紅茶が似合う人は高貴な感じがする
それでは、どうじょ(/・ω・)/
「ついて来い」
そう言われてホイホイついて行っては部屋の隅で横たわる黒いヤツのような末路を迎えること間違いなしであるこの世界。
しかし、俺はついて行く。
だってそこに依頼があるから。
(うわ、パネェ)
テレビ番組で見るチャラい兄ちゃん、姉ちゃんのような言葉遣いをしてしまう程に、建物の中は凄かった。
入った傍から高そうな額縁に飾られた画。ついつい「これ、おいくらですか?」と訊きたくなってしまう。
靴を脱がずに絨毯の上を歩いて行く。
極力汚さないように歩くのは生来の貧乏性故か、それともただ小心なだけなのか、判断に困る。
屋敷に入ってからは案内役が門番さんからジェントルマンな老紳士にチェンジした。
馴れ馴れしい訳ではないが、一緒に居ても苦にならない独特な雰囲気があるお爺様だ。
そんな老紳士に案内されたのは建物の奥にある扉の前だった。
「奥様、客人の方をお連れしました」
ノックしてから用件を告げるお爺さん。
その姿勢には一寸のブレがない。
本当にこの人はお爺さんなのか自分の目を疑ってしまう。
「どうぞ、入っていらっしゃい」
そんお声は年配の女性のものだったが、とても軽やかで乙女チックな印象を覚えた。
言うなれば美魔jげふんげふん!
「失礼致します」
一声かけてから老紳士は扉を開けた。
音を抑えながらも、スムーズな動き、やはりこのお爺さんはプロフェッショナルだ。
「お客様、お入りくださいませ」
そう促されたのでお邪魔する。
部屋から流れて来るフローラルで上品な香りは不思議と不快ではなかった。
「初めまして、冒険者さん」
そう話す女性は正に貴婦人だった。
白い肌に白く染めた髪は一本の乱れもなく、年を経て培われた重みのある佇まいと軽やかな笑みという一見、矛盾しそうな要素が見事に調和した老婦人がティーカップを手に座っていた。
その傍には侍女が一人、若い男の執事が一人それぞれ控えていた。
「あ、ハイ。始めまひて」
シンド、突発的な挨拶に噛むという大スキャンダル。
それでも、執事の眉がひくついたのは見逃さないという小心者故の鋭さを発揮。
自分の小者さが憎い・・・
「ああ、緊張させちゃったかしら。ごめんなさいね」
そう言ってニコニコとお笑いになるのは大変素晴らしいことだが、俺の精神耐久値がゴリゴリと削れている現状をどうにかしていただきたい。
「お客様にお茶をお出しして」
「畏まりました」
そう言って侍女さんがお茶を淹れてくれる。
「さぁさぁ、そんな所に立っていないで座ってくださいな」
呼ばれるがままに下位冒険者は着席させられる。
やはり執事君の視線が痛い。
「改めまして、私はセフカトーレよ、よろしくね?」
軽い。
ヘリウムガス並みに軽い。
「どうもです。自分はシンドって言いますです。本日はご依頼を受けて参りました所存でございまする」
なんか語尾がおかしかった気がするが、そんなことに気を払っていられないくらい緊張気味の俺、シンドである。
「ふふっ、そう硬くならないで。私は貴方とお話がしたいだけなのよ」
そうは言ってもデスネ、マダム。
人間が突如それまでと異なる環境に放り込まれた場合、多くの人はその変化に大きなストレスを感じるんだそうで。
例に漏れず、俺もネガティブまっしぐらなんだよ、チキショウ。
あれ、でも異世界に来た当初はそんなこと感じなかったけどな。
場合によるのかもしれんな。
「そうそう、落ち着いて来たみたいね」
やはり緊張って言う奴は他人に判るもんなんだな。
そう考えると恥ずかしいな。
侍女さんが置いてくれたお茶をごくり。
「・・・ウマッ!」
「あらあらまぁまぁ」
何このお茶、スンゲー美味い。
紅茶と言えば砂糖が大量投入された市販の奴一択だったけど、モノホンは違うな!
