人形遊びの延長
その日国一番の名を誇る学園の卒業式典が行われた。
これはその後に予定されていた別れを惜しみ見送るものと、これから新たな第一歩をそれぞれ歩んでいく彼らの為のパーティーでの出来事である。
今年は国王や王妃もこのパーティーに参加していた。王太子、今の段階ではまだ候補とつく王子が二人も通っていたため、更には他国からもまた貿易が盛んな我が国に学びにやってくるものが多く、名だたる王族、皇族なども訪れており、パーティーは賑やかだけれどどこか緊張したような空気を孕み粛々と行われていた。
しかしそんな空気を引き裂くように第一王子が王の許可もなく、突如声高に婚約破棄を宣言した為、周囲の人々は困惑と驚きに唖然となった。
第一王子の婚約者は神子と言われる少女であったが、此方も突然の事に驚いているのか目を見開きポカンとした顔で現状を理解できていないような様を晒していた。
そんな彼女の表情や様子も気にするでもなく王子は語る。
自分達にいいように誇大された話をさも鬼の首をとったかのように力をこめて。
その無駄に長く、聞いていても身にはなりもしない話を率直に略せば他に愛する女ができたから、またその愛した女を神子たる彼女が嫉妬から酷くいじめたからと。
いきり立つ王子と浮気の相手、そして側近となるべく王子に付き従っていたものらが謝罪をしろ、国外追放か、それとも死刑かと散々なことを吐き捨てる中、神子は目を瞬いてばかりいた。
「まぁ、私、そこの顔も合わせた事のない彼女をいじめたの?それにあらまぁ、婚約破棄なんて……。でもそれも仕方ないこと、あなた方がそう選んだのだものねぇ。では私、破棄に応じ、盟約のもと、あるべき所へ還らせていただきますわ」
それでは皆様、ごきげんよう、といつもの調子で言うと神子は消えてしまいました。
言葉通り。その姿を跡形もなく消してしまったのです。
泡となり消え去るおとぎ話のようなものではなくうっすらと透けてゆき、やがて空気と混じり合って見えなくなってしまった。
周囲は騒然となりました。神子を神子であると告げた神官の言葉も訝しんでいたもの、どうせはったりだと嘲笑い、化けの皮を剥いでやろうと憚らずに言っていたものさえもしや本当に神子であったのか……。
そう考えずにはいられませんでした。
神子が消えてから連絡を受けた神官方が駆けつけましたが、長い長い髭が自慢の神官長は神子が消えた辺りを見るや否や、頭を抱えてその場に膝から崩れ落ちました。
「おお……何ということだ。神力が、恵みの力が、それに守りの力まで霧散しているではないか。これではもう…………」
我が国は終わりだ、と口内で留まらせるように小さく漏らした言葉でも、その場にいた皆が顔を青ざめ、ざわざわと喧騒が広がっていきます。王子が喜劇のようなわけのわからぬ破棄を言い出してからずっと困惑していた国王と王妃も、神官のその言葉に流石に聞き捨てならないともっと詳しく話を聞かねばと口を開いた時でした。
「た、大変です!像が!広場にあるアトゥリーネ神とカトレダロス神様の像が、いきなりっ、いきなり崩れ落ちました!何か不吉な事が起きる前触れではないかと平民たちが騒いでいます!」
「西の母神殿、東の父神殿も同様の事が起こり、そればかりか神殿自体をも崩れ落ちそうな様子!一体何が、何が起きようとしているのでしょうか!?」
飛び込んできたのは普段は身なりもきちんと整えられ、人気の高い職であるとも言えよう精悍なる騎士達であったのだが、どうした事か双方泥の中にでも突っ込んできたのかというほどに汚れている。
それだけではない。白い甲冑は錆だらけ、この国の王家の紋章が入った部分も大きく罅が入り、まるで意図的に半分に分断されたかのような様であった。
異様な様、そして普段とは全く違う焦りや恐怖に顔を歪めた彼らの感情が伝染していくよう、更に周りも恐慌に陥っていく。
神子が、神々が怒っていらっしゃるのだ。
尊き方を公衆の面前で侮辱したから。いやいや待てよ、その前に王族が、王子が神子を蔑ろにし続けた挙げ句他に女を作ったから。
