吊られ吊られる
「ハァ………ハァ………ハァ………」
深く白い霧がかかり、10メートル先も見えない白に包まれた鬱蒼と茂る森の中を少年は、息を切らしながら、走っていた。
見た目はだいたい18歳ほど。黒い髪に簡素で動きやすそうな紺色のローブ。胸元にはタロットカードの1の魔術師のような絵が描かれた貴章がついており、その手には折れた剣が握られていた。
その少年の見てくれから察するに、普段は勇敢に戦う剣士………とか、そういうた類の人物なのだろう。だが、今の少年の顔には、そんな戦士のような勇ましく冷静で、引き締まった表情はかけらもなく、ただただ背後に迫る死の恐怖に顔を歪め、滑稽に、無様に、卑しく走り続ける姿しかなかった。
「ハァ……………!?」
全力で走りながら、ふと後ろを振り返る。
すると、死神の鎌のようなとても大きく鋭利な鎌を持った黒い羽衣に身を包んだ死そのものが、先ほどよりもかなり自分に近づいて来ていた。
「………クソ!こんなところで………死んで、たまるか!」
少年は叫ぶ。
だが、その叫びに意味は無い。
既に少年の大切な仲間は、あの鎌にかかって死に、
残るは、少年だけであった。
脳裏に浮かぶ残酷な姿に変わった仲間達。
一人はちょっと砕けた態度を常にとってるが、内に秘めた実力はかなりのもので、命に対しては常に本気で考えていて、同時に仕事上、外道をその手で殺めなければならない時もあるのだが、彼女が人を殺めるときは決まって殺した後心から涙する、そんな幼く善良で純粋な子。
一人はとても落ち着いた性格の持ち主で、常にだれにでも平等に優しいが、守りたいものを守るとき彼女は本当に何でもする、そんな胆の据わった女性。
一人はいつも冷めた表情を浮かべ、外道に対しては冷酷そのものの氷のような鋭利な目を持つが、実は寂しがり屋、恥ずかしがり屋、で可愛い面もたくさん内に秘めたそんな女性
一人は若くして、かなり高度な戦闘技術を有す、戦闘の天才。その上仲間にはとても優しく、敵の始末よりも味方のことを第一に考えるイケメン。
一人は才能こそないと本人は言うが、その経験年数による頭脳と戦闘センスは誰にも引けを取らない気さくな老人。
そして、一人はーーーー
ズバッ
何かが切れる音がして、少年は、転んだ。
かたい地面の感触を顔面で味わい、額に微かな痛みと口の中に土の味が広がって、ーーーーーーーーーー直後、少年の足に激痛が走る。
「グッ………ガァァァァァア”ァア”ァア”ア”ア”ァァァ!!!!」
あまりの痛みに、声を上げて悶絶する。
ヤバい。マジでヤバい。
激痛と同時に俺は心の底から恐怖を感じて叫び続けた。
その叫びに意味はない。
だが、人は死の恐怖を目の前にしたとき、無意味にも叫んでしまうのだ。
それは、恐怖から意識をそらしたいのか、または、助けを呼ぼうと本能が呼びかけるからなのか。
俺にはわからない。
ふと、頭上に影が見えた。
ーーー死神だ。
死神は何も言わず、鎌を振り上げて、こちらを見ている。
ーー俺は、ここまでだ。
足ーーーそれも両足が一気に飛んだのだ。
もう、逃げられない。
一瞬の間。だがすぐに、少年の胸に衝撃が走った。
ーー熱い、熱い熱い熱い熱い。
喉の奥から血がこみ上げてきて、俺は、大量に吐血した。
地面に朱が広がっていく。
なおも激しく続く吐血。
口の端に大量の血泡を浮かばせながらも、俺は、吐いて、吐いて、吐きまくる。
もはや手も足も感覚がない。
ただ、熱と痛みを感じながら血を吐き続けた。
次第に全身の力が抜ける。
もはや、死の恐怖も感じない。
どうせ、もうすぐに死ぬのだ。
ならば、一刻も早くこの地獄から解放されたい。
たとえその結果、永遠の眠りにつくとしても、もう俺には、生きる意味などないのだから。
視界が白くかすむ。
耳が聞こえない。
鼻もすでに死んでいる。
何も考えられない。
ーーあれ?いつの間にか熱くない
何も感じなくなり、何もわからなくなり、
俺はーーーーーーーーーーーーーー死んだ。