今しがた登校してきたらしく、右手にはバックを担ぐようにして持っていた。
今にも殺さんばかりの視線も、五郎は気にした風もなく体を揺らしていた。ちなみに今彼が座っているのは本来彼女の席である。
「オイ」と一段声を低くして再度凄むと、今気がついたと言わんばかりの様子で彼女に視線を移した。
「ゴメーン。今昼飯食ってっから許して~」
「流石に食い物一つも出さずに、その言い分は通らんだろ」
無意識に人を煽る五郎を見かねて、大輔が口を挟むがそんな事を聞き入れる人間なら、そもそもこんな態度をとりはしない。ドンドン目線が険しくなる友栄を見て思わず正也が立ち上がる。
「ホラ! 五郎。俺の席座って良いから。な?」
そんなに怖くないといった矢先ではあるが、流石にこれ以上は危険に感じたのか、必死に五郎を席からどかそうとする。その姿を一瞥すると友栄は小さく舌打ちをした。
「もういい。鞄だけ掛けさせろ」
「どうぞー」という五郎の返事より前に、机に鞄を掛けると踵を返した。そんな彼女の背中に正也は挨拶を投げかけると。小さく振り向いて「オウ」とだけ返した。
「今日来ないかと思ってた」
「別に……言っとくけど昨日アンタに言われたからじゃないからな」
「ん? ……あぁ。 知ってる」
一瞬何のことか分からなかったが、昨夜のやり取りを思いだしてそう笑いかけた。友栄はその姿に小さく舌打ちするとそのまま教室から出ていった。
小さく安堵の溜息を吐く彼を、またも大輔が笑みを浮かべて眺めていた。
「……なんだよ」
「べっつに。普通の友達ねぇ?」
「別に普通だろ」
尚も笑みを崩さない大輔に視線をそらして、そっけなく返した。意識していなかったが、確かにちょっと思わせぶりなやり取りだったな。と思い返して顔が熱くなる。
「お前、何が口が悪いだけだ。メチャクソ切れてたぞオイ」
「あれは完全に五郎が悪いだろ!」
尚も体を揺らしながら抗議する友人に正也は呆れ果てた。友栄よりは彼の方が遥かに気難しい人物に思えてならず、なんとも釈然としない心持ちになる。
「まぁ。確かに正也に対してはそうなんだってのは分かった」
「だからもう勘弁してくれ」
いい加減しつこくなってきたので釘をさすと大輔は「へーへー」と笑いながら了承した。
「セーイヤッ!」
そんなやり取りに疲れ果てている所に知恵が飛び跳ねる様にやって来た。基本的にいつも明るい彼女であるが、今日に至っては特にご機嫌に見える。
「今日って放課後ヒマ?」
「ん? ヒマだけど? なんか用か」
不可解なまでにまぶしい笑顔に戸惑いながら答えると「ヤタ!」と小さく飛び跳ねて喜んだ。目線が下に行き過ぎない様に鉄の意思で制御を試みる。機嫌の良い時の彼女は胸部が青少年殺戮兵器と化す為、正也にとっては非常に危険な状態であった。
「じゃさ放課後、フーセンドー行くからセイヤの奢りね」
「え? 奢、いや、なんで!?」
正也が自身との戦いに必死な間に、彼女は勝手に事を進めていく。聞き捨てならない単語が聞こえた為、咄嗟に意識が戻った。
「だってこの前奢ってくれる。ってセイヤ言ったじゃん」
咎める様に頬を膨らます知恵だが、彼としてはそんな事を一言も発してはいない。確かにあの日は後ろ暗い所もある為、その様な心持ちではあった。しかし日が過ぎていた為そのやり取り事態を既に忘却していた。
「なんだ、アレなかったことになってるのかと思ってたわ」
「そんなわけないじゃん! セイヤってホントそーゆートコ卑怯だよね」
あんまりな言いようであるが、彼女相手にこれ以上問答した所で無駄だと分かっている為、正也は溜息交じりに了承した。
「ヤタ! じゃあ放課後ね! 帰っちゃダメだからねー」
来る時と同じように飛び跳ねる様に去る彼女を見て、なんともムズ痒い気持ちになる。視線を移すと大輔がまたもニヤニヤと笑っているのが見えた。
「もう勝手にしてくれ」と正也は肩を落として席へとついた。




