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よろず屋 大宇宙堂  作者: ヨネ@精霊王
三章 魔王少女はスクールアイドルになりたい!?
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12 魔王少女爆誕!


「私は実はとある国のお姫様で、さらに魔法少女なの!」


 無職風中年男性の口から飛び出したその言葉に、周囲の空間が瞬時に凍りついた。公園の中央にある噴水は完全に流水の形で固まってしまっているし、さっきまで空を飛んでいた鳥は垂直に降下して地面にくちばしを突き刺しているではないか。

 不幸中の幸いといえば、この公園には俺とこの無職風中年男性しか居なかったことだろう。もし多数の人間が居たならば、それは見事な氷細工が多数誕生していたことだろう。

 ちなみに俺は凍りついてなどいない。何故ならば、俺のハートはいつだってホットだからさ! ――などという世迷い言は関係なく、俺はどんな言葉だろうと真正面に受け止めることが出来るというのが、自慢なのだ。

 とは言え、この発言は強烈な右ストレートとなって俺の頬に突き刺さった。そのあまりの衝撃に気を失いそうになり、敗北のテンカウントを聞きそうになってしまったが、俺はこんな時のために口の中に仕込んでおいた苦虫にがむしを噛み潰して意識をとどまらせることに成功した。

 おっと、ここで説明をしておかないといけないだろう。

 『苦虫』とは何ぞや?

 よく比喩表現として『苦虫を噛み潰したような』と言う言葉を耳にすることがあるだろう。しかし世の中というものは油断ができないもので、この『苦虫』は存在するのだ。

 とは言え、本当に虫なわけではない。こいつは俺が贔屓にしているとある店で手に入れることができる特殊な気付け薬の名前なのだ。


『苦虫を噛み潰すってなんかいい響きでしょ? いい響きよね? もしいい響きだと思わないんだったら、問答無用で五万円置いてきなさいな!!』


 理不尽が服を着て歩いているような店主によって、半ば強引にこの気付け薬の名前はつけられたのだ。

 俺は商売の特性上、予想もつかないことで気を失うなんてことは日常茶飯事なので、こういったものはとても重宝するのだ。

 使用方法は至って簡単、奥歯の奥に仕込んでおいた苦虫を、力いっぱい噛み砕くだけ。そうすると、この世のものとは思えない味が口の中に広がって、あっという間に意識を取り戻すという寸法だ。

 難点と言えば、数日の間口が臭くなってしまうというところだろう。

 

 さて話を戻そう。


 この無職風中年男性は魔法少女だけでもトンデモナイというのに、王女設定まで混ぜ込んできやがったのだ。あまりに設定を詰め込みすぎると後で色々と破綻して面倒なことになり、収集がつかなくなり、頭を痛めるという小説家の苦労を全く知らない中年男性である。


「悪い魔法使いに呪いをかけられて、こんな姿に変えられてしまったのよ!!」


 無職風中年男性は、まるで宝塚歌劇団のように、大げさな身振り手振りで語りだした。

 とは言え、こっちの設定は至ってオーソドックスだった。

 

――このオーソドックスな設定から察するに、この呪いを解く方法は……。


「この呪いを解くためには愛する人からのキスが必要なの!」


 ほらきた、予想通りだ。

 だが、予想というものは裏切られると相場が決まっている。


「それも舌を絡めあった熱いディープキスが三分間必要なの!」


 無職風中年男性は舌をおもむろに出すと、こちらに向けてウィンクを一つ。そして高速で虚空をベロベロベロベロベロと舐めだし始めた。その光景たるや、まさに地獄絵図と呼ぶに相応しいものだろう。


「ちょっと待ってください。キスをして呪いが解けるのは良いとしましょう。でもあなたは、ボクのことをよく知らないでしょうし、そんなよく知らないボクを愛しているというのもおかしな話でしてね……」


 焦りのあまり一人称が『ボク』になってしまっていることにも気が付かずに、額から冷や汗をダラダラと流しながら俺は言葉を続けた。

 

「恋は突然に、なんてことをも言いますけれど、アレはドラマとか映画とかの中の話でしてね、現実の恋というものは、こう何度も出会いと別れを繰り返し、長い時間の中でゆっくりと育んでいくものでして……あのぉ〜わかりますかぁ〜?」


 一つわかっていることがある。それは、この無職風中年男性の耳に俺の言葉は何一つとして届いていないということである。それどころか、無職風中年男性は、バレリーナの如く華麗に舞い踊りながら、意味不明な言葉を口にしていた。


「ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある!! パンチDEデートのよぉぉぉ!!」


 1970年代に放送された某バラエティ番組の言葉を用いてくるとは、どう考えても、こいつは王女でも魔法少女でもなく、おっさんである。


「わたしとあなたは出会った瞬間に恋に落ちていた。そして、再び今日巡り合うことでその恋は、愛へと進化した。そう、故にこの想いは必然! キスをするのは当然! 呪いが解ければわたしは完全!」


 バレリーナから一転、ラッパーのように韻を踏み出す無職風中年男性だった。

 YO! YO! とライムを決めながら、無職風中年男性は今まさにキスをせんと距離を縮めてくる。

 

 

――ヤバイ死ぬ。間違いなく死ぬ、主に俺の精神こころが死ぬ。


 と言うか待ってくれ、誰がこの展開を喜ぶんだ? キスをするなら普通美少女ってのが定番だろ! よしんばBLブームに乗っかるとしてもだ、美少年か、ダンディな中年とかじゃないのか? それがなんで、こ汚い無職風中年男性とキスを、しかもディープキスをしなければならないのか! そんなことをして誰が喜ぶのか!! えっ? 居るのか? そういうマニアックな層が!! そして俺は今、そのマニアックな層を満たすために、この毒牙にかからなければならないのか!?


