117 魔王器ルシファー
若様は大太刀を頭上で一回転させてから、血飛沫を払うように力強く袈裟斬りで振り下ろし斜に構えてみせた。これはカッコイイポーズとして何度も練習したものに違いない。何故ならば、若様の『どやぁ!』と言う満足そうな顔が如実に表していた。
「どうだ! 我は凄いだろ? 守も惚れ直したろ?」
若様のまだ声変わりのしていないよく通るボーイソプラの声が、俺の耳に響き渡った。
たしかに凄い。凄いと言うか……魔王器!? 魔王器ルシファーとか言いやがったよな‼
これは若様の中二病がそれ風な名前を勝手に刀につけただけなのか、それとも本当に、あの糞ウザレヴィアタンと同じ魔王器なのか? そう言えば、レヴィアタンの奴は『七大魔王器』とか言ってやがったな。とすれば、あと六個あるってことで……。まさか、これがそのうちの一つ!? もしそうだとするならば、レヴィアタンと知り合い? だったりするのだろうか。
しかし、当のレヴィアタンは若様の魔王器発言など完全に無視して、自分の攻撃が失敗したことに苛ついていた。
《チッ、名乗り台詞のすきを突いた見事な攻撃だと思ったのにぃー。ちんちくりんのくせに生意気ですぅー‼ とか言いながら、連続レヴィアタンビーム!》
卑怯。それ以外の言葉が見当たらないほどに、レヴィアタンは卑怯なタイミングでビームを放った。それも息もつかせぬほどの連続発射だ。
「無意味なり!」
至近距離からの連続ビーム。それに対処するにはどう考えても反射速度が間に合わない。何せコンマ数秒で着弾するビームが無数に降り掛かってくるのだから、避ける手立てなどありえない。それなのに若様は避けるどころか、ビーム一つ一つを全て真っ二つに切り裂いていったのだ。真面目に考えるならば、若様の手の動きは光速に近いレベルに達してしまっていることになるわけなのだが……。そうなると、相対性理論云々かんぬんが……って、もうやめよう。真面目に考えるのはやめよう。きっと、それが正解である。
《何でですかーっ! どうしてビームが斬られちゃうのー! おかしいですぅぅぅ! 非科学的ですぅゥゥ‼》
レヴィアタンは地面が陥没するほど激しく地団駄を踏んだ。と言うか、非科学の塊のようなお前が言うんじゃねぇよ!
若様は目にも留まらぬ光速の剣技で、全てのビームを斬り払い終えてもなお息一つ乱れてはいなかった。そして表情は『どやぁ!』のままで、今までの中でも最高にイキイキとした表情を見せていた。きっと、巨大ロボと戦うというのは、若様にとって中二心を刺激する最高のシチュエーションに違いない。
若様は首を軽く振り、後ろで結ばれた黒髪をなびかせて、キリッとした目つきでレヴィアタンを睨む。
「最初に言っただろ。我とルシファーに断てぬものなし! ってな」
【そうだぜぇぇぇい、おいらとぉぉ、愛しの若ちゃまにぃぃぃ、斬れないものなどぉぉぉ、ありはしないんだぜぇぇぇぇいぇいぇいぇい】
若様の声とは別に、まるで若本○夫のような聞き慣れない声が聞こえた。これは若様から発せられているように見えたが、明らかに声が違っている。ここまで声と喋り方が違うと、モノマネで出せるレベルを大きく超えている。ならば、この声は誰が出しているのか!?
