05 後頭部が痛い。
少女の話をひとしきり聴き終えて、俺は天を仰いで大きく息を吐いた。
「なるほど……そういうことだったんですね。綾小路桜さん」
『綾小路桜』とは、この美少女の名前である。どこかで聞いたような名字だったが、そこは気にしないでおくことにしよう。
しかし『桜』とはよく言ったもので、まさしく咲き誇る桜のような美しさを兼ね備えている。名前負けをしていないとはこのことである。
何処ぞの『花火』とか言う名前の女子高生は、まぁ確かに力強くドン! と弾けるという意味では、名前のとおりなのだが、花火のように美しいかというと、そこはノーコメントとさせていただく。もし、ここで脳内でとはいえ、あの女を侮蔑するようなことを考えたならば、時空間を捻じ曲げてもここにやってきて、世界を狙える強烈なパンチを食らわせてきそうだからだ。
――でも待てよ……、いくらあいつでもそこまでは出来ないだろう。よし! 試しに、脳内で考えてみようではないか。花火というよりも、鼻血と言ったほうがお似合いだ。男に鼻血を出させる意味合いで。勿論、色気で悩殺させて鼻血を出させるわけではなく、暴力で鼻血を出させるわけだけどな。ぷぷぷぷっ。
その刹那。
「死ねェェェェッ!!」
何が起こったのか俺には見ることが出来なかった。
が、予想はすることが出来た。
突如、異空間から現れた藤宮花火が、俺の後頭部に見事なケリを食らわせたに違いないのだ。
なるほど、パンチだけでなく、蹴り技も持っていたとは……。世の中は本当に油断ができない。
そして、本当に俺の脳内を読み取って現れるとは……こいつ本当に人類か!?
俺はソファーからもんどり打って転がり落ち、後ろ頭を抱えて悶え苦しむことになる。
「あ、お騒がせしてすみません。わたし帰るんで、お気になさらずに〜」
花火はそれ言うと、何事もなかったかのように応接室から去っていった。
俺はまだ朦朧とする頭で、帰っていく花火の後ろ姿を見ていた。どうやら帰る時はちゃんと玄関から帰るらしい。
綾小路桜は、この突如起こったバイオレンスな光景を、どう理解していいのかわからずに、ポカーンと半口を開けたまま、完全にフリーズしてしまっていた。そんな姿でも美少女力は全く衰えないのだから恐ろしい。
「気にしないでください……。いつもの事ですから……」
俺は後頭部をさすりながら立ち上がると、苦痛にゆがむ顔をなんとか笑顔に作りなおしてみた。
「いつもの事なんですか……」
「はい、そうです」
俺はきっぱりと言ってのけた。
もはや藤宮花火が、俺に暴力を振るうのは『いつもの事』と表現して問題ないレベルに到達してしまっているのだ。ラーメン屋に行って『親父、いつもの』と言うくらいに、常連様なのだ。
「あの……色々と大変なんですね……」
「あははははっ、これくらい平気ですよ」
俺は笑い飛ばしてみせるが、実際のところは涙をぼろぼろ流して、床に転がりのたうちまわりたかった。しかし依頼人の前で、泣き喚くわけにもいなず、俺は必死に涙を堪えるのだった。
「えっと、かなり話が脱線してしまいましたが、要点をまとめさせてもらいますね」
俺は綾小路桜から聞いた依頼の内容をまとめたノートに目を通す。
綾小路桜は『聖ヱルトリウム女学園』に通う高校二年生である。
聖ヱルトリウム女学園とは、ここらでは有名なお嬢様学校だ。女子も男子も、その名前を聞いただけで羨望の眼差しを向ける。それくらいの知名度を誇っている。
綾小路桜がその女学園に入学したのには訳があったらしい。
小学校、中学校、共に綾小路桜はモテたのだ。いや言い換えよう、モテすぎたのだ!!
朝の登校中に告白されるのは当たり前、昼休みどころか各休み時間に告白され、国語の時間には愛を綴ったポエムを朗読され、さらにはただの体育の授業なのに(しかもソフトボール)『俺は綾小路桜を甲子園に連れて行く!』と宣言されてみたり、放課後の帰り道では、告白する男子が整理券を握りしめて列をなしたりと、それはもう伝説級にモテてしまったのだ。
普通にモテるくらいならば、気分が良くなることだろう。しかし、ここまで異常にモテてしまうと、それはもう恐怖でしか無いのだ。
だから、彼女は進学する高校として『聖ヱルトリウム女学園』を選んだのだ。
何故かって?
まず第一に、ここは女子校である。女しかいなければ、一部の百合的思考を持ったものでなければ告白はされない。
そして第二に、この学園は他に類を見ないほどにセキュリティが行き届いているのだ。もし多孔の男子が学園に足を踏み入れようとしたならば、容赦なくレーザーが放射される。
え? と思うかもしれないが、これは事実なのだ!
勿論レーザーは威嚇であり、対象物に当たりはしないのだが、いきなりレーザー光線を放たれてビクつかないものはいないだろう。
さらに校内には、許可のない学外のものにのみ反応する対人地雷が仕掛けられている。ただしこれを踏んだものは未だかつて誰もいない。何故ならば最初のレーザー網で尻込みをして帰ってしまうからだ。
さて、何処ぞの戦場かと思うほどに万全の警備体制を誇るこの学園ならば、部外者が告白しにやってくることがあるはずもなく、綾小路桜は平和な学園生活をおくれる……はずだった。
なのに、それなのに、まさかその完璧な警護体制を持つ学園自体が、彼女を狙ってこようとは、神様でも想像がつかなかったに違いない。
「状況はわかりました。具体的に、その桜さんはどのように学園に狙われているんですか?」
「はい……。何時も帰り道、わたしの後ろをコッソリとつけてくるんです……」
「こ、コッソリと……」
「はい……。でも、電柱の影からはみ出ていたりして、わかっちゃうんですけど……」
俺は首をひねった。
果たして、学園とはコッソリと後ろをつけられるものなのだろうか? それに、むしろ電柱からはみ出てないほうがおかしいだろ。
俺は想像をしてみた。
自分の後ろを学園がコッソリストーキングしている姿を……。
聖ヱルトリウム女学園、その広大な敷地は東京ドームに匹敵すると言われている。そのとてつもなく巨大なものが背後に迫ってきているのである。
――間違いなく、俺はおしっこをチビるだろうな……。
それは恐怖以外の何物でもないだろう。
そして俺はこうも思った。
――ぜひその光景をこの目で見てみたい!!
俺はすっくとソファーから立ち上がると、好奇心に満ち溢れた眼差しを相手に向ける。
「明日、学校の帰り道をご一緒させてもらっていいでしょうか?」
「あ、はい。こちらからそれをお願いしたかったくらいです! 良かったぁ、誰に話してもこんな話し信用してもらえなくて……。でもここなら、どんな常軌を逸したお仕事でも受けてもらえるって、弟から聞いて」
ここでようやく俺は、綾小路と言う名字を思い出した。そう、この綾小路桜は、俺を『うんこ大海嘯』から救い出してくれた少年の姉だったのだ。
ならば余計にこの依頼を断るわけにはいかなかった。何せ救世主の姉なのである。さらにウルトラ美少女なのである。
「はい! この『大宇宙堂』は、どんな仕事でも受けることに定評があります! ドンと任せて下さい!」
そして翌日の放課後がやってくるのだった。