14 テレビの中。
「なんでやねん……」
俺は関西人でもないのに、エセ関西弁でテレビ画面にツッコミを入れてしまっていた。
何故ならば、テレビに写っているのは、忘れたくても脳裏にこびりついて忘れることのできない顔だったからだ……。
「どしたの、テレビ見て固まったりして?」
花火が、訝しげにこちらの表情を覗き込む。きっとこの時の俺の頬は引きつりきっていたことだろう。
そう、テレビ画面に写っていた人物とは、俺にトラウマを植え付けた元無職風おっさんであり、元魔法少女かつ王女の姿に他ならなかったのだ。
それどころか、この魔王少女はアイドル歌手としてテレビに出ているのだ!
テレビの中の魔王少女は、アイドル衣装なのか、魔法少女のコスチュームなのか、判別のつけようのないフリフリの衣服をまとい、意味のあるようでないようなラブソングの歌詞を、今時のポップなサウンドに乗せて、砂糖に砂糖をトッピングして更に飴細工でコーティングたかのような甘々ボイスで歌っていた。
その姿は、過去を知らないものからしてみれば、それはそれは可愛らしいものに違いない。目を奪われて虜になってしまうに違いない。しかし俺は知っている。ほんの二週間前には、こいつは昼間からブランコに揺られてアリの数を数えている無職風おっさんだったことを……。
「ああ、この子ね。最近デビューしたばっかりなんだけど、魔法少女で更にお姫様っていう、詰め込みすぎ風のコンセプトで一気にトップアイドルまで登りつめちゃったんだよね。今学校でもなんか人気みたいだよ。世の中何がウケるかわかんないよね」
まるで石膏像のように固まった表情で、テレビ画面に釘付けになっている俺を見て、どうやら花火は俺がこのアイドルに興味があると勘違いしたのか説明を入れてくれた。
「男の子は、こういうのが好きだったりするのかな……。私にはよくわかんないや」
どうやら花火はこの魔王少女に好意的ではないらしい。
「安心しろ、俺もこういうのは好きじゃない。これを可愛いっていうんなら、花火の方が何倍も可愛いってもんだぜ」
この言葉に嘘はない。前にも言ったかもしれないが、花火はルックス的にはかなり可愛らしい方である。ただし暴力的な正確なお陰でそれが相殺されるどころか、マイナス方向にぶっちぎっているわけなのだが……。
「な、な、何言ってんのよ!! そ、そんなこと言っても何も出ないんだからね! ……えっと、このお菓子食べる?」
何も出ないと言っておきながら、花火は顔を背けながら、手に持っていたスナック菓子をさり気なく差し出してきた。
そしてコッソリと表情を覗き見てみれば、心なしか頬を赤らめているではないか。
――なんていうか、こいつ……チョロいな……。
俺は差し出されたスナック菓子を素直に受け取ると、自然な流れで口の中に放り込む。すると俺口の中が得も言われぬ酸っぱさで満たされる。
「なんだこれ……」
俺はスナック菓子の袋に目をやると、そこには『しめ鯖チップス』と言う文字と一緒に、可愛らしくデフォルメされた鯖の絵が描かれていた。
「この酢の味加減が絶妙でしょ? 食べ続けてるとハマるよ?」
「そ、そうか……?」
俺はすすめられるまま一口、また一口と、しめ鯖チップスを口に運ぶ。うん? 確かに癖になる味と言えなくもない。
「えへへっ、どうよ!」
満足そうな俺の顔を見て、花火がふんぞり返ってドヤ顔を見せてくれる。
このどうでもいいまったりとした空間と時間の中で、俺のトラウマは癒やされてきているような気がしないでもない。
と思ったのもつかの間だった。
『テレビの前の、あ・な・た。ベルの魔法で虜にしちゃうぞっ☆』
テレビの画面の中では、《ベル》と名乗った魔王少女が手に持ったステッキを掲げながら、魔法の呪文のようなものをつぶやいた。
俺は咄嗟にテレビの画面から逃げるようにして、ソファーの後ろに身を隠した。画面の向こう側から見られているような感覚と、本当に魔法をかけられるかもしれないという恐怖感が全身を襲ったからだ。
「何怯えた子犬みたいになってんの?」
花火が可哀想なものを見るような視線を向けてくれた。ソファーの後ろで身体を丸くさせて小刻みに震えている俺の姿は、まさしくその表現がぴったりに違いない。
「くぅ~ん」
俺は捨てられた子犬が雨の中で泣くように、弱々しく鳴いてみせた。
「キモ……」
もし今ここに鏡があって、自分の姿を直視していたら、俺もきっと同じように思ったに違いない。
「よくわかんないけど、この番組が嫌なら消せばいいじゃん」
「そ、そうだな。たしかにその通りだよな!」
そうだ! こんなトラウマを蘇らせてくれるテレビなど消してしまえばいいのだ。いくら魔王少女とは言え、テレビの向こう側から何かができるわけでもないだろうし……。無いよな? 出来ないよな!?
俺は大慌てでテレビのリモコンを手に取ると、電源ボタンに手をかけ力いっぱいに押し込む。当然のようにテレビの画面は消えるのだが、その刹那……。
『見つけた……』
魔界の奥底から響くようなドス黒い声が、心のなかに響いたような気がした。
「い、いまテレビから変な声が!」
「はぁ? 何いってんの」
どうやら花火にはその声が聞こえなかったらしい。
ならば、きっと幻聴に違いない! そうだ、総に違いない!
俺はそう思い込むことで、何もなかったことにした。……何もなかったことにしたかった。
だが翌日、非情な現実を脳天に突きつけられることになるのである。