漁夫の利だけとはそうは問屋が卸しません
主人公してねぇぞシンドよ。
ウルフとブラックパイソンの争いは泥仕合の様相を呈した。
ウルフがパイソンの巻き付きから逃れようと体を捻り、その長い体に噛み付けば、負けじとパイソンもしがみついてウルフに牙を向ける。
そんな中俺ことシンドは空気であった。
もう一度言う空気であった。
互いに血を流しながらも最後まで命を奪い合う。
しかし、それは永遠には続かない。
「ガ、ウゥゥ」
「シュ、ゥゥ」
死力を尽くした命の奪い合いは両者の精魂が尽きるまでのものとなった。
一匹の狼が倒れ、それに絡みついていた太い蛇もその拘束を緩める他なかった。
そして、静寂が訪れた。
「手に汗握るっつうのはこういうことか。いや、マジ当分は勘弁願いたいな」
だってよ、どの魔物も恐らくこの世界の魔物カースト低位の存在だ。そんな魔物達の戦いでさえ先程のように熾烈を極めるのだ。
はっきり言って頭下げてこちらからご遠慮願いたい。
死闘のあった現場に近付く。
周囲、そして死体である筈の彼らに注意を向ける。
ゆっくりと近づく。
死体に近付くだけだというのに、酷く喉が渇く。手汗もじっとりと染み出て、足は震えている。
臆病者と笑いたいなら笑え。生憎石橋は飛行機で渡る派なんでね。
ウルフの死体:漁夫の利を狙うシンドに嵌められた哀れな狼の末路。死因:失血及び臓器圧迫
ブラックパイソンの死体:漁夫の利を狙うシンドに嵌められた哀れな蛇の末路。死因:失血及び全身強打
ゴブリンの死体:漁夫の利を狙うシンドに嵌められた哀れな小鬼の末路。死因:咬殺。
ちょっと待て。
確かに俺は隠れて観察していた。
だが、決してハナから最後に掻っ攫おうなんて考えていなかった。
まぁ、途中から少し期待はしていたけれども。
んんッ
いやぁ、こんな所に素材があるなぁ~
奇遇だなぁ~
よし、ちゃっちゃと変換しよう。
イイヨネ?俺が最初に見つけたんだものね?
駄目って言ってもやりま~す。
ほい、あっ
ウルフとブラックパイソンの死体が光を放ち一つに混じり合って行く。
やっちまったかもしれんが、いっか。
そして現れたのは柄付きの布だった。
鑑定先生、出番でっせ。
蛇狼のマント:着るとほんの少し身体能力を増加させ、気配を少しだけ薄める。
マントでしたか。
結構良いんじゃないか、これ?
早速羽織ってみる。
首元に紐があったのでそれで括る。
灰色の毛皮に所々に蛇革らしき刺繍が入れられていてなかなかお洒落な感じだ。
これ、ローブの下に着られれば良いんだけどどうだろう。
帰ったら試してみるか。
それから散策と変換作業を続け、切りの良い所で街に戻った。
◇
翌日、やって来たのは冒険者ギルド。
グスタフさんに教えられた取引所に向かう。
「おっ、シンドじゃねぇか!どうした!」
この声のデカいおっさんの名はバフ。
ギルドの職員でこちらも元冒険者。
見た目は毛むくじゃらのおっさんである。
俺のおっさん遭遇率の高さは何なのだろうかと最近ふとした時に考えてしまうが、今は置いておく。
「はい、売りたいものがありまして」
そう言って背負い袋から取り出して受付に並べる。
「こりゃあ、ダガーか!三本とも同じ型だが、見たことねぇものだな!」
小鬼の短剣:ゴブリンの素材から作られた一品。実用には向かないが、装飾品としての価値はほんの僅かではあるものの有りはする。
身も蓋もない鑑定先生のお言葉。
この短剣、あのゴブリンズから出来たものである。
正直、これらの短剣の何処に彼らの素材が使われているのか見当もつかない。
刃は明らかに金属、持ち手の部分も装飾がなされており、ゴブリン要素が何処にもないのだ。
「ふーむ、ちょっと待ってろ!ローザさん連れてくっからよ!」
やはり大声を出して後ろに備え付けられた扉の中へ入って行くバフのおっちゃん。
少しはその大声を抑えられんもんなのかと冒険者やギルドの職員たち皆が思っていることだろう。
そして、戻って来たおっちゃんの後ろには女性が付いて来ていた。
「おう、この人はローザさん、このギルド専属の鑑定士さんだ」
「初めまして、自分はシンドと言います。なりたての冒険者ですが、これからお世話になります」
よく見ると美人さんだ。
金髪に白い肌で碧眼は穏やかな海を彷彿とさせる。
尖った耳に、服の上からでも分かるナイスバディ!
