第92話 魔族迎撃戦(2)後編
《グヴェルギュオス》と正面で向き合って対峙した魁人。
《グヴェルギュオス》は、長い尻尾に、長い胴、長い首、そして長い頭とその姿は竜に近い。しかしながら、竜と比べ、手足が異様に長い。しかも、その長い手足の先には鋭利で無骨な爪が生え、更に後頭部付近に手足の関節部付近、そして背中には、全てが上向きに若干湾曲している角の様なものが生えている。
また、背は足を膝で折り、手を地に突いた格好をしている為、正確な高さを図るのは難しいが、見る位置によっては、その状態でも1階建て家屋の屋根の上から、上半身が見える程度の高さがある。
付け加えるなら、鱗等が無いのにも拘らず、その頭部の外皮は鉄の様な硬度があった。
「とりあえず、あれ何とかしましょう。 あの一撃で気絶させられないとは思いませんでした。 かなり強いですね・・・。」
「わ、分かった。 助力、感謝する。」
「ローレンスさんは、あれの弱点とか知ってますか?」
「《グヴェルギュオス》は《魔獣》の《ディアガロオ種》だ。 同じ種の倍以上の大きさはあるがな。 そして、その種の弱点は喉元と、腹部だが・・・。 成長し過ぎていて、弱点部位に攻撃しても、我らの攻撃ではほとんど効果が無かった。 外皮硬度が、基本的な個体よりも遥かに高くなっている様だ。」
「分かりました。 とりあえず、弱点に攻撃してみます。」
《グヴェルギュオス》について、現状で早急に必要な情報だけを選び、ローレンスから聞き出した。
「クロム!」
「はい。 マスター。」
言った通りに合流してくれていたクロムを、視界の中ですでに確認していた俺は、その名を大きく呼ぶ。すると、先程遣り取りをしていたお蔭で、クロムはすぐさま察してこちらに駆け寄って来てくれた。そして、体から光を放ちながら、自身の姿を人から剣へと変容させていった。
「さぁ、あいつを撫で切りにしてみようか、クロム。」
(はい。 マスター。)
魔剣になったクロムの柄を掴んだ俺は、魔剣状態のクロムに向けてそう呟くと、頭の中でクロムの抑揚の少ない、聞き慣れた声が響いて来た。どうやら、魔剣の状態では、流石に口で会話する様に話す事は出来ない様だ。
「クロム。 クロムは魔剣の状態の時、剣の形であれば、所有者の魔力で剣身を自在に変化させられるんだよね?」
(正確には、所有者の魔力で剣身を自在に変化させられる。 です、マスター。 そして、私は火属性のものには弱いので、注意して下さい、マスター。)
「なるほど・・・、分かった。 魔剣と言えば、やっぱり形は剣というイメージが強いから、今まで剣としてしか使われなかったのかも。 それがそのまま言い伝えられたのかな。」
今度は、魔剣の状態の時のクロムの能力を確認する為の遣り取りをする。
「き、貴様。 何を1人でブツブツ言っている!?」
「へ!?」
(ちなみにですが、魔剣状態の時は、基本的にマスターにしか私の声は聞こえません。)
これまで、傍から俺を見ていたローレンスには、俺が1人剣に話しかけている、危ない奴に映ったに違いない。
「それを早く言って欲しかった! 傍から見たら、俺、剣に話しかけてる変な奴じゃん!?」
「グオォォォォォッ!」
ブォン!
「うおっと!?」
クロムに向けて苦笑いを浮かべながら、涙目で抗議していると、《グヴェルギュオス》が左腕を左から右へ、風切り音を立てながら薙ぎ払う様に振るって来た。しかしながら、俺はその腕を、咄嗟に後ろへ跳躍し、避けた。
「貴様! 油断し過ぎだ!!」
「す、すいません・・・。」
戦闘中にも拘わらず、剣に話し掛けている者が居れば、誰だって怒るだろう。例に漏れず、ローレンスが怒りを露わにしながら注意を促して来た。俺は苦笑いを浮かべながらも、尤もな事だと思い、素直に謝罪した。
(マスター、油断は禁物です。)
「えぇぇぇ!? クロムの所為でもあるよね!? もうっ・・・。 後でお仕置きだからね?」
(はい。 喜んで。)
「喜んで!?」
クロムからの思わぬ発言により、クロムと2人でコントの様な遣り取りをしてしまう。
「馬鹿者!! 避けろぉ!!」
(マスター!)
