13 銀魂!?
事務所内に引きこもること約二週間。
殆どの時間を布団の中で過ごした俺だったが、心のトラウマは未だ癒えてはいなかった……。
ただ言えることは、仕事もせずに引きこもっているせいで、当然のごとく財布の中身はどんどんへってきており、潤滑だったはずの資金は尽きようとしていた。
それもこれも、あのおぞましき感触を忘れるために、口直しとばかりに高級な食べ物を大量に出前&通販で買い求めてしまっていたからに他ならない。
「キャビアにフォアグラ、そしてトリュフ……世界三大食材も、俺の心と口内を癒やしてくれるには足りなかった……。助けて海原雄山! 助けて味吉陽一!!」
そしてこれまた当然ながら、俺の髪は白髪のままだった。
「これは色々とヤバイかもしれない……」
俺は白髪となった髪の毛を指先でいじりながらポツリ呟いた。
何がヤバイのか? そう、白髪でよろず屋なんてことになれば、とあるジャンプ漫画とかぶってしまうからだ。
うーむ、これは由々しき事態だ。まぁ、今のところ俺は天然パーマでもなければ、木刀も持っていないし、ツッコミの上手い眼鏡も、チャイナ服の女の子を助手とし雇っていないので、セーフだ。
「いやいや待て待て……。この流れはもしや助手が出来るフラグなのではないだろうか……」
仕事と心のケアをしてくれる助手。
俺は今心底そういう存在を求めていた。が、雇うような金銭的余裕は皆無だった。
なるほど、貧乏という設定もかぶっているようだ。
設定のかぶりを気に病みつつ、どうやればかぶらない新しいキャラクターとしてやっていけるだろうかと模索していると、何やら応接室からガサゴソと音がしているではないか。
――泥棒……? とは言え、うちには金目の物なんて何一つ無いぞ。まさか……まさか、あの魔王少女が家を探り当ててやってきたのでは……。
俺の瞬時にあの時のおぞましい感触がフラッシュバックして、全身余す所なく鳥肌を立てた。身体は小刻みに震えだしてしまっている。
「こうなったら……殺られる前に殺るしかない……」
どうやったらそういう思考にたどり着けるのか、我ながら謎だったが、そう思ってしまったのだから仕方がない。俺は偶然近くにあった木刀を手に取ると、これまた偶然近くにあった着物に着替えて、声優の杉田智和のような声で、
「殺ってやりますよこのやろぉォォォォ!!」
と、わけもなく声に出してみた。
うむ、半端なかぶりよりここまでやったほうがきっといさぎよいに違いない。
そして、俺が応接室で見たものは……。
まるで我が家のように、ソファーに寝転んで寛いでテレビを見つつ、スナック菓子を食べている藤宮花火の姿だった。
「何それ? コスプレ?」
藤宮花火は視線の隅に俺を捉えると、そのままこちらを振り向きもせずにテレビを見続けた。
「何やってるんですか、このやろぉォォォォ!」
俺は木刀を振りかざし、懲りずに杉田智和口調で言ってみた。
が、ツッコミが来るどころか、藤宮花火は無言でテレビを見続けていた。この何とも言えない空気に、俺は軽く死にたくなった
がっくりと項垂れて、私室に戻った俺は、服をいつもの物に着替え、木刀を置くと、改めて応接室へと戻ってきた。
「もうコスプレやめたんだ? 似合ってなかったけど」
藤宮花火は戻ってきた俺を、これまた視界の隅っこで端っこの方に捉えたまま、テレビを見続けると、興味なさげに呟いた。どれだけこいつは、俺に興味無がないんだよ……。
「コスプレじゃねえよ! 今のはあえてキャラをかぶらせることでだな! ……はぁ、まぁどうでもいいよ。兎に角、あいつじゃなくて本当に良かった……」
俺は安堵の息をついて、ソファーに腰掛けた。
隣では、藤宮花火がスナック菓子を放り投げては、見事に口でキャッチして見せていた。
うむ、まだまだ色気より食い気といったところだろうか。美人ではなく、可愛らしい、そう形容するのが似つかわしいだろう。
「何見てんの? これわたしのだから、あげないよ?」
藤宮花火は、スナック菓子の袋を胸元に抱え込んで、拒絶の視線を送ってきた。
「そんなのとったりしないよ。それより、どうしてはなちゃんは俺の部屋でテレビを見てお菓子を食べてるですかねぇ」
その刹那、俺の右頬に旋風が通り過ぎた。
「だ・れ・が!! はなちゃんだって?」
忘れていた、こいつは『はなちゃん』と呼ばれると、問答無用で聖闘士星矢ばりの光速パンチを繰り出してくる殺人マシーンだった。
「いやいや、違いますよ! ななちゃん! テレビの7チャンネルを見たいなぁって、言ったんですよ! それにあなたの名前は、花火さん! 花火さんですよねぇ! わかってます、わかってますよ、それはもう宇宙がまだドロドロとしたガス状で形をなしていなかった頃から、わかってますから、はい!」
「そう、なら良かった」
どうやら俺の命は助かったらしい。
だが、ホッとしたのも束の間、俺はテレビに映る人物を目にして、危うく失禁してしまいそうになるのだった。