あの正義に用がある
今日は買い物がしたいということで、近くのショッピングモールにやってきた。
「聞いてなかったけど、何を買うんだ」
「いや、特に何もないわよ」
「じゃあ、適当にブラブラするのか」
「そう。たまにはいいでしょ?」
「悪くないな」
彼女を先頭にして僕らは歩き始めた。
しばらくのんびりと歩いたところで、「ここによっていい?」と彼女が口を開いた。
そのまま僕たちは店へと入った。どうやらパワーストーンを販売したり、好きな色を組み合わせてブレスレットや指輪などを作ったりするような店らしい。奥のほうでカップルと思われる男女があれこれ話しながら選んでいた。
「石にもこんなに種類があるんだな」
「自分だけのものを組み合わせて作れる。それが好きなのよ」
真剣な表情で選んでいる彼女から離れて、僕は近くにある靴屋で時間を潰そうとしたときだった。
「ねえ、ちょっといいかしら」
「どうした?」
「これ、カワイイ?」
そうして彼女が見せてきたのは薄いピンク色をした丸い石だった。
「僕にはよく分からないが……」
「そうよね。これがカワイイなんてよく分からないわよね」
ああ、これは始まる。僕の直感が叫んでいる。
「さあ、他の店に行きましょう。まだまだ見て回らないとね」
次に僕らがやってきたのはペットショップだった。動物たちはケージの中で暴れたり寝ていたりとそれぞれが好きなことをしている。
「これはカワイイ?」
「パグか……まあカワイイのではないかと……」
「よく世間ではこいつのことを『ブサカワイイ』というじゃない」
パグを「こいつ」呼ばわりか。なかなか頭にきているようだ。
「まあきっと、親しみを込めてそう呼んでいるのだろうけど、私はどうも『ブサイク』と『カワイイ』が両立するとは思えない」
僕は頷きながら彼女の話に耳を傾ける。
「まあ、それを1万歩下がって許したとしても、許せないものは許せない! 例えば……」
と言って彼女は辺りを見回した。そして何かを発見するといきなり走り出した。僕もそれに追いつくように走り出す。
「例えばこの深海魚。世間では『キモカワイイ』と呼ばれている。だけどね!」
「『キモイ』と『カワイイ』は両立するはずが無い」
「私の台詞をとらない!」
「すいません」僕は頭を下げる。
「世界でも使われるようになった『カワイイ』という言葉、なぜもっと日本人が大切に使わないのか私は疑問に感じるわ」
僕たちはペットショップから出て、
「さっきの話、実はまだ続きがあるのよ」
と言うと、彼女歩みを止めて、ある一点を見ていた。その目線を辿ると、さきほど石の店にいた若い男女とベンチに座るおばあさんがいた。
「おばあちゃん、チョー似合ってる! チョーカワイイ!」
若い女性の甲高い声が店の中に響いた。いや、僕らだけに聞こえただけかもしれない。
「私が一番許せないのは、ああいうのよ」
「ああいうの、とは?」
「『カワイイ』という言葉を自分よりも下に見ている人物に用いることで、自分が良い人に見られると同時に、自分のほうが可愛いアピールをすることよ!」
彼女は続ける。
「なんでもカワイイって言っておけば! という考え方がすでに自分が相手より上にいるということよ! あの心無いカワイイがすでに可愛くない!」
彼女は言い終えた満足感のまま、スタスタとショッピングモールの出口へと向かっていった。
「さあ、スイーツでも食べて帰りましょう」
「お目当ての店があるのか」
「ええ、もちろん」
彼女はフッと笑った。
「そりゃあきっと、ファンシーな店なんだろうな」
「ファンシーなお店じゃないわよ! カワイイお店よ!」
彼女はそう反論した。
僕に「カワイイ」は理解できないような気がした。
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