ローレンスとクロムが攻撃が来るという警告を、慌てた様に叫びながら伝えて来た。
「へ!?」
ビュンッ。
「ぐっ!?」
ズガァァァァァン。 ガラガラガラ。
ガランガランッ。
油断していた俺は、ローレンスとクロムが警告してくれたにも拘らず、薙ぎ払いに来た《グヴェルギュオス》の右腕の直撃を受け、近くの家屋へと吹き飛ばされた。その際、薙ぎ払われた衝撃で、クロムを手から落としてしまう。
ガシャッ。
「な、なんてことだ・・・。」
「グオォォォォォォォ!!」
その瞬間を見ていたローレンスを含めた数人は、勝てる見込みが薄くなってしまったと、そんな絶望的な考えが脳裏に過ぎった様に、悲嘆に暮れ膝を突く。その者達とは対称的に、《グヴェルギュオス》は歓喜を表す様に咆哮を上げている。
バガァァァァァン。
「痛たたた・・・。 この世界来て、初めて怪我したよ・・・。」
しかしながら、その者達の予想を裏切る様に、俺は体の上に覆い被さっていた家屋の瓦礫を吹き飛ばし、体の状態を軽く確認しながら立ち上がった。
『・・・・・・・・・。』
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
「グ、グルォ?」
普通の者なら絶命するであろう一撃を食らっても尚、軽い切り傷や擦り傷程度のダメージで、軽く立ち上がって歩く俺を見ていた者達が、その光景をすぐには理解する事が出来ず、一瞬思考停止した様に沈黙した後、一斉に驚きの声を上げた。そして、意思の様なものがあるらしい《グヴェルギュオス》も、どこか戸惑いを表す様な鳴き声を上げていた。
「さてと・・・。」
「クロム。 俺は剣技を使える訳では無いから、全速力であいつの懐に飛び込んで、あの腹を斬り裂く。 準備は良いかな?」
(はい。 マスター。 マスターに無礼を働いた、あのトカゲの成り損ないの腹を、掻っ捌いてやりましょう。)
吹き飛ばされた際に、手から落としてしまった魔剣状態のクロムを拾い上げ、これからの作戦を伝えると、クロムは了承と共に、《グヴェルギュオス》へ敵愾心を向けながら、毒舌で罵った。どうやら、俺の怪我を見て、怒ってくれている様だ。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
キィィィィィィィィン。
『うっ!?』
2人で意志を共有した俺は、両手で正眼に魔剣を構え、気合を入れながら、剣身の形は変えずに、光の魔力を魔剣の剣身に張り巡らせた。すると、魔剣の剣身は、眩いばかりの光を放ち始める。その光により、その場に居る者達が、皆眩しさから目を腕で覆い隠す。実を言うとこの時、俺もかなりの眩しさを感じていたのだった。
(マスターも眩しかったのですね。)
右手だけで魔剣を持ち、下段に構えを変えると、クロムは人の姿の時ならば、優しい顔をしていそうな、そんな普段よりも少し柔らかい物言いで、ズバリ指摘して来た。
「ふっ!」
ダッ。
しかし、ここで集中を切らしてしまう訳にもいかず、クロムの指摘に反応を返さずに、《グヴェルギュオス》の元へ全力で駆け出した。
「グルオォォォォォ!」
「はぁっ!!」
《グヴェルギュオス》は咆哮を上げながら右腕を上空へ向けて振り上げる。そして俺は、右手で魔剣を下段に構えたまま、斜め上方へ向けて跳躍し、懐に飛び込もうとする。両者からの決死の一撃が、放たれようとしていた。
『まさに英雄の様だ・・・。』
その様な光景を見ていた周囲の者達が、一様に静かに呟く様に感嘆の声を上げる。
ザシュッ!
ブシュッ。
片方の一撃が肉を切り裂く音がし、その刹那、その傷口から血の噴き出る音が、遅れて聞こえて来る。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
ズシューーーッ!
一撃を当てる事が出来たのは、俺の方だった。そして、《グヴェルギュオス》の一撃を、服に触れるかどうかという、ギリギリの所で躱しながら懐へ飛び込み、人で言う左脇腹辺りを魔剣で深々と斬り付ける事が出来た俺は、その斬り付けた勢いを生かし、右肩付近に向けて、深々と対角線状に斬り上げていった。
「グォォォォォ・・・。」
ブシュゥゥゥゥゥゥ。
ズズゥゥゥゥゥゥン。
すると、《グヴェルギュオス》からの反撃は無く、断末魔を上げる様に鳴いて、その大きな体に出来ていった傷口から、血を噴き出しながら後ろへと倒れていった。
スタッ。
『おおぉぉぉぉぉぉーー!!』
そして、俺が地面に着地した瞬間、《グヴェルギュオス》が絶命する模様を、目を見開きながらしっかりと目に焼き付けていた冒険者や騎士達は、複雑に感情が入り混じった様ではあるものの、総じて喜びを多く含んでいる、そんな歓喜の声を大きく上げた。
「ぎゃー!?」
『ど、どうした!?』
しかし、皆が歓喜の声を上げているさ中、俺が突然叫び声を上げると、皆は、俺に何か異常でもあったのかと驚いて、心配そうに一斉に声を掛けて来てくれた。
「あいつの血、モロに浴びて全身血でビショビショに・・・。 生臭い・・・。」
『ぷっ! あっはははははははははっ!!』
魁人から、緊張感を吹き飛ばす様な、そんな気の抜けた発言を聞いた冒険者や騎士達。それにより、その場には戦いの終りを告げる様に、皆の笑い声が響き渡るのであった。