『嫌だ!! 絶対に嫌だ!!』


 もしこの世界の神が、この展開を望む変態野郎だとしても、俺は絶対に拒絶してみせる!

 俺の決意は天にまで届き、秘められた力を開放して、究極のパワーを手に入れる……わけもなく。

 

「いただきまぁす!」


「○✕♯@※!?」


 目の前に無職風中年男性の顔がやってきたと同時に、俺の口の中に何だか……何だか……何だか……何だだっだったったーたったったったったーっ、やわからいものがっがっがっがっー、はいってきてってってってってってー、にゅるにゅにゅるにゅるぅぅぅぅぅぅってぇぇええええええええええ。

 

 三分間、放送に耐えない映像が流れることをご容赦ください。


 ……

 …………

 ……………………


 三分がたち、俺の唇から形容するのもおぞましい、うにゃうにゃしたうにょうにょが、ちゅぽんとという効果音を発しながら引き離された。それと同時に唾液がドロドロと音を立ててこぼれ落ちた。

 ……俺はかろうじて生きていた。

 何度となく、地獄の釜の底を見たような、地獄の門の番犬ケルベロスを見たような、黄泉平坂の入口を見たような、賽の河原で石をつみかけたような……そんな気がしたが、かろうじて現世に踏みとどまっている。

 恐怖のあまり髪の毛が真っ白になってしまっているが、命が助かったことに比べれば大したことではない。

 そして、望みどおり三分間のディープキスを果たした無職風中年男性はと言えば……。


「ふふふふ、キスってレモンの味がすると言うけれど、なんとも言えない不思議な味がしたわ……」


 それはきっと、苦虫を噛み潰したせいであろう。

 口元からこぼれ落ちるよだれを拭き取った無職風中年男性は、突如として両拳に力を込めた。

 そして……


「ウォォォォォォォォォ!!」


 どこぞのサイヤ人が覚醒するかのような咆哮を上げると、おどろおどろしい黒紫色のオーラを全身に身にまとうのだった。


「オォォッッッ!」


 雄叫びが最高潮に達すると、周囲を包んでいた黒紫色のオーラが衝撃波に吹き飛ばされるように四散した。

 そしてその中から現れたのは……。


「やった! やったわ! わたし元の姿に戻れたわっ!」


 フリフリのゴスロリドレスを身に纏い、右手に魔法のステッキを持った、金髪で身長百四十センチ台の紛うことなき美少女だった。


 が!


 それがどうしたというのだ!!


 そんなことは俺にとってまったくもってどうでもいいことでしかなかった。

 たとえ、本当の姿が美少女であったとしても、俺がキスをしたのは、俺がディープキスをしたのは、無職風中年男性であったことに、なんらかわりはないのだ! その感触も、その匂いも、すべて無職風中年男性のものだったのだ!

 むしろ本当の姿が無職風中年男性の美少女にキスをしてもらったほうが、確実にマシなのだ!!


「あははっはっ、可愛い! わたしは可愛い魔法少女! さらに王女様ァ〜! 今まで頭のおかしい中年男性として扱ってきた奴らに復讐してやるわ! あ、そうそう呪いをかけた魔女にも復讐してやるわ! そうよ! 世界はわたしのためにあるのよ! あーっはっはっはっは! の世界はわたしにひざまずくべきなのよ!!」


 可愛らしい声と容姿に不釣り合いな物騒極まりないことを言い放つ魔法少女で王女。この存在は略して『魔王少女』と呼ぶのがふさわしい。俺は勝手に命名した。

 もしかすると、呪いをかけた魔法使いとやらは、この傍若無人な魔王少女を封じ込めようとした善人だったのではないだろうか……。

 魔王少女は、魔法のステッキを興奮気味にブンブンと振り回し、喜々として周囲の遊具を謎の呪文で破壊していたが、俺は見て見ぬふりをして、この場から脱出に全力を注いだ。

 時間が経過したせいか、動かすことのできなかった身体も、少しではあるが動かすことが出来るようになっていた。とは言え、まともに歩くことは出来ず、芋虫のように地べたを這いずって、俺はなんとかこの公園から脱出することに成功した。

 俺の背後からは、未だけたたましい魔王少女の笑い声が耳に届いていたが、それが聞こえなくなるまで、俺は全身擦り傷だらけになりながらも、這いずるのをやめはしなかった。

 

 一時間の時間を要したものの、なんとか事務所へと戻ることに成功した俺は、すぐさまボロボロ人った服を脱ぎ捨ててシャワー浴びた。

 そして、PTSDの患者のように何度も何度も歯磨きとうがいを続けるのだった……。

 

 


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