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鰻女  作者: 山田 六十
11/23

11

 火野家からの帰り道、ゲームセンターの出入り口で見知った顔を見つけた正也は近づいて声を掛けた。


「知恵」


 知恵はびっくりして振り返るが、正也の顔を視認すると小さく息を吐いて安堵した。


「セイヤかぁ。びっくりしたぁ。ヤホヤホ!」

「またゲーセンか。好きだな」


 入り口付近に設置してあるクレーンゲームの筐体をグルリと見回して正也は呆れたように言った。


「そんなにゲーセンばっかりじゃないよ」


 ふくれっ面で抗議する知恵を見てさらに肩を竦める。


「どうせ他はボーリングやらカラオケだろ?」

「ビリヤードとかダーツもするよ! あと――」


 知恵はムキになって説明するが結局は総合アミューズメント施設にあるような遊びであり、正也にとってはあまり大差はなかった。


「わかったわかった、バリエーション豊富なのは分かったから、とりあえずボタンを――」


 指をおってゲームを羅列する知恵を止めて毎度の注意をしようとする。しかし先ほどの灯とのやり取りが頭によぎり思わず口ごもる。


「まぁたそれ? 本当先生みたいなこと言うねセイヤは。とゆーより先生より言ってるよ」

「そうか? うん、そうかもな」


 しかし彼の途中の言葉を引き継いで知恵は呆れて溜息をついた。そんな彼女の言葉を聞いて正也は自嘲する。


「セイヤ。なんか元気ない?」

「ん? そんなことはないぞ。アレだ。バイト帰りだしな」

「ふ~ん」


 顔を覗き込みつつ知恵が心配そうに尋ねる。それをみて正也は慌てて取り繕う。しかし知恵はそんな言葉に釈然としていないようであった。


「それよりもこんな時間にゲーセンって良いんだっけか?」


 話題を変えようとして正也はキョロキョロと辺りを見回す。以前彼女に連れてきて貰った時に、十八歳未満に向けた時間制限の張り紙を見た記憶がありそれを探していた。


「あれ? 学生って何時までだっけ?」

「常連さんが知らんのに俺が知るわけないだろう」


 首を傾げて訪ねる知恵に正也は頭を下げて答えた。


「まぁ良いじゃん! 注意されたら帰ればいいんだし」


 そういって知恵は手持ちの白いハンドハイパーをゴソゴソと漁る。


「そういうもんか? 補導とかされるんじゃないのか?」


 そんな彼の心配をよそに知恵は一本の包装されたお菓子を正也に差しだした。


「ヒタチョコ。一個あげる」


 コーンパフにチョコをヒタした定番のお菓子である。どうやらクレーンゲームの戦利品らしく妙に得意げであった。


「サンキュ」


 隣にある同じ菓子が山積みなっている筐体を横目に正也は礼をいった。お菓子を手渡すと知恵は満足そうに笑う。


「ねーセイヤ――」

「あー! 月岡ジャン!」


 知恵の言葉を遮って、店の方からイヤに甲高い声が響いた。自動ドアの所に目をやるとクラスメイトである井上祥子、城内和江、目黒瑠美の三人組が出てきた所だった。


「なんでこんな所インの? まさかまさかの見回り?」


 祥子が変わらず高い声で尋ねると、和江がゲラゲラと笑う。


「真面目すぎ、未成年は帰る時間だぞ的な?」

「ウケる! 月岡も帰れよ!」


 笑いながら和江が言うと、祥子も手を叩いて笑う。


「いや、バイトの帰り」


 二人の独特なやり取りにについて行けず、引き気味に正也はそう一言訂正する。


「バイト!? なに月岡ってバイトとかスンの?」


 祥子は大袈裟な程に驚きそれに会わせて「意外~」と瑠美も驚きを表した。


「え? 俺ってそんなにバイトとかしなさそうに見える?」


 南にも同じ様なことを言われたことを思い出し、正也は尋ねた。


「ワタシはそんなこと無いと思うけど」

「見える! 超見える!」


 妙に力無く答える知恵の声を遮るように祥子は指を指して断言する。


「げっ! マジで? 何で?」

「家で~予習とかしてそうだよね~」

「学生の本分は勉強だぞ君達! みたいな?」

「ウケる! 超似てる!」


 和江が恐らく正也の物真似をすると、祥子は腹を抱えて大笑いする。正也も「似てねーよ」と笑いながら知恵の方をチラリと見ると彼女は気まずそうに愛想笑いをしていた。


「んじゃあ、そういう訳で帰るから俺」


 祥子の笑いが終わったのを見計らって正也はそう切り出した。


「え? セイヤ帰っちゃうの?」


 何故か予想してなかったかのように知恵は驚いた。


「だからバイト帰りなの。疲れてんだよ」


 肉体の疲労感は無かったが、火野家でのやり取りが頭から離れずイマイチ心に余裕がない。一刻も早く家に帰りたい気分であった。


「月岡ノリ悪っ!」

「ひど~い~」

「こら! 君達学生の本分は勉強だぞ!」


 悪ノリして祥子と瑠美が責めると、気に入ったのか和江が正也の真似をしながら二人を窘める。それを見て祥子がまた大笑いし始めた。


「そんじゃな」


 収集がつかなくるとみて正也そう一言告げてゲームセンターを離れた。祥子と和江は未だに笑い転げていたが、瑠美は小さく手を振り正也を見送った。知恵は何かを言いたそうであったが手を小さく手を挙げて正也から視線を逸らした。



