118 真暗黒烈風斬
生まれたての子鹿のように、俺の足はガクガクブルブル震えていた。
勿論軽く漏らしてもいた。
怖かった。今までにないほどに恐ろしかった。
二メートル近いおちんちんに『殺すぞ!』と脅迫された男は、多分世の中で俺くらいなものだろう。それ故に誰からも共感を得られないかも知れないが、本当に、本当に、本当にぃぃぃぃ怖かった。
もはや、こいつが魔王器ルシファーであることよりも、巨大な喋るおちんちんであることのほうが恐ろしかった。それならば、こいつはおちんちんではなく、魔王器ルシファーだということにしておいたほうが、まだマシなのではないか? そういう結論に至ったのだ。
決して、命が惜しくて嘘をついたわけではない! ということにしておこう。
「そうだよな! こいつは我の魔王器ルシファー! 全てを切り裂く漆黒の魔剣だもんな!」
若様は満足そうに魔王器ルシファーを強く握りしめ天空に高々と掲げる。強く握った瞬間に魔王ルシファーが【あふぅぅぅぅん】と悩ましげな声を上げたことは、聞かなかったことにしておく。
「ふっふっふっ、それではあのポンコツロボを完膚なきまでに斬り刻んできてやる! 待っていろよ、我の嫁!」
若様は俺に向かって不器用なウィンクを決めた。それは男の子だとしても正直愛らしく、俺は少し鼻の下を伸ばしてしまう。
「あ、あとこれをやるぞ! 天狗の遠眼鏡だ! これがあれば、遠くで戦っていても我の勇姿がよく見えるぞ!」
若様が俺に渡してくれたのは、一見ごくごく普通の黒縁メガネだった。しかしよく見るとフレームに『TENGU』と何故かローマ字で刻まれていた。
俺はその眼鏡をかけてみる。確かに、凄く遠くのものがクックリはっきりよく見える。見えるどころから、遠くの場所の音すらも聞くことが出来る。これは天狗の妖力のせいなのだろうか。兎に角、なかなかのすぐれものだ。
と、俺が天狗の遠眼鏡に感心していると、魔王ルシファーの柄の部分がまるでゴムのように伸びては、俺の耳元へとやってきた。俺はとっさに逃げようとしたが、ゴムのように伸びた柄は俺の首に絡みつき動きを封じられてしまう。
【守っちよぉぉぉぉ、お前のおかげでおいらはぁぁぁっぁ、若ちゃまにきらわれずにすんだぜぇぇっぇえい。感謝感激でぇぇぇ、金玉袋もぉぉぉぉこぉぉぉんなぁぁあに、伸びちまったぜぇぇぇぇい! もしよかったらぁぁぁぁ、お前もおいらのぉぉぉ刃でぇぇぇぇオールナイトプレイィィしてやっても良いんだぜぇぇぇっイェイェYey!!】
それだけ言うと、首に巻き付いていた柄は、通常の状態へと戻っていった。
――ちょっと待て……ちょっと待てよ! 今あいつ、トンデモナイことを言わなかったか? 金玉袋も伸びちまった? まさか、あの柄に見える部分はき、金玉袋!? とするならば、俺は今、金玉袋に首を絡め取られていたことに……
俺があまりの気持ち悪さに嘔吐している間に、若様と魔王ルシファーは、魔王器レヴィアタンとの決着を付けるべく、天高く舞い上がっていったのだった。
巨大なおちんちんに脅迫され、さらには金玉袋に首を絞められる。これに比べれば、中学生男子にレイプされかけたことすら、美しい思い出に思えてくるから不思議である。
そうこうしていうちに、上空では第二ラウンド開始のゴングが鳴らされようとしていた。
「くーっくっくっくっ、こいつはオチンピーではなく、魔王器ルシファーであるということを、守が断言してくれたぞ!」
【おいらぁぁぁぁぁ、魔王器るしふぁぁぁぁぁぁぁっぁ! 悪いおちんぴぃぃぃじゃないよぉぉぉぉぉぉぉ!!】
いきり立って反り返る魔王ルシファーを握りしめながら、胸を張って大威張りでVサインをする若様だった。
《うぐぐぐぐぐぅ、主人様が、そう言うのなら仕方がないですねぇ。あなたを魔王器だと認めてあげますん! 認めた上で完膚なきまでに破壊しちゃいますよぉぉ!》
カーン!
