121 クンクン
「アチッ! アチチチチッ!」
若様の尻尾から発せられる尋常ならざる膨大な熱気は、燃え盛る炎として具現化し、金狐のフィールドに守られているはずの俺のお尻に火を付けた。
どうしてピンポイントに俺のお尻が燃えたのか? まさか、若様は怒りに逆上していても、俺の尻を狙うことは忘れていないとでも言うのだろうか……。あぁ、完全に俺の尻はロックオンされてしまっている。
俺は大慌てで尻をはたき火を沈下させる。どうやら少しズボンが焦げただけで尻に大したダメージはないようで、ほっと安堵の息をついた。
しかし、上空で行われている戦いは安堵できるものではなかった。
燃え盛る炎を背中に背負い、まるで不動明王のような出で立ちとなった若様は、ルシファーを一振りするごとに、レヴィアタンの装甲を防御シールドごと、まるでバターのように易易と削り取っていく。
《わ、私だって、主人様が中にいてくれたらぁ、主人様と、同化して完全体になっていればぁぁ、これくらい何でもないのにぃ!》
レヴィアタンは泣き言を叫びながらも、防御シールドを再度展開しつつ、若様の攻撃を既の所で防ぎ続けていた。って、俺と同化して完全体ってなんだよ! 取り敢えずその物騒な言葉はスルーしておくことにしておこう。
《どうして、私がこんなお尻にクマさんの青あざのあるお子ちゃまにこんなことされなきゃいけないのぉー》
カチッ
何かのスイッチがはいる音が何処からともなくした。
そう、レヴィアタンは一度ならず、二度めの地雷を踏んだのだ。それも特大級の……
レヴィアタンはのクマさん青あざの言葉に、若様の炎が天を衝き、雲を焦がすほどに大きく舞い上がった。
「だ・れ・が!! クマさん青あざだぁぁぁぁぁぁ! 馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ポンポンポンポンと若様の尻尾がすごい勢いで数を増やしていく。もはや若様の身体よりも、それを取り巻く尻尾たちのほうが遥かに大きかった。
「おいおいおいおい、これ完全にやばい感じなんじゃねぇのか?」
俺は金狐の身体の後ろ身を隠しつつ……少し漏らしていた。
金狐はそんな俺のことなどお構いなしに、必死に印のようなものを結び直しては、神樹を守るフィールドの強化に手が離せないようだった。
このままでは神樹すらも、若様の力で燃え落ちてしまう可能性が出てきてしまっている。これでは何のためにやってきたのかわからなくなる。
「なぁ、何とかして若様の暴走を止める方法は無いのか?」
俺は金狐の邪魔になるのをわかった上で、肩を強く揺すって問いかける。
「怒りのスーパーモードに突入した若様を止めるには……一度発散させてスッキリさせるしか……」
金狐の全神経は防御フィールドに向けられているようで、俺の方を振り向くこともなかった。
「なんだよ、一度出してスッキリとか。おちんちんじゃねぇんだよ!」
確かに力を出し切れば止まるのだろうが、その時にはここら周辺は全部焼け野原になっていることだろう。勿論、焼け野原の中には神樹と俺も含まれているわけだ。
絶望的な状況に俺が肩を落としかけた時、金狐は全く別のことでプルプルと肩を震わせていた。
「お、おちん……ち……いやぁぁぁぁぁぁっぁ!!」
金狐は地面にしゃがみ込んで、顔を手で覆い隠してしまう。これはきっと恥ずかしいアピールなのだろうが、元々覆面を付けているので全く意味はない。
「そ、そんな恥ずかしい言葉言ったら駄目なんだから!! あほ、あほ、あほ、あほぉー!」
覆面を付けていても、いま金狐の顔が真っ赤っ赤なのは安易に想像がついた。どうやら、金狐は銀恋と違い、エッチなワードに免疫がまるで無いようだ。
まぁ、そういう性格なには別にどうでもいいことなのだが、いま問題なのは防御フィールドを作っている金狐が照れたせいで、その力が弱まってしまったことである。
すでに俺の周囲の地面がメラメラと燃え上がりつつある。
――やばい、どうにかして金狐を落ち着かせなければ……。しかし、どうすれば……
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
金狐は重度のテレテレ病と覆面をしていることにより、呼吸困難へと陥ろうとしていた。それにともない、更に防御フィールドの力は弱まりつつあった。このままでは俺はともかく、神樹が燃えてしまう。
「取り敢えず、呼吸をもとに戻させなければ……」
俺のとった行動は、金狐の覆面を剥がして呼吸を楽にさせるというものだった。
俺は手早く、金狐の覆面に手をかけると、そのまま一気に剥がしにかかった。覆面を半分ほど剥がしかかった時、俺の足元が燃えその熱さに思わずバランスを崩してしまう。
その結果……
「何でこうなった……」
金狐の覆面を完全に剥ぎ取ったまでは良かったが、バランスを崩した俺は金狐を押し倒しただけでなく、馬乗りになって覆いかぶさってしまったのだ。
近い、すごく顔が近い。後少し近づけば鼻の頭が触れてしまいそうな距離に、俺と金狐の顔があった。
こんな時だと言うのに、俺はまじまじと金狐の顔を見つめてしまう。
改めて見ると、本当に綺麗な顔をしている。相変わらず片目には眼帯をしていたが、もう片方の目は名前の通りに大きく美しい金色の瞳をしていた。そしてこの熱気の中だと言うのに、とても良い香りがしていて、俺は思わず、クンクンと匂いを嗅いでしまう。
「え? え? えぇぇぇぇ!? なんで、わたし、押し倒されてるのぉ……。なんで、クンクンされちゃってるのぉ……。もうわけわかんない……いやぁぁぁぁぁ!!」
その刹那、俺の身体は金狐から発せられた気のようなもので大きく吹き飛ばされた。
「もぉぉぉぉぉ! なんなのよぉぉぉぉ!」
幸運にも逆ギレした金狐は今まで以上のパワーを発揮していた。そのパワーは防御フィールドにも影響を与え。今までにないほど強固なフィールドを形成することに成功していた。
「け、結果オッケーってやつかな……」
俺の腰がしこたま打ち付けられただけで、神樹を守るフィールドが復活したのなら安いものだ。
とは言え、状況が好転したわけではなかった。
俺と金狐がちちくり? あっている間にも、上空では完全にブチ切れた若様が、最大パワーの一撃を放とうとしていたのだった。