いや違う。神子はこう言っていたではないか『盟約のもとに』と。これはそもそもなんだったというのか。
もう遅いとばかりに嘆きに嘆く神官長と項垂れ、或いは長と同じようにその場に崩れ呆然としたり、おいおいと泣き始める神官らに視線が集まり、やがて意を決したらしい若者の一人が神官に声をかけました。
王族よりも民の願いや思いに耳を傾けてきた神殿の長たる神官ならば答えを授けてくれるであろうと信じて。
「神子様は盟約のもと、婚約破棄に応じると言っておりました。これは一体どういう意味なのでしょう?無知な私に教えてください、神官様」
それでもやはり地位のある神官に尋ねるのは緊張したことでしょう、若者は随分と遜った言葉使いで神官に問いました。
その若者の言葉を聞いた神官方は各々に動きを止め、そしてまたああ、と最早魂さえ手放してしまいそうな嘆きの声をあげました。
「神が……神がこの国を、地を、我々を見限ってしまわれた。最早滅びの道しか我らには……」
そんな言葉を掠れた声で紡ぎ出し、がっくりとその場に崩れるように神官長は遂には額を地に押し付け、おいおいと泣き出してしまいました。
そんな神官長をまた別の神官が支え、狼狽えたるばかりの王子や他のものたちに言います。
曰わく、盟約とは先々代の王が神々と交わした契約の事だと。
神が遣わし子らを神殿にて保護し、王族にその血を混ぜよ。さすれば神力を始めとする様々な力が神子を介して国を護り繁栄が約束されるであろう。
そして神子を蔑ろにする事、これ則ち神を愚弄し侮るものと受け取り与えてきた護りの力、繁栄の証など全て打ち消し、神は二度と人の前には現れず、力を貸すなどもなくなるだろうとも。
知らなかった、私は悪くない、だってあいつが彼女を、と喚きだした王子や女子生徒、そしてその取り巻きの声を割るようにそれまで晴れていた空が曇り始め、まるで夜の帳が訪れたのではないかというふうに真っ暗闇になれば雷鳴が轟き。
喚いていた彼らも次第に勢いをなくしていけば顔色を悪くして口を噤んだ。
程なくしてふと大地が揺れ動いているような感覚を誰かが感じとり、周りのものらにも感染していくようその揺れは激しくなって―――――
そして轟音とともに国に隣接していた火山が火を噴いた。今までは火山という事すら忘れるほど穏やかで国の象徴とも言われるほどであったのに。何の前触れもなく、荒れ出した。
大岩のようなものが押し上げられ高く高く上がった。しかもそれは限界まで上がった先で今度は隕石のように人々のいる場を目掛け落ちてくるものだからさあ大変だ。
逃げ惑う人々を嘲笑うかのように飛んできた大きな大きな岩は、人を簡単に押し潰してしまう。
悲しむ間も駆け寄って岩の下から救い出そうとするのも許さずに次から次へと犠牲者が増えていく中、山からゆっくりと赤黒く燃え滾るドロドロとしたものが流れだし王都へと進んでくる。
今まで誰も見たことのなかったそれは岩漿である。
人々は混乱と恐怖に陥り、逃げ惑う先で転んだ人を踏み潰し、それに気付く余裕もなく誰も彼もがごちゃ混ぜとなって出入り口に殺到し、逃げずに逃げれず死者は増えていくのみであった。
――――――……
「レディアランテ様、折角戻っていらしたと思いましたのにそう寝てばかりいられては困ります。溜めていた仕事を少しは進めてくださいまし」
全てが全て、純白に彩られた美女が腰に手を当て、豪奢な寝台に寝転び傍らに美少女とも美少年ともとれる中性的な者たちを侍らせた主に声をかける。
その主の命により口許に葡萄にも似た果実の一粒を運ぶ者の奉仕を受け、もぐもぐと咀嚼し、たっぷりと時間を空けてから主は口を開いた。
「えー?あれだって十分仕事でしょ?信仰心の高い人族にさ、神力を込めたヒトガタを送って、んでもって子ども作って更に神との融和を図るっつーさ。……ま、今回は信仰心も何もないクソ共のせいでおじゃんになっちゃったけど」
神子の中の人。それがこの主たる長身の男のような女のような見てくれの、しかしどちらの性も持たぬ、数多いる神のうちの一人であった。
