115 封印解除の呪文
レヴィアタンの不敵な笑い声が、俺の心の不安を一気に駆り立てる。この耳の穴から身体の中をいじくりまわされるような不快感溢れる声……。これは確実に俺がヤバイことになるパターンで間違いないと、今までの経験が警告してくれている。
――しまった、軽々しく『何でも』なんてことを言うんじゃなかった……
と、気がつくのはいつも言ってしまったあとである。悲しいかな人間とは間違いを犯す動物であり、俺はその中でも特に間違いを犯す動物なのだ。出来ることならばタイムマシンで過去に戻って発言を取り消したいが、そもそもタイムマシンがあるならばもっと昔に戻って根本的なところからやり直したい。
お気づきだろうか? 『タイムマシンがあればなぁ〜』などと考えだした人間は、基本的にその時点で妄想に逃げるクズ野郎である。とは言え、せめて脳内にくらい逃げ場があってもいいじゃないか! もう俺はいっぱいいっぱいなんだよ! そもそも、巨獣ってなんだよ! 九尾の狐ってなんだよ! 何で、俺が中学生くらいの男の子にパンツを脱がされかけて襲われなきゃいけないんだよ! あぁ、もう全部投げ出してしまって、家に帰ってソファーに寝転がりすべてを忘れて、意味もなくTVを見てグチグチ文句なんかを言っていたい。
「そうだ! お家に帰ろう!」
俺が現実逃避を決め込みシートから立ち上がろうとした時、マニュピレーターが一枚の紙切れを目の間絵に突きつけてきた。
「なんだこりゃ?」
俺は反射的にその紙を手に取る。
《あいつを周りに被害を与えずにやっけるには、その紙に書かれている文面を読み上げて、私の能力の封印を解除してくれないと駄目なんですよー》
「え? そんなことでいいのか?」
俺は拍子抜けした。このレヴィアタンの事だから、俺のケツの穴にマニュピレーターを二、三本挿入するくらいのことは要求してくるかと思っていたからだ。
「しかし、紙に書いた文字とかえらいアナクロだな……」
《こういうのはデジタルだと味気ないんですよぉー》
巨大ロボがどの面下げてそんな事を言うのか! そもそもモニターがあるんだから、そこに表示すればいい。と、突っ込んでやりたかったが、俺はその紙に書かれている文面を読んで戦慄を覚えた。
「お、おい……。マジでこれを俺が読まないと、お前の能力の封印が解けないのか……?」
《はい! マジもマジ、大マジですん!》
こいつ、本気で言っているのか……。俺は何度と無く文面に目を通し直すのだが、底に書かれているのはたちの悪い冗談としか言いようのない代物だった。
《さぁ、急がないとぉー! 被害が広がっていきますよぉぉぉ! 早くゥゥゥゥゥゥ!》
二本のマニュピレーターが俺の両肩を激しく揺すっては急かし始める。
確かに、こんな事を言っている間にも、レヴィアタンは激しい攻撃を受け続けている。まぁそれはどうでもいい。それよりも、その余波で神樹や若様、レックスに被害が行くことが問題なのである。
「これを……読むだけでいいんだな? それ以上のことは要求しないよな?」
俺は念を押すように言った。
《はい! 魔王器は嘘を申しませーん‼ あ、大きな声で読み上げてくださいね?》
その言葉自体が絶対に嘘だと思ったが、今はそれを信じるしか他になかった。
「わかった! 読んでやろうじゃないか! てか、本当にこれでお前の能力の封印とやらが解けるんだろうな?」
《解けます! 解けます! トロットロに解けちゃいますん‼》
これほどまでに信頼性のない言葉があっただろうか? しかし、今は四の五の言っていられない。
「よし……。よ、読むぞ!」
俺は腹をくくった。まるで表彰状を読む校長先生のように、紙切れを目の前に掲げる。
《外部スピーカーオン》
レヴィアタンが何か小声で言ったような気がしたが、今は気にしている場合ではない。
「え〜……こほん。魔王器レヴィアタン! いいえ、あーたん! 俺、大宇宙守は、あーたんのことが大、大、大好きです! 愛しています! いや、愛などという言葉だけでは俺の気持ちは表現しきれません! もう激しく身体を求めあいたいです‼ チュキチュキチュキチュキ大チュキチュキ‼ 激しくそそり立ったアレをアレして俺を天国に昇天させてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 封印解除」
俺はこの頭のおかしいやつが書いたとしか思えない文章を一気に読み上げた。途中で立ち止まってしまっては、常人の精神しか持ち合わせない俺に、最後まで読み切る気力など無かったからだ。そして、俺は己の怒りをぶつけるかのように、その紙切れを思いっきり床に叩きつけた。
多分これは、俺が生まれてから今までで読み上げた文章の中で一番頭のおかしいもので間違いないだろう。もし、これが本当に封印を解除するパスワードだとしたならば、考えた奴は間違いなくキチ○イである!!