何処からともなくバトル開始のゴングが鳴った。
第二ラウンド、先手を取ったのは若様と魔王器ルシファーだった。
「暗黒烈風斬!!」
ただの上段からの斬り下ろし。だが、その刃は巨大なカマイタチとなってレヴィアタンに襲いかかる。
確かに『烈風斬』と呼ぶに相応しい技だったが、何処らへんが『暗黒』なのかは謎だった。まぁ中二病というものは何かにつけて、闇が好きなのだから仕方ないのかも知れない。
《そんなものがこの私に通用するとでも?》
レヴィアタンは回避することもなく真正面からその技を受けて立つ。
巨大なカマイタチはレヴィアタンを切り裂くどころか、身体に触れることもなく消滅した。勿論レヴィアタンは無傷である。
《私のシールドを舐めないでくださいねぇ! こんなの私の玉の肌に触れることも出来ませんよぉ》
その言葉を聞いた若様は、ニヤリと笑った。
「まさか、我の技がそれだけのものだと思っているのか? 今のは小手調べだ。次に放つものこそが、真の暗黒烈風斬だ! 行くぞ、ルシファー!」
【おうぉぉぉぉ! 若ちゃまぁぁっぁあ!!】
ルシファーに極太の青筋が浮かび上がる。
若様が今までにないほどに強くルシファーを握る。そして、その刀身を顔の近くにゆっくりと持ってくると、口を開き舌を出し……なんと……なんとぉぉぉ、刀身をペロペロペロと舐めたではないか!
ひと舐めする毎に、ルシファーは巨大になっていく。遂には若様の身長の数倍の大きさへと至っていた。
それは刀というにはあまりにも大きすぎた
大きく
分厚く
重く
そしてビクンビクンしていた
それはまさにオチンピーだった。
【きたきたぁぁぁぁ、たぎってきたぁぁぁぁぁぁぁ!!】
「喰らえ! 真暗黒烈風斬!」
もはや刀と呼ぶのもおこがましいそれは、唸りを上げて数百もの巨大なカマイタチを巻き起こしレヴィアタンに向け放たれた。そしてそのカマイタチは何故か白い色をしていた。暗黒なのに白とはこれ如何に?
《いくら大きくなって数を増やしたところで、私のシールドを切り裂くことなんて出来……え? なんにも見えない!?》
レヴィアタンは視界を失っていた。
そう、無数の純白カマイタチは、シールドに触れた瞬間にペンキのようにレヴィアタンの周囲を覆ったのだ。いまやレヴィアタンは白い繭に包まれたような状態になっていた。
「なるほど、相手の視界を塞いで真っ暗にするから暗黒か……。良く出来てるな……」
俺は若様のネーキングセンスに感心した。
《何なのこれぇぇぇ、私の視覚情報が全部遮断されちゃってるぅぅ。それより何より、何なのこの臭いっ!? くさっ、クサクサクサッ臭いですぅゥゥ!!》
ん? あの技には視界を奪う以外にも、相手の嗅覚を破壊する力もあるのか? 五感のうちの二つを奪うとは恐ろしい技だ。と、ここまで思ってから、俺はあることに気がついてしまった。もしかして。あの視界を奪った白いアレは……まさか、まさかですが、魔王器ルシファーの……せ……い……し……!? 俺は何も気が付かなかった。いやぁ、すごい技だなぁカッコイイなぁ! そういうことにしておこう。それがきっと世界の平和につながる。
「どうだ! 我が真暗黒烈風斬の力は!」
若様はどやぁと決めポーズをとっていた。心なしかルシファーをは少し小さくなっていた。きっと技を使ってパワーが落ちたに違いない。そういうことにしておこう。
こうして第二ラウンドは、若様の優勢で幕を開けたのだった。