陰口は心の中で
それでは、どうじょ(/・ω・)/
マダムとのお茶会はそれから二時間程にまで及んだ。
その間、お菓子やお茶をたんまりご馳走になれたのは何よりの幸運だった。
「楽しかったわ、又いらしてね」
そんな社交辞令もいただきながら俺はお屋敷を後にした。
やはり、最後まで執事さんの視線が刺々しく、それだけが心残りだった。
そして、俺はこの依頼を受けて思ったことがある。
それは、
決して高貴な存在を敵に回してはならないということだ。
此度の御婦人はとても友好的に接してくれたが、アレはレアな部類だとなんとなくだが分かった。
それは彼女自身が自然と俺のことを下に置いているのが肌で感じられたからである。
友好的でありながらその実、下に見ている。
一見、矛盾していそうだがこれは彼女たちの世界においては成立するのだ。
何故ならば、それがこの世界─少なくともこの国の当たり前なのだから。
貴族とは身分が高い者で、平民はその身に高みがない者たちの呼称である。
そんな中でオラオラ系主人公であったり、唯我独尊系主人公が盾突こうものならば、その瞬間彼らは再度転生のチャンスを得るか、そのチャンスに怯えるセカンドライフを送る羽目になることは想像に難くない。(もちろん地力があるのなら話は別だが)
いくら転生者か転移者かしらんが、そんな人が礎を築いた国であろうと、ここは俺の知る日本とはまるっきり違う。
貴族が貴族としての責務を果たし、民草は労働によってその庇護を得る。
これが、純然たるこの国の体制なのだ。
つまり、貴族は絶対的な存在で決して軽々しい扱いが出来る者たちではないということだ。
「おっかねぇったらありゃしねぇっつの」
自然と愚痴りたくなるのも分かるだろうよ。
姿は見えなかったが恐らく影働きするような輩も何処かに潜んでいたに違いない(妄想)。
あの貴婦人
「貴方、冒険者なのに物作りにも造詣があるのだってね?あの貼り薬、中々の効用があると聞いたわ」
なんてナイススマイルで言うんだもんよ。
如何にもテメーのことは何もかも筒抜けなんだよ、と言わんばかりの脅迫にガクブルが止まらないわ。
やはり、お貴族様とは進んでお近づきになろうとは思わんな。
今回の報酬に関しては儲けだった。
お話しするだけで金貨一枚だ。勿論依頼書に書かれていた元の額より大きい。
半端ないっす。マジ感謝。謝謝。
結局、セルティさんとのパーティについては保留ということになった。
話の入りからして強制解散も頭に浮かんでいたのだが。
無論、傍に控えていた若い執事さんは猛反対してた。
あれには正直引いた。
忠誠心高くて頭堅い奴って物語だけの存在ではなかったらしい。
そして老婦人はそんな従者に対して何処吹く風状態。
そんな訳で何故か終始、俺が若執事から睨まれていた。
いや、俺は悪くない。悪いのはあのババげふんげふん!
おっと危ない。壁にEarly障子にMarlyだもんな。危うく物言わぬ人形になる所だったぜ。
そんでもって、今回のことはセルティさんには内緒、ということになった。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
個人としては正直、これまで通りボッチだろうが、美女と組めようがどうでもいい。
いや、寧ろ色々なことを考えるとソロの方が何かと都合も良いのだ。
しかし、俺は冒険者シンド。
惰性に尽き、流れに身を任せることに定評のある男だ。
セルティさんという見た目豪邸、中ダンジョンの様な鬼畜物件でも上手くやって見せようではないか。
もちろん、俺が安全を保っていられる程度に。
◇
「大奥様、何故あのような何処の者とも分からぬ浮浪者を」
シンドが去った後、屋敷では若い執事がこの家の最高権力者に諫言と言う名の文句を付けている所だった。
「フフ、だって面白そうだったんだもの」
そう言って笑う老婦人の笑みは何処となく妖しさがあった。
「貴女はどう思う、リメス?」
圧倒的脅威を誇る侍女は一言
「興味が御座いませんので」
たったそれだけだった。
無礼極まりない態度である。
「訊く人を誤ったわね、それじゃあシメルツェン?」
そんな侍女の素っ気ない態度をまるで歯牙にもかけず、老婦人は違う人物に話を振る。
振られた老執事の男性はにこやかな顔を崩さず、主の問いに答えた。
「そうですね、接してみた感じでは心根は悪くなく、何と言いますか幼さと言いますか、童がそのまま大きくなった様な、そんな印象を受けました。しかし、」
「しかし?」
セフカトーレは尚も尋ねる。
「中でのお話をお聴きした所では、教養を感じますな」
「冒険者風情に教養など」
若い男執事は小さな声で反攻するが、生憎この場にその様な児戯に付き合う者は誰もいない。
「そうね、型は滅茶苦茶なんだけど、礼や言葉遣いはそこらの冒険者と比べるとかなり毛色が異なるのよね。それで調べた限りではどう?」
「はい。現在分かっていることは彼の方が冒険者になって年も経っていないこと。腕は冒険者階級からしてもそれなりであること。それと街の民草の評判がよろしいことでしょうか」
「確か、街の民からの依頼を積極的に受けているという事だったと思うけれど」
「はい、仕事振りはどの依頼においても丁寧かつ迅速。人当たりも良く、この街に来て数か月ながら街の者達にもだいぶ受け入れられております」
「ふん、そんなの魔物の人皮被りに決まっている」
因みに魔物の人皮被りとは殺した人の皮を被って更に人を罠に掛けようとする人種族にとって悪趣味な魔物から起因した諺である。要は嘘つき呼ばわりである。
シンド、この若い執事に何時の間にか物凄く敵対視されている。
「うるさいから少し黙れ」
そんな声と共に若い男執事に蹴りが飛んだ。
その主はダイナマイトバディな侍女さんである。
暴力的なのはどうやら壮大な双子山だけではないらしい。
「うぎゃっ!」
情けなく吹っ飛ぶ男。
しかし、家の主もその腹心の老執事も何も言わない。
この家ではそれが見慣れた日常の一部となっていたからである。
「リメス、やり過ぎちゃ駄目よ」
「心得ております」
正に阿吽の呼吸。
このやりとりもまた幾度となく繰り返されていた。
「この街に来るまでのことは何か掴めたのかしら?」
「元冒険者の伝手を以ってこのミクラムで冒険者になった所までです。それ以降のことは何とも」
老執事は首を横に振った。
どうやらお手上げの様子である。
「その冒険者は名の売れた者なの?」
なのでセフカトーレは分かっている情報を精査しようとした。
「聞き覚えはあるかと。ガルボロ、《暴熊》のガルボロです」
その老執事─シメルツェンの言葉に一瞬、セフカトーレの目が剣呑さを帯びる。
しかし、それは本当に一瞬だった。
「それはまた、要注意ねぇ」
そう言って淑女はコロコロと笑った。
「何処かの家が仕掛けて来たと思っていたけど、その線はなさそうね」
「はい。しかし、《暴熊》と繋がりがあるのならばあまり気も抜けませんが」
「そうね、何処かの阿呆みたいに精々掻っ攫われないようにしないとね?」
悪戯っぽく笑う乙女に執事は大きく溜息をついた。
侮れない系老人、好きですわぁ