《はぁい‼ 封印解除されましたーっ! 本当に解除されましたー! 嘘じゃないですよー?》
レヴィアタンの両目が光る。それだけではなく、レヴィアタンの両腕にもおびただしいまでの光が集中していた。
《空間湾曲》
レヴィアタンが両腕を左右に広げると、その光が解き放たれる。その向かう先は周囲三百六十度を包囲していた八匹の巨獣全てであった。巨獣はそのエネルギーフィールドに包まれと、身動き一つ取れずに宙に浮きあがっていく。
《次元圧縮》
大きなドーナツ状で宙を舞っていた八匹の巨獣は一箇所に集められ大きな球体になった。その身体は狭い空間に密封され、どろどろに混ざり合いながら溶け出しかけていた。
《消滅》
目を閉じていても、瞼を貫くような強烈な光が放たれた。俺が目を開いた時、宙空にいた巨獣の姿はなくきれいな青空が広がるだけだった。
《はぁい、お掃除完了。あのキモいのは一欠片残さずに消滅させちゃいましたー。褒めてくれてもいいですよー?》
レヴィアタンはガッツポーズをする。コクピットの中でも二本のマニュピレーターでガッツポーズをしてみせる。
これで全ては解決。巨獣を倒したわけだから試練もクリアできたわけで、神樹を手に入れてお家に帰るだけである。後は、このクソウザい魔王器レヴィアタンをどうにかすることが出来れば……。まぁ、こいつは藤宮花火を怖がっているわけだから、家に帰って花火をけしかければなんとかなるだろう。俺はこの戦いの功労者であるレヴィアタンをねぎらうどころか、なきものにしようと目論んでいた。
だが、この少しあとに俺は気が付かされることになる。コイツのほうが悪知恵は勝っていたという事に……
俺は若様とレックスの無事を確認しようと、モニターに目を走らせる。一つのモニターに狂乱するかのように叫び続けている若様の姿が映し出されていた。
「ん? どうしたんだ若様? おい、レヴィアタン、コクピットを開けてくれよ。若様と話がしたいんだ」
《はいはい、了解でーす。うふふふふ》
おかしい。コイツがこんなにも簡単に言うことを聞くはずがない。もしかすると、あの頭のおかしい呪文は封印を解くだけでなく、物分りを良くする効果もあったのだろうか?
俺は不思議に思いつつも、開いたコクピットから半身を乗り出す。すると、そこには泣きながら怒りを顕にしている若様が空中を浮遊していた。
「何だ何だ、そんな顔をして、どっか怪我でもしたのか?」
そう問いかけてみるも、一見何処にも外傷は見当たらなかった。
「き、貴様! わ、我と言うものがありながら……。あーたんとやらと、ラブラブに……しかも身体を求め会う関係だなんて……‼ 許さない! 絶対に許さないんだからな!!」
「え?」
若様の怒りが何処からともなく雷鳴を呼んでいた。俺は意味がわからなかった。が、少し前のシーンを思い返してみる。確か、レヴィアタンは……《外部スピーカーオン》とか言ってなかっただろうか? え? え? えぇぇぇぇ!? すると、あのクソ恥ずかしい封印解除の呪文は、外部スピーカーを通じて外に!? それを聞いた若様が……大激怒!? そういう事なのか‼
俺は全てを理解した。
そう、そもそも封印など無く、レヴィアタンはあの言葉を大音響で周りに流したかっただけだったのだ。
《ニヤリ。作戦成功‼》
レヴィアタンは大きな腕をこちらに向けて、ピースサインをしてみせた。
《このお子ちゃまが、私の主人様にちょっかいかけようとしているのは乙女の直感で気がついていましたっ! だから、この作戦を思いついたんですぅ〜。ふふ〜ん、お子ちゃまはお家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってなさい〜。おしりぺんぺ〜ん!》
レヴィアタンは本当にお尻ペンペンの動きをした。おかげで俺はコクピットからずり落ちてしまう。哀れ地面に激突して俺は命を……と思った刹那。俺の身体はなにか柔らかいものに抱きかかえられていた。
「わ、若様!?」
落下する俺を若様が抱きしめていた。あまりにギュッと力強く抱きしめるせいで、俺の顔は若様の胸に押し付けられてしまう。
《あぁぁぁぁ! 私の主人様になんてことをぉぉぉぉ‼》
今までに聞いたことのないレヴィアタンの悲鳴のような声だった。
「ふふふん! こいつと僕はチューまでしたんだぞ! それどころか……ち、乳首も触られてるんだ……。こいつは、大宇宙守は僕の嫁だ‼」
若様は俺の顔を強引に自分の顔の方に向けさせると、そのまま有無を言わさずに唇を奪ってきた。そして、俺の意思などと関係なく唇を強引にこじ開けると、舌先を口内へと侵入させ、蹂躙するかのように舌を絡めレロレロレロレロと……
俺は何が起こっているのか理解できなかった。ただ口の中は気持ちよかった。中学生、それも中学一年生くらいの男子にべろちゅーされて気持ちよくなるアラサー男子……。それは世間一般的に許される存在なのだろうか?
いや、今はそんな事を言っている場合ではない。
《ゆ、許しませんよぉぉぉ! 私をこんなにコケにしたお馬鹿さんは初めてですゥゥゥゥ‼》
レヴィアタンは激昂した。
こうして、俺というお姫様をかけて、二人の王子……いやさ魔王が戦うことになるのである。