限りなく人に近い、人ではない器。それの内に入りこんで、人形遊びをするように人の一生を演じ切り己が勤めを果たし天寿を全うしたかのように天へと帰ってきては神の気や力が薄れた頃、似たような事を繰り返す。毎度それで神の意思を受け取る事のできる聖女や、神官を育み、或いは作り出し信仰という神が神たる力を齎すそれを回収しようとの魂胆が含められていたのだが。
今回はよりにもよって信仰心の低い王子が婚約者に据えられ、更には異世界よりの魂というイレギュラーが入り、地道に詰んできたこれまでの努力も何もかも全て水の泡と化してしまった。
王子は仕方ないにしてもそれを誘惑し堕落させた異世界の魂を不手際でこちらに送り混んできた世界には苦情を入れた。
……あちらの人間界で流行っている言葉で言えばかなりブラックな環境で働いている神の部下の、霞んだ目とふらついた拍子の事故が原因で押し出された魂がこちらへと渡ってしまったというのを聞いた時は流石に怒りも薄れ、哀れみと同情が心に沸き起こったが。
平伏し、土下座をしてもし足りない、挙句首を落とすか部署を変えるでも構わない、寧ろ私をこちらの世界の部下にしてくれないかと涙を浮かべ足に抱き縋られた時は身の危険を感じるほどであった。
審判と正義、それに他の世界の神にも意見を聞いてからでないとどうにもできやしないからと何とか天使、神総出で説得をしてあちらへ帰したが。……その後、あの天使は大丈夫であっただろうか。
「あの気の毒な天使はアレだったけど、主な信仰を得ていた国は潰れちゃったから、またどこかに飢饉か災害か、それとも戦争の火種を落とすかしてから華々しく降臨しちゃったりとかしなきゃならねえ。ああ面倒くっさ。性行もどきの事したり恋愛もどきなんかもしたりするのもたま~にやる分にはいいけど、人の子の魂とか遺伝子の一部とかいじっていじって内部で神力合わせて人もどき作るのも、結構難儀するしさぁ。やっぱりもっと違うやり方探そうかなぁ」
傍らの天使の子の一人の頭を撫で頬を寄せ合い癒し癒しと今まで窮屈な生活をしていた分を取り返すようにのびのびと神は羽を伸ばしながらそう、こぼし女神のような自分のお付きの彼女に紙とペンをと用意させ、つらつらと、ああでもないこうでもないと考えては丸めて投げ捨ててと暫く部屋を荒らすのだった。
神子(中の人=八百万の神様のうちの一人)
中の人改め、レディアランテ様。災害や戦争の火種を造り出したりして信仰心を募らせて己の持つ力を更に、なんて考えてるある意味外道。しかも仮に信仰するものがなくなったとしてもそれまで得ていた力を失わないよう世界を改修済みなため、今回のような事が起きても直ぐに被害が出ると言うことはない。人形に性別は作れても中の人本人には性別はない。
白美人(天使)
目も髪も肌も全部真っ白な神様補佐。↑より偉い神様から命令され神様を補佐監視している天使。生真面目。神様の中でも幼い部類に入る神様に振り回される苦労性。
美少女、美少年集団(癒し隊)
中の人神様の造った癒し隊隊員たち。本当はモフモフ要因として神獣を造りたかったのだが、美的センスが壊滅的、更に自分の任された世界の愛玩動物は天に連れて来てしまうと下の世界に影響が出るとか何とかで断念し他所で見たこともある天使たちを参考に。ロリショタペドではない。
王子
神様をあんまり信じてなかった人。人間不信の気があり、何事にも懐疑的だった。婚約破棄騒ぎも本当は盲目的に神を崇める国のあり方を正したかっただけで、女に惚れた腫れたなわけではなかった。神様が本当にいたとか災害起こすとか自分が思ってもなかった事が次々起きてパニックになったところで大岩にぺしゃんこにされた。次の転生では恐らくダンゴムシ。
娘
王子様を誘惑し懐柔した毒婦。転生者。転生もの読みすぎ、二次元と現実の境を見分けられなくて色々ヤバかった、元四十路近い独身喪女。次の転生は蚊。
アトゥリーネ神(母神)、カトレダロス神(父神)
中の人神様の上司の神様の名をパクった。あの人たちが親だったらいいなぁ、との願望込み。