123 明王
空にあったはずの雲が全て消えさり、怖いくらいの青空から、数百ものの巨大な物体がゆっくりとゆっくりと降下を始めていた。
それが何なのか知りたくなかった。
俺の今までの経験と直感から、それが良くないものであろうことが安易に想像がついたからだ。
だが、知ろうが知らなかろうが、そいつは現実として俺たちのまえにすぐに現れるのだ。ならば、目を背けてもいられない。俺は天狗の遠眼鏡を使い、それが何なのであるかを確認する。
「レヴィアタン? いや、似ているが違う。レヴィアタンよりもどっちかと言えば天使よりか? いや、仏像?」
巨大な物体それらは全て人の形を成しており、レヴィアタンよりも二回りほど大きかった。
それらは神仏を形どったような姿をしており、悪意は微塵も感じることが出来ず、むしろ善の象徴のように思えた。だが、それ故に俺の心は恐怖していた。完全なる善など、不完全な存在である人間、しかも俺のように不完全すぎる人間からしてみれば、恐ろしいものであると言えるのだ。
何処か不完全であるがゆえに、愛することが出来る。劣るところを補おうとする姿に愛しさを感じることが出来る。
完璧な存在は、手の届かない遥か高みにだけ存在して、憧れるだけでよいのだ。それが目の前に実在してはいけないのだ。
だが、今それらは数百という膨大な数で俺の目の前に押し寄せようとしている。
それが恐怖でなくてなんと呼べばいいのだ。
そして、俺は何を真面目なことを言っているのだ!
ちょっとボケておかなければ……えっと……うんこ、うんこ!
「あぁぁぁぁ、結界が……。今まで何とか隠し続けてきたのに、神樹の存在がアレにバレてしまったぁ……。なんて事なのよぉ……あほぉ……」
金狐は膝から崩れおちると、奥歯を強く噛み締めていた。そして、あほぉーあほぉーと力ない声で連呼しながら、そのリズムに合わせるように爪先で地面の土をえぐり取っていた。きっとこれはとめどない悔しさを表現しているに違いない。
言葉から察するに、金狐はこの謎の数百の巨大物体の存在を知っているように思えた。そして、それらから神樹を隠すために、この大掛かりな結界は存在していたのだ。
そしていま、レヴィアタンと若様により決壊が破壊され、今の事態に陥ったと……なるほど。
さて、状況を理解したところで、俺が出来ることは何もなく、何時ものように事態を見守ることしか出来ないわけで……本当に俺ってばうんこである。
「おいおい、よくわからんが、アイツら何か悪者みたいな感じじゃないし、話せばわかるんじゃ?」
「何いってんのよ!」
俺は金狐に睨みつけられ大いにひるんだ。
「ねぇ、あなたは虫の話をちゃんと聞いたりする? 虫の話を理解できる? それと同じなのよ。奴らは奴らのルールでしか物事の判断をしないわ。つまりはそういうことなのよ」
俺は即座に理解した。
人間が動物や虫に自分のルールを当たり前のように押し付けるように、この謎の存在もまた同じなのだ。
そして、こいつらは俺達を『排除』すると言っているのだ。そう、まるで蟻の巣を潰すかのように……
「こうなれば、ここはレヴィアタンと若様に頑張ってもらうしか……」
さっきまでははた迷惑な存在でしか無かったレヴィアタンと若様&ルシファーだが、いまとなっては頼りになる最大戦力である。いかに、この数百の謎の巨大な物体と言えど、こいつらなら渡り合えるに違いない……まぁなんの根拠もないけれどな!!
【排除】
それは言葉ではなかった。耳に届いたものではなかった。数百の巨大な物体のどれから聞こえたものかもわからなかった。しかし、意味は理解できた。
「明王タイプ……。寄りにも寄って、完全な戦闘タイプじゃないの! もぉーあほぉー!」
金狐は手に掴んだ土を八つ当たり気味に俺に投げつけた。
「来る、くるくるくるくるくる! 来ちゃうわよ!」
金狐は俺の首根っこを子猫でも捕まえるかのように強引につまみ上げると、有無を言わさず大きく飛翔した。遊園地のどのアトラクションよりも強力なGを感じながら、俺の身体は空高く舞い上がっていく。
それと同時に、明王タイプと呼ばれた数百の存在が、神々しい光をこちらに向けてはなった。
間一髪。金狐が俺を捕まえて飛び上がってくれていなければ、俺はその光に巻き込まれてチリ一つ残さずに消え去っていただろう。事実、俺と金狐がいた場所は、大きなクレーターとなっていた。
そして、その攻撃の大部分は俺と金狐に向けてではなく、レヴィアタンと若様に向けられていたのだ。
「何だ! 何だ、この下郎めが!」
《きぃぃぃ、鬱陶しいですねぇ、もぉー!》
数百という強力な浄化の光? を若様は全て斬り払いで、レヴィアタンは防御シールドで、それぞれ防ぎ切ることに成功していた。
「やっちまえ! よくわからんが、やっちまえよ! あ、俺には当たらないように頼むぞ!」
俺は金狐に首根っこを掴まれたままの状態で、他力本願な声援を送る。
こうして、レヴィアタン&若様VS数百の明王タイプという新しい図式が展開されるのだった。