17 という訳で。
「――と言う訳なんだよ」
という訳で、俺は今テレビ番組の収録スタジオにいる。
「どういう訳なの……」
その横に、今現在自分の置かれている立場を何一つ認識出来ないでいる女子高生が、肩をワナワナと震わせていた。このワナワナと震わせるのが、肩ではなく拳に変わった瞬間、俺の身体は容赦なく吹っ飛ばされることだろう。
あたり前のことだが、俺はスライムの様な軟体生物ではないので、吹っ飛ばされるととても痛い。そしてこれまたあたり前のことだが、痛いのはとても嫌だ。
なので、俺はこの危険極まりない女子高生を諌めるために、ニヘラと口元を緩め笑顔を作っては、状況を説明してみせることにした。
「どういう訳かと聞かれるとだな、話せば長いわけなんだが……それでも聞きたいか?」
女子高生は言葉を返さずに、威圧的な視線を向けたままコクリと頷いた。
後ろ頭をボリボリと二回ほど掻いてから、渋々と説明を始めた。
「まぁ実のところ俺もどうしてこんな状況になったのかは、よくわかってないんだよな。だってさぁ、まさか、公園で無職風おっさんに絡まれてアイドルのマネージャーをやらされることになるなんて、誰も予想できないだろ? てか、予想できるやつが居たら、そいつは予知能力者か、もしくは原作者だぜ?」
ドンと、金属が潰れるような鈍い音がした。と言うか比喩表現でなく、実際鉄筋コンクリートであるはずの収録スタジオの床が、女子高生の強烈なストッピングで破砕されていた。
「わたしは言い訳が聞きたいって言ってんじゃないの! わかる? ねぇ、わかってんの!」
俺は理解した。何を理解したのかというと『ちゃんと説明しないと、あんたの頭はこの床みたいに粉々になるよ』と、殺害予告をされていることを理解した。
「あ、はい! よく存じ上げております!」
俺は背筋を伸ばし使い慣れない敬語を使った。
もはや会話の流れから説明する必要もないと思うが、今ここにいる俺が助手に選んだ相手とは……光速のパンチを持つ女子高生こと『藤宮花火』その人である。
何故俺がこんな破壊者を助手に選んだのか? それは、毒をもって毒を制す!
ということなのである。
魔法という超常的能力に、暴力という物理的能力を真っ向からぶつければ、ある種の拮抗状態を作れるのではないか? と考えたのだ。
だが、それは大きな間違いだったかもしれないと痛感している。何故ならば、その暴力は今まさに俺に向かって振るわれようとしているのだから……。
しかし捨てる神あれば拾う神あり……。
「お! おいおい、花火! 今そこを歩いていったのは、お前の大好きな『渋沢周五郎』じゃないか?」
「え!? どこ! 何処にいるの!!」
花火の目が、怒りに燃えたものから、ときめく乙女のものへと瞬時に変化した。
ちなみに『渋沢周五郎』とは、イケメンアイドルでもなく、ビジュアル系歌手でもない。その名が表しているように渋みがかった演技を得意とし、週に五回はテレビで見かけるという出演率を誇る熟年俳優である。
どうやら花火はファザコンの気がある言うか、父親的存在に憧れを感じるらしく、若者向けアイドルや俳優などより、渋い役者を好む傾向にある。他人事ながら、こんなんで学校の友達とちゃんと会話できているか心配してしまうところだ。
「ふふ〜ん。サイン貰ってきちゃった!!」
今泣いたカラスがもう笑うの言葉のように、さっきまでの鬼じみた迫力はどこに落としてきたのか、上機嫌な藤宮花火が色紙を片手にそこに居た。
「良かったな! このバイトのお陰でサインが貰えて!」
「え? あ、うん」
「他にもお前の大好きな俳優に会えるかもしれないぞ!」
「そ、そうだね。あれ……なんか話をすり替えられているような……」
花火は首をひねったが、それよりもサインを貰えたことが嬉しかったらしく、深く考えようとはしなかった。
「そんで、バイトって言うけど、私は何をすればいいのさ?」
「まぁ、俺のボディーガードみたいな……」
「はぁ?」
と、そこまで会話をしたところで、クライアントであるプロデューサーと、魔法少女で、異世界の王女で、さらにはアイドルである設定盛りすぎ女こと『ベル』が現れた。
「遅れてすまないね! という訳で後は宜しく!」
相変わらず汗が止まらないプロデューサーは、俺がうまく使いこなせなかった言葉『という訳で』を見事に使いこなし、その場から即時離脱していったのだった。
とは言え、このプロデューサーの行動を制御しているのは、『ベル』であることは間違いない。
「さて、それじゃ。お仕事れっつごーだよぉ☆」
と、あざといが服を着た存在ベルが、これまたあざとい口調とポーズを決めたところで、俺の横にいる存在に気がついて動きを止めた。
「あれれぇ〜。もしかすると〜この女の子が助手さんなのかなっ☆ はじめましてぇ〜魔法のプリティアイドル、ベルだよぉ☆」
魔法のステッキを持ったままくるりと一回転、そして真正面でピタリと停止し、可愛くピースサインを決めてみせる。その可愛い動きに周りに居た撮影関係者から歓喜の声が上がる。
だが……
「ふ〜ん、そうなんだ。よろしく」
花火のテンションは通常通り……どころか普段異常に低かった。それどころかその目は、近所のこきたない野良犬を見るとき以上に冷めきっていた。
「……私の可愛さが通じない……だと……」
ベルが苦々しく奥歯を噛みしめる音が聞こえたような気がした。