御胸様のご尊大さを隠す筈の服が反ってそれを強調する形となっているのが、
尖った耳?
「初めまして、ご紹介に与りましたローザです。この耳、気になります?」
「えっ、あっ、いや」
優し気に訊かれてどもる始末。
いとはずかしけり。
「ガハハハ、ローザさんは美人さんだからなぁ!」
元気に笑うバフのおっちゃん。
頼むから声を落としてくれ、公開処刑も度が過ぎるわ!
「もうっ、バフさんお上手ですね」
そう言ってお淑やかに笑うローザさんマジ女神。
過度な謙遜も自信もない自然体な返事、素晴らしい。
しかし、俺の視線は揺れるπの二乗に釘付けな訳で。
なんだあのチョモランマはいや、K2、若しくはエベレストと言っても良いのかもしれない。
莫大な戦闘力を持ちながらもその勢いは止まる所を知らない突き出しは最早王者の風格を漂わせる。
彼女が動く度に揺れようが、「ふん、こんなものか」と泰然自若に振る舞い続けるその脅威の暴力は一瞬で男の腰を引かせるほどの破壊力を持っている。
「(ニヤリ)」
バフのおっちゃんが俺の様子に気付いたっぽい。
なるほどこれはここに来るにあたっての男共の通過儀礼なのか。
父さん、母さん、俺、大人の階段上ったんだ。二人の顔思い出せないけど。
「あ、それで、鑑定でしたね?こちらの短剣三本でしょうか?」
「おうよ、何時もみたく頼むぜ!」
おっちゃんの肯定とともに彼女はある言葉を口にした。
「では、鑑定」
そうだよな。
鑑定士ってことは何かを鑑定する職業だし、それを可能とする技術やスキルを持っていてもおかしくはないよな。
「なるほど、ダガーですね。」
およ?
小鬼の短剣じゃなくて?
ちょっくら訊いてみるか。
「あの、もしかしてローザさん鑑定スキル持ってるんですか?」
あまり声が大きくならないように尋ねる。
「ええ、そうよ」
「お前は初めてだから知らんかったか!ローザさんはな、それだけじゃなく、弓の腕も一流で魔法も使いこなす上位四級の冒険者だったんだぞ!」
おっちゃんナイス補足説明。
なるほど、戦闘もイケます、と。
てか、ガルボロのおっさんよりランクが高いじゃないか。
この人スゲーんだな。
「バフさん、元でしょ?」
「元?今は引退されてるんですか?そんなにお若いのに」
ピキン、とその場の空気が凍った。
急に吹雪が始まったのかと思うほどに、周囲の気温が下がって行く錯覚を覚える。
アルカイックスマイルが如くの柔和な笑みを浮かべていた筈のローザさんの後ろに般若の幻影が見えるのはやはり俺がおかしいのだろうか。
「お、おい、シンド!い、いくら美人だからっていらんこと考えるなよ!ローザさんは家庭持ちだからなっ!」
「え、えー、それは残念です。こんな美人な方がお嫁さんなんて旦那さんやお子さんが羨ましいですよ」
おっちゃんの話に乗ってとりあえず話題を逸らした。
するとそれまでの寒さが嘘だったかのように、場の空気が元に戻った。
「あらあら、嬉しいですね。ありがとうございます、シンドさん」
ローザさんの笑みも元通りだ。
おっちゃん、マジありがとう!
その後、おっちゃんに短剣三本を売って宿に戻った。
今日の教訓。
女性には訊いてはならぬ歳の数
穏やか年増系巨乳人妻エルフ
その山脈には夢が詰まっているのかと問いたくなる。