その疑問は声の本人がすぐに答えてくれた。
【おいらはぁぁぁ、おまえっちのようなぁぁっぁ、クソポンコツ魔王器とはぁぁぁっぁ、ちがうんだぜぇぇっぇぇい! 何せおいらはぁぁぁ、最強の魔王器るしふぁぁぁぁぁっ様だからなぁぁぁぁぁ‼】
そう、喋っていたのは刀そのもの、つまりは魔王器ルシファーだったのだ。
《はぁ? 誰がポンコツ魔王器ですってぇ! って、その黒くてばっちい刀が魔王器? 嘘はやめてくださいぃー! 魔王器っていうのはぁ、私みたいにプリティかつエレガントなのを言うんですぅー!》
レヴィアタンは腰をくねらせ、頭の後ろに手をやり、グラビアアイドルがよくやるようなポーズをとってみせた。全長二十八メートルが取るポーズからはプリティさやエレガントさは微塵も感じられず、異様なまでの威圧感と迫力のみ醸し出していた。
しかし、会話から察するに二つの魔王器はお互いの存在を知らないようだった。
【きさまこそぉぉぉぉ、わかってないないなぁぁぁぁっぁぁ。魔王器っていうのはぁぁぁぁ、こう黒くてぇぇぇぇ、固くてぇぇぇぇぇぇ、ぶっとくてぇぇぇぇぇ、長いやつの事を言うんだぜぇいぇいぇイェイYey‼】
魔王器ルシファーは言葉通りに、黒くて固くて太かった。そして、遠目にも心なしか刀身に青筋が浮かんでいるように見えなくもなかったし、先端部分が何かベトベトしているようにも見えた。あれ、これってもしかして、刀にみせかけたアレなんじゃ…‥。と、俺は嫌な想像をしてしまいそうになったが、胸の内に収めることにした。
「ふふふふ、我が持つルシファーは無敵なり!」
若様が強くルシファーを握り直す。すると、それに反応するようにルシファーは刀身を巨大化させた。
【若ちゃまぁぁぁっぁ、もっとぉぉぉぉぉ、もっと強く握ってぇぇぇぇぇぇ。おいらをぉぉぉぉ、しごきあげてくれぇぇぇぇぇイェイェYey‼】
あかん、もう完全に俺の目には魔王器ルシファーがアレにしか思えなくなってきてしまった。すると、若様は巨大なアレを握りしめていることになるわけで……。あれ、これ完全にアウトなやつじゃね? 魔王器というか男性器じゃね? もはやこの魔王器ルシファーが最強とかどうとかよりも、別のことが気になって仕方がなかった。
しかし、若様はその事に気がついているのだろうか? いや、きっと偏った性知識しか持たない若様のことだ、『凄くカッコイイ刀だぁ!』としか理解していないに違いない。
――この事は若様には言わないでおこう……。きっとショックで寝込んでしまうに違いない……
そんな俺の心の声を完全に無視したやつが居た。
空気を読まないこととウザさに定評のある魔王器レヴィアタンである。
《何ですか! あなたまるで完全にオチンピーじゃないですかぁぁ! 魔王器じゃなくてぇ、男性器の間違いじゃないんですかぁー! あぁ、そいつにパンツ履かせてくださいよぉー!》
そして、その言葉を聞いて、若様が一瞬『え?』と言う表情を見せたつつ、ルシファーを凝視した。見つめられたルシファーは刀身をほんのり赤く染め更に巨大化させた。最初一メートルを超えるほどだった刀身は、すでに若様の身長を超え二メートル近くにまでなっていた。
「な、何を言っているんだ! この漆黒の刃は、闇の世界の魔剣だぞ! 魔王たる我が持つ魔王器ルシファーだぞ! それをオチンピーだとか……。オチンピー……じゃないよね?」
若様が確認するように至近距離まで顔を近づけた。その時にどうやら鼻息と吐息が吹きかけられたようで、さらに刀身は巨大化した。
「……ちょっとタイム!」
若様はタイム宣言をすると、空中から俺のもとへ通りてきた。
「ねぇ、守……。これって……オチンピーじゃないよね? 違うよね? 漆黒の魔剣、魔王器ルシファーだよね?」
若様は俺の目の前に刀を突き出して、よく観察するように進めてきた。
俺は思わず顔を背けそうになったが、若様のあまりにも健気な表情にほだされ仕方なく小さく頷いた。
嫌々ながら俺は男性器ルシファーいや、魔王器ルシファーに顔を近づける。するとツーンとしたイカ臭い匂いが漂ってくるではないか……。これは確実に……。い、いやいや、もしかするとつい最近イカを斬ったのかも知れない。そして、俺が見つめるたびに刀身はみるみるうちに縮んでいった。
【おいおぃぃぃぃ、おまえはぁぁっぁぁあ、タイプじゃねぇぇんだよぉぉぉぉ!! おれっちが大好きなのはぁぁぁぁ、小さい男の子なんだからぁっぁぁぁ】
同じ口調でありながら、俺にだけ聞こえるような小さい声で魔王器ルシファーは囁いた。どうやらこいつは、ショタコンらしい……。いや、そんな情報は知りたくもなかった。
「若様……やっぱこれ……ちんち」
とまで言いかけたところで、魔王器ルシファーが泣き出してしまった。
【頼むよぉぉぉぉ、お願いだからぁぁァっぁ、それだけは言わないでくれぇぇぇっ。若ちゃまと離れたくないんだよぉぅぅぅ……。というかぁ、言った瞬間、お前をぶっ殺すぅぅぅぅ】
勿論これは若様に聞こえないような囁きだった。囁きにもかかわらず最後の『ぶっ殺す』には異常なまでの迫力が込められていた。そう、こいつは間違いなく、正体をばらした瞬間に俺を殺すだろう。となれば、俺が答えることは決まっている。
「若様! どこからどうみても、オチンピーなんかじゃなくて、漆黒の魔剣、魔王器ルシファーで間違いないですよ!」
俺は死にたくなかったのだ。