120 九尾を超えた存在
春芽吹く土の中から土筆が元気よく顔を出すように、若様の尻尾は『ポンポン』と、可愛らしい効果音を発しながら増え続け、気がつけば尻尾の数は既に九尾の狐の名前の通りに九本にまで増えていた。
「どういうことだこれ……」
いや、確かにもふもふ尻尾の生えた若様の可愛さが倍増しているのは間違いないのだが、それだけではなかった。尻尾の本数の増加に連動するように、確実に若様の剣撃の速度とパワーが増していたのだ。
レヴィアタンのマテリアライズした巨大な剣と、ルシファーの刃が激しくぶつかりあう度に、それは衝撃波となって、はた迷惑にも周囲のあらゆる物体を大きく揺らした。
この俺も、金狐のフィールドで守られていなければ、よろよろと体勢を崩して無様に四つんで這いつくばることになっていたに違いないだろう。
パワーはまだ互角だっに思えたが、速度は若様とルシファーが凌駕しつつあり、レヴィアタンを防戦一方にまで追いこもうとしていた。
このままパワーアップした若様がレヴィアタンを圧倒するかと思った時。
《攻撃するための腕が二本だといつから勘違いしていましたかぁー?》
いつの間にか、若様だけでなくレヴィアタンにも尻尾が生えていた!?
それは巨大な刺々しい一本の尻尾だった。が、それは数十に分裂し、それぞれが意思を持つかのように、独自に若様に向け攻撃を開始したのだ。
その尻尾は伸縮自在の四方八方からのオールレンジ攻撃となって、鋭く尖った尻尾の先を、若様の三百六十度全方位から猛烈な攻撃を仕掛ける。
いくら若様の速度が上がっていようとも、腕は二本しか無く、ルシファーも一本の刀? でしかない。故に防ぎ切るのにも限界というものがあった。
特に視界のきかない背後や、真下真上からの攻撃には、野生の直感のようなので何とか対応しようと試みているようだったが、避けきることは出来ずに、無残にも着物がみるみるうちに斬り刻まれていった。
《ふふふっふー。このままじっくりとなぶり殺しにして、全裸にひんむいてやりましょうかねぇ〜。きゃー、はずしぃ〜》
情け容赦無く無数の尻尾による攻撃の手を休めること無く、陰険極まりない発言をするレヴィアタンは、まさに悪魔と呼ぶべき存在に思えた。
――こいつ攻撃方法といい本当にデビルガン○ムみたいになってきやがったな……。確かにこいつ自己修復するし……まさか自己進化もするんじゃねぇだろうな……
と、俺のメタい思考などは置いておくとして、次第に若様は肌色な部分を晒し始めていた。
着物の背中の部分は大きく削り取られ、きれいな背中が御開帳されていた。さらに、袴の部分もビリビリに破かれ、女子と見紛うようなきれいなおみ足が顔を出していた。
真正面からの攻撃は何とか防ぎきっているので、おっぱいが顔を出したりはしていなかったが、このままでは真下からの攻撃で、下半身が丸出しになってしまう可能性が出てきている。
つまりは……若様の小さな若様が顔を出す事に!!
ゴクリ、俺はつばを飲み込んだ。
正直興味が全く無いと言ったら嘘になる。いやいや、俺にそういう性癖はない、ないはずなのだが……興味はある。
俺は期待に胸を膨らませ……いやいや、若様の身を案じてどうすべきかと思考を回転させていた。
が、俺の横にいる金狐はそうではなかった。
「知っているか? 九尾の狐の尻尾とは、強大な力の現れなのだ!」
金狐は唐突に語りだしていた。腕組みをして顎をキュッと引き、凛々しい瞳で語るその姿は、きっとこのコスプレのキャラクターを意識してのことだろう。
「そして、若様は……九尾の狐を超える力を有している! そう……見るのだ!」
金狐は若様のお尻を指出した。
そこには九本の尻尾が……あれ、あれれれれ!?
「十本!? 十本尻尾があるぞ!」
俺は自分の目を疑った。それと同時に、この超優秀アイテムである天狗の遠眼鏡も疑った。
俺は天狗の遠眼鏡のレンズをキュッキュッとこすって綺麗にしてまた見てみるが、今度はなんと尻尾が十一本になっているではないか!
「ど、どういうことなんだ……」
「若様は九尾の狐を超えしもの! そして、その力は尻尾の数に比例する! 見よ神々しきその姿を!!」
若様の尻尾がまばゆいばかりの黄金の輝きを放ちだしていた。尻尾の形は円形になり、まるで若様の背後に後光が差しているように見えた。
「これぞ、若様のハイパーモード!」
【てぃりっりっぃぃぃぃ、ていぃりっりぃていぃりりりりりぃぃ、てぃりりりぃりりりりぃぃぃ♪】
ルシファーが場が盛り上がるようなBGMを口ずさみだす。セルフBGMを入れるおちん○ん……もとい魔剣とは斬新である。
「斬!」
若様は横一文字にルシファーを振るうと、その黄金色の力は全周囲に向けて放出された。そう、全てのレヴィアタンの尻尾をただ一度の斬撃で全て粉砕してみせたのだ。
「流れが変わりやがった……」
俺はさっきとはまるで違う意味合いで、ゴクリとつばを飲み込んだ。
気がつくと、すでに若様の尻尾の数は二十本にまで増えており、尻尾の数で力が増えるとするならば、すでに九本の時の倍以上というわけである。
《きぃぃぃぃぃ! その程度で、この魔王器レヴィアタンがどうこうなるとでも、思ってるんですかぁぁ! 甘い、甘いですよ! 砂糖菓子に練乳ぶっかけて、その上に蜂蜜垂らしたよりも、甘いですからねぇ!》
ゆっくりではあるが再生を始めだした尻尾をつかむながら、レヴィアタンはヒステリックな声を上げる。
「ふん、我に叶わぬと見て、悪態に逃げるとは情けないやつだ」
レヴィアタンと正反対に若様はクールに決めていた。
《何かっこつけているんですかぁ! お尻がまだ青いくせにぃ!》
「え……」
若様の動きが固まる。
俺の視線は自然と若様のお尻に向かう。そして俺は発見してしまった。若様のお尻に、くまさんの顔に似た大きな青いあざがあるのを……。正直可愛かった。高感度アップだった。
が、若様にとってそれは屈辱以外の何物でもなかった。
先程のクールな若様は何処に言ってしまったのか? みるみるうちに、若様の顔は真っ赤になり、それどころか全身すらも真っ赤になった。そう、尻尾の先まで真っ赤っ赤である。
「ぼ、僕のお尻はぁぁぁぁ! 青くなんかないもんンンンンンン!!」
若様の涙声の絶叫は、俺の鼓膜を破りそうになる。
それと同時に、尻尾が炎を上げ烈火の如く燃えだしていた。
「や、やめるんだ、若様! 怒りのハイパーモードを使ってはいかん! 明鏡止水の心を持つのだぁぁぁ!」
金狐の制止の声は、怒りに支配された若様の耳には届く事はなく。既に火車の如く燃え上がる尻尾の数は三十にまで増えていたのだった。