「うわっ、最悪」


 ゲームセンターから幾らばかりか離れた所で友栄と遭遇した。正也を見た途端に顔をしかめる。


「いくらなんでもそれは酷くないか?」


 あんまりな友栄の言いように正也は悲しい気持ちになる。


「自分の胸にでも聞いて見ろ」


 吐き捨てると友栄は正也を通り越して行く。


「えっ、ちょっと」

「んだよ、なんか用かよ?」


 あんまりな態度に正也が引き留めると舌打ちして友栄は立ち止まって振りかえった。


「いや、何にもないんだけど、そんなに邪険にしなくていいだろ」

「あぁ? アンタと会ったらイチイチ世間話の一つでも興じなきゃなんねーのかよ?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「アンタまさか、学校周辺注意して回ってる訳じゃないよな」

「してねーって、さっきも井上に同じこと言われたけどさ。みんな俺をなんだと思ってるの?」


 もしかすると自分はそんなに口うるさい人間と思われているのだろうか。と正也は不安になるが、事実彼のクラス内の評価は大方その通りであった。


「あん? アンタ、アイツ等と会ってたの?」


 アイツ等というのは祥子、和江、瑠美の三人組の事だ。彼女達と友栄は折り合いが良くなく、友栄は名前が出るだけで異様に機嫌が悪くなる。とっさに口に出して正也はしまったと思った。


「いやバイト帰りなんだけど、さっき偶然会ってさ」

「ふーん」


 特に興味はないとばかりに友栄は相槌をうつと、観察するように正也の顔を眺める。


「その、友栄もバイト帰りか?」

「なんだっていいだろ」


 とりつく島もなく正也は肩を落とした。


「じゃあな」


 一言ぶっきらぼうに告げると友栄は再度歩き出す。


「友栄!」


 律儀に友栄は振り返った。「明日も学校に来いよ」と言おうかと思ったが、睨むような視線に正也は思わず口ごもる。


「なんだよ」


 苛ただしげに友栄は正也を睨む。


「また明日な」


 言葉に込められた意味は一緒だったが、あえて正也はそう言った。正也自身もただ別れの挨拶がしたかっただけであるからだ。余計に説教じみたことを言って彼女を怒らせたくはなかった。

 それを聞いて友栄はまたも正也の顔をしばらく眺めていたが、視線を戻してまた歩き出した。


「会えたらな」


 そういって振り向かないまま右手をヒラヒラと振った。暫く彼女の背中を眺めると、正也も反対方向へ歩きだした。



 ふと右ポケットに振動を感じ携帯を確認するとメッセージが届いた所であった。


「知恵?」


 よく見ると何やら謝罪めいた内容であることが伺え、身に覚えないの正也は目を凝らして文章を呼んでみる。どうやら先ほどの祥子達のやり取りで正也が気を悪くしたのではないか。との気遣いと謝罪を含んだものであった。


 本文より目に付くような絵文字がふんだんに使われており、三人にも悪気が無いから怒らないで欲しいなどの内容が謝辞として書かれている。


「あー、だからなんか元気無かったのか」


 正也自身は特に何とも思っていないのだが、知恵は変に深読みをしてしまったらしい。自身が落ち込んでいたこともあり勘違いしたのかも知れない。と少し申し訳ない気持ちになる。

 正也は「別になんとも思ってないから気にするな」とだけ返信しようかと思ったが寸前で思い止まった。


「……これだと逆に怒ってそうに感じるか?」


 知恵の送ってきたメッセージを再度見直す。ファンシーな絵文字に飾られた彼女の文章を見た後だと自身の送る簡素な内容が妙に高圧的に見えた。

 正也は小さくため息を吐くと、彼女の番号に電話をかけた。三コール程鳴って着信元の持ち主と電話が繋がる。


「もしもし……セイヤ?」


 元気なさげに電話をとる彼女に、正也は思わず小さく吹き出した。


「おう、見たぞ」

「あ、うん。あのね、ショウコ達もね、その悪気があった訳じゃなくて、えっと悪ノリしたっていうか。あぁ! 悪ノリってのはそーゆー意味じゃなくてえーっと」


 焦りながらなんとか説明する様が、イタズラがばれた子どもみたいだなと正也は思った。


「違う違う、別に気にしてないって」


 できる限り明るい口調で正也は知恵の言葉を遮る。


「え?」

「というか、どこに気分が悪くなる要素があったのか分からないしな」


 事実、知恵がどこのやり取りに気を揉んであの文章を送ったのか正也には良く分からなかった。


「え、と。ホントに怒ってない?」

「おう。何に対してなのかも良く分かんないし。気にしすぎだよ」


 笑いながらそう伝えると電話越しから安堵した雰囲気を感じた。


「なーんだてっきり、気分悪くなって帰ったのかと思ってから、ウン。解った」

「ん。まぁそれだけ言いたかっただけだから、わざわざサンキュな」

「ウン。アリガト」

「おう。お前も早く家に帰るんだぞ? んじゃな」


 電話口の挨拶を聞いた後正也は通話を切った。妙にしおらしい知恵の姿を想像して思わず笑みがこぼれる。

 ふと携帯の画面を見るともう一つメッセージが届いていることに正也は気づいた。


「今度は灯か」


 見てみると「さっきは言い過ぎた。ごめんなさい」とだけ書かれていた。知恵と違い必要最低限の文章であった。その落差に正也は苦笑すると「俺も余計な事言っちゃったし、お互い様だな」それだけ文章を打って返した。


 送信が完了したのを確認すると左手に握っているヒタチョコの包装を開け一口齧った。


「うん、甘い」


 一言漏らすと、そのまま菓子を齧りながら自宅への道を歩いて行った。

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