異世界
………あ…………と
……………ま……と
………あ…ま……と
ーー声が聞こえる。
その声はとても悲しそうで、寂しそうで、まるで、こんな俺にすがるような、か弱い声だった。
だが、その声には感謝だろう。
なぜなら、俺は死んだ。
死んだら、もう復活できない。
だから、俺は、再び地面に足をつけ、光を見て、音を聞いて、匂いを嗅いで、味を感じて、何かに触って、何かを感じて………そんな人間らしいことはもうできないとーーーそう思っていた。
だか、俺はこの声に起こされたのだ。
死んで………いるのに。
だんだん何もない世界に光が生まれる。
白黒の世界に色がつき、形ないものが形を作り、
そして、音がスピーカーの音量をミュート状態からだんだん上げていくように、少しずつ大きくなり、様々な匂いが漂ってきて、心臓の鼓動、血の流れ、脳が働きだし、手足の感覚も戻って………
再び地面の感触を感じた時には俺は中世の街並みの中にいた。
見渡す限りに人がいて、中には獣人や大きなトカゲ、
空には“ドラゴン”と思われる生物も飛んでいて、
俺はーーーちょっとなにが起きてんのか分からなかった。
(え、おい、待て。俺、死んだよな?)
確かにさっき、俺は死んだ。
ミサイルの爆風にさらされて。
だが、現に俺はここにこうして、足をつけて、立っている。
手もある。足もある。全身に痛みはない。熱も無い。
だが、確実に一度俺は死んだ。
ーーえ、これってまさか……
「………あのぉ………」
すぐ目の前から声が聞こえる。
大人しい女性の声だ。俺は声の方を見る。
ーー可愛い。結婚しよう。
出会って1秒未満でそう思えるほどの美貌とボディライン。ーーー惚れないわけないだろう。
「大丈夫………ですか?」
ーーー大丈夫か?だって?
愚問だ。大丈夫なわけがない。
ここがどこかも分からない。とりあえず、喋ることはできるらしい。でも、後は全く分からない。
大丈夫なわけがないのだ。一刻も早く現状を理解せねば………だが、
「………ええ。大丈夫です。ありがとうございます。」
と答えてしまった。この人の前で弱音を吐きたくないというプライドから。
「それは良かった。いきなり空からここへ降ってきたからみんな心配してたんだよ?」
ーー男の声だ。
とても、綺麗な声をしている。しかも、男らしさを兼ね備えた、完璧なボイス。
ーーいわゆるイケボというやつだ。
声の主は隣の天使様に見合うような好青年。
赤を基調とした通気性に優れていそうな半袖を着ている。デザインは……ぜんぜん見たことないようなものだが。
「あぁ。どうも。ありがとうございます。」
だが、イケメンよ。我はホモではない。いくら貴殿がイケメソであろうが、我の攻略対象は隣の天使様のみ!
「あの……すいません。この後、2人で食事でもどうですか?」
大人というのはまず、食事から誘うらしい。おそらくこの雰囲気ならレストランの一つや二つはあるだろう。土地勘はないがきっとなんとかなる!
さぁ天飛18歳童貞!今こそ男を見せる時………
「ごめんなさい。この後、夫と食べにいく予定でして………3人でよければご一緒しましょうか?」
パキンッと音を立てて、俺の攻略ルートは崩れ去った。
あぁ、俺、人妻狙ったのかよ………。
夫の方に申し訳ない。すいませんでした道程の分際で。
「いいね!我々は歓迎するよ!」
ーー聞き覚えのある声だ。
てか、つい今さっき聞いた。イケボだ。
たった今憎らしいイケボになったが。
「………いえ。やっぱ大丈夫です。調子のってました。すいませんでした。」
「………いや、謝る必要はないよ?でも、本当にいいのかい?」
「………はい。大丈夫です。」
落胆を隠せないまま答える。
イケメソよ。俺はこの天使様に下心で食事に誘ったのだ。童貞の厄介な性欲に負けて、下半身に忠実に誘ったのだ。本能的に能動的に。
だけら、3人では………しかも人妻では………意味がないのだ。
童貞は勇気がない。人妻を寝とるとかそういう勇気はない。
それに、このイケメソに勝てる自信がない。
悔しいが乾杯だ。恋敵なのにレベルが違い過ぎて恋敵とすら呼べない。
「………そうか。まぁ分かった。気をつけて。」
そう言ってその夫婦は歩いていく。
周りも徐々に各々の世界へと戻っていき、俺は再び群衆に溶け込んだ。
…………さて、そろそろ結論を出そう。
考察1 なぜ生きてるか?
いや、死んだからね?さっき。てことは生き返った?あり得ない。絶対生き返らないから。世界のルールだから。
ラノベでも、転生だったり死に戻りだったりはあるけど生き返りはしないから。
考察2 ここはどこ?
一つ確実なのは現実世界ではない。人種、生き物、街並み、全てが現実にはないものだ。
では、これらの考察からすでに答えが出たようなものだが、一つの結論を叫ぼう。すなわちーーー
「異世界転生したあぁぁぁぁぁ!!!?」
………あーすっきりした。
溜め込んだものを吐き出すのは気持ちいいね。
周りの目が痛いけど!
まぁ、多分空から降ってきたってことはそういうことだろう。死んで、あの声に転生させられ、この世界に召喚された。そんなとこかな。
俺は、群衆に溶け込んだ溶質と化しながらも、そう考えて、やがてその場から姿を消した。
ーー三十分程経っただろうか。
あれから俺は、まずトイレの存在を確認。
次に所持品の確認。
そして、お金が使えるかの確認、
最後にこの世界の言語の確認、
以上の四つを終わらせ、街の高台へ来ていた。
さて、分かったことだがーーー
まず、トイレの概念はある。
所持品は財布(千円入ってる)、携帯、ラノベ(三冊)以上。
お金はやはりこの世界特有の通貨があるようで、
現実世界のお金は、やはり使えなかった。
言語は、とりあえず話はできる。が、文字は読めない。
以上だ。
(………うーん。困ったなぁ。)
なにが困ったって、そりゃあ今後の生活だ。
お金が無いんじゃ生活はできない。
でも働くのにどうしたらいいかも分からない。
ので、俺はとりあえずーーーラノベを読む事にした。
ーーいやだってこれぐらいしかできないし。
考えんの、めんどいし。
まぁ、後でもいいだろ。
そう思って、気分転換にラノベを読むことにした。
ーー二時間ほど経っただろうか。
ラノベを一巻読み終え、俺は立ち上がった。
ーーん?ラノベの感想?
前半はいつも通りコメディ要素が多々あって笑わせてくれて、でも所々シリアスな雰囲気の場面もあって、
そして、前巻で一息ついたのに、また展開が大きく変わってさ、そりゃあ読んでてワクワクしてーー
おっと。つい熱くなりすぎたな。すまん。
(さて、気分転換できたのはいいんだけど、これからどうしたものかねぇ。)
とりあえずは、今日寝泊まりできる場所を見つけたい。
最悪野宿も考えてはいるが、あまりしたくない。
ただまだお金も無いから、宿泊施設は使えないだろうし………
「はぁ…………とりあえず、動くか。」
悩んでても仕方ない。情報を集めていかなければ。
ーーと、その時だった。
「おい、兄ちゃん。ちょっとツラ貸せや。」
「…………はい?」
突然現れた男三人組がニヤニヤしながらこちらへ来ていた。