あ、もうなくなった。
「お口に合ったようで良かったわ。お代わりはどうかしら」
「是非とも!」
クイズ王の猛者どもと互角に渡り合えるのではないかという速さで俺は釣り餌に齧りついた。
◇
「ご馳走様でした。それでお話とは」
ズズーッと二杯目の紅茶を飲み終えると俺は尋ねた。
やはり執事さんの視線が痛い。
「こちらこそ、良い飲みっぷりだったわ」
侍女さんが無音でカップやソーサラーを片していく様はNINJAを彷彿とさせる。
決してたゆたう双璧に視線をとられている訳ではない。
執事さん(以下略)
「それでね、今日の依頼内容の”お話”なんだけど」
はいはい
「貴方、セルティとパーティーを組むらしいわね」
ん?
空調壊れたか?
すごく冷えるんですが。
「最初にはっきり言っておきます。彼女とのパーティーを解消なさい」
寒さの原因がわかった。
目の前の老婦人さんだわ。
「貴方も薄々は勘付いていたんでしょう?セルティが貴方とは違う身分であることに」
まぁ、イエスかノーで言うならイエスです。
って言うより組んだ時点において俺の意思はなかったです。
彼女にも、その意思はあまりなかったですけど。
「私はね、綺麗なあの子には家に籠っていてもらいたいのよ。そうすればお稽古事に専念できるでしょう?」
貴族のことなんか知らない中流階級オブ一般家庭出身の俺からすると「はぁ」としか返せないんですが。
「それに冒険者業なんて柄が悪くて、教養のない獣たちの集まりでしょう?それに仕事内容も危険なものが多いと聞くわ」
御正論です。
御尤もです。
御陀仏です。
うんうん、元の世界ならブラック職業間違いなしだな。
「可愛い孫をそんな所に置いてはおけない気持ち、わかるわよね?」
イエス、マム!
俺の娘(妄想)が冒険者になりたいなどと言いだした日には、俺なら世界中の冒険者ギルドをぶっ潰すな、うん、間違いない。
俺は異世界転生(笑)して来たからそれなりに魅力的だけど、現地の方からすれば冒険者って命をベッドに生きている狂人どもだしな。
多少武力がある奴でも簡単な計算ができる奴は商人の元に行くし、器用な奴は職人に弟子入りなりなんなりするし、農家の倅は親から仕事引き継いで汗流すのが常識だもんな。
冒険者になるのって、実家継げない次男、三男以降の奴らとか、仕事や金がなくなって已むに已まれずってな感じで仕方なく始める奴らが結構いるのだ。
もちろん、一攫千金のようななんらかの夢や目標を持ってなる奴もいるけど、大抵そういう奴らは途中で折れてしまうらしい。(冒険者ギルドG氏談)
曰く「夢空ろな馬鹿じゃ、耐えられないからな。まぁ、一年くらいでそういう奴は姿を見なくなる。そういう意味では小心者と嘲られようと現実を見て冷静且つ厳しくものを判断できる慎重な奴らがギルドの古株になっていくってことだろうな」とのことだった。
酷くリアリスティックな回答に異世界ヒャッホウと内心小躍りしていた俺の中のリトルシンドがパタリと動かなくなったのを昨日のように思い出せる。
閑話休題
要はセルティさんは目の前のマダムの孫らしい。
それなんてエロゲ?
すまぬ、このフレーズただ言いたかっただけなんだ。
兎に角、目の前のおばあちゃんは可愛い孫を危険な冒険者という職業から引っ張り出したいらしい。
それ自体はとても普通な感覚だと思う。貴族的観点からどうなのかは知ったこっちゃないが。
「それなら彼女と話す場を設けてみては如何でしょうか」
だったら「ガチンコ!朝まで家族会議!!」でもやってしまえばよいのではなかろうか。
このお婆さん全く話が通じない訳でもなさそうだし。
「え?」
何故か驚いた様子で老婦人がこちらを見ていた。
俺間違ったこと言ってないよな?
まさかのセルティおばば登場。
ちなみに餃子は紅茶苦手です。




