114 レヴィアタンビーム
《いぇっさー! 私のカッコイイところちゃんと見ておいてくださいねー》
一体どこのカメラが撮影しているのかわからないが、複数のモニターには、まるでプロモーション映像のように、様々な角度から見たレヴィアタンの姿が映し出されていた。それもこれも自分のカッコイイところを見てもらいたいが為だけのものであり、普通に操縦するのには無意味なものでしか無い。
しかし、俺はこいつを操縦などしないので、そこらへんはどうでもいい事だった。まぁ、それ以前に俺はそもそも操縦の仕方を知らない。さらには操縦するも何もこいつはロボットですら無い。極めつけには、もし命令を出したところで、聞くか聞かないかはこいつの気分次第という有様だ。
つまり俺はいつも観客ように、ただ椅子にチョコンと座ってモニターを見るだけしかやっていないわけだ。まぁ、そこらへんは楽ちんなので、むしろ良しとしよう。安楽椅子探偵と言う言葉があるが、安楽椅子ロボットバトルというのは、新しいジャンルかも知れない。
俺はリクライニングの効いたシートに体重を任せると、マッサージ機能をオンにして肩をほぐしつつ正面のモニターを見た。
「たしかにキモいなコイツ……」
そこには真正面から無数の体毛をドリルのようにうねらせ、今まさにこちらの身体を貫かんとする巨獣の姿が映し出されていた。正直コクピットの外で間近に見たならばおしっこ漏らすこと請け合いの迫力である。
そして別のモニターには、何故かレヴィアタンが頭部のドアップが写し出されていた。心なしか頭部の口に当たる部分に、口紅のようなものが塗られているように見えたが、気の所為という事にしてこう。
《そんじゃ行きますよぉ! よぉ〜く見ていてくださいねぇ〜》
レヴィアタンの頭部を映し出しておいたモニターの映像が拡大される。目の部分に光の粒子のようなものが集まっているのが見えた。
《レヴィアタンビィィィィィィィムゥゥゥゥ‼》
そう叫びながら、レヴィアタンは可憐? にウィンクを決める。しかし、それはただのウィンクなどではない。目に集められた光の粒子を収束&加速させ、膨大なエネルギーの矢として巨獣に向けて放つためのものだったのだ。周囲の大気を蒸発させ直進する光の矢は、巨獣の体毛すらも触れた瞬間に消滅させ、さらにはその本体である巨獣の身体をも、上半身と下半身に分断してみせたのだった。
地響きを上げ周りの木々をなぎ倒し、巨獣の上半身が地面に崩れ落ちた。その数秒後には直立していた下半身もバランスを崩すように倒れていく。
《どうです〜? かっこよかったでしょぉぉ?》
触手状のマニュピレータが、ピースサインを決めているレヴィアタンが写し出されているモニターを、ツンツンと突いてアピールしていた。
カッコイイかどうかはさておき、相も変わらずこいつがトンデモナイことだけは再認識することが出来た。今更ながら、俺は安易にこのコクピットに乗り込んでしまったことを激しく後悔した。
「ああ、ああ、かっこよかった! それはもうすげぇカッコよかった。だから俺をここから降ろしてくれ。そしてお前は時空の彼方にまた戻ってくれ‼」
台詞の後半は懇願だった。助けてもらっておいて酷い事を言うと思うかも知れないが、こいつはこの世界に居て良い存在じゃない。出来ることならば、異空間とやらに永遠に引きこもっていてもらいたい。
今すぐにでも花火のやつを呼んできて、一喝してもらいたいところだが、それは無理というものだった。
《またまたー。私が居なくなったら主人様は寂しがるくせにぃ〜。私知ってますよ〜、これってツンデレってやつでしょ?》
否定的なことを言っただけで、ツンデレというカテゴリーに一纏めにするのは辞めてもらいたいと心の底から思った。
《それに私、今の状況をさっぱり知らないんですけど〜。ここは何処で、主人様は何してるんです〜?》
と、レヴィアタンに言われて、今更ながら俺以外のやつがどうなっているか、さっぱりすっぱり頭の中から忘却していたことを思い出した。
「そ、そうだ! 若様とレックスはどうなったんだ?! まさか、今のビームに巻き込まれたりとかは……」
モニターには無残にも一面焼け野原と化した森林が映し出されていた。それは自然を愛する人が目にしたならば、泣き崩れてしまうほどの光景だった。
「レヴィアタン! 俺以外のやつがどうなったかわかるか? モニターに映してくれないか?」
《シーン》
俺の問いかけにレヴィアタンは擬音をわざわざ言葉にして答えた。
「いやいや、シーンじゃなく。お前なら見つけられるだろ? な?」
《あーたん!》
モニターにピンクの文字でびっしりと『あーたん』と言う文字が映し出される。
「は?」
《私のことは、可愛らしく『あーたん』って呼んでくれなきゃ駄目って言いましたよね〜‼》
巨獣を真っ二つにし、森を焼き払っておきながら、可愛らしくも何もあったもんじゃないが、こいつはそういうやつだった。基本全ての言動がウザいのだ。
俺は舌を噛み切ってでも、『あーたん』などと呼びたくはなかったが、背に腹は変えられない。奥歯をギリギリと強く噛み締め、顔をしかめながら俺は観念したかのように……
「あ、あーたん、お願いだから探してくれないかなぁ〜」
と、手を合わせて懇願した。そして、こいつに頼らなければ何も出来ない自分の無力さに、強い苛立ちを感じた。
《うっふっふっふ〜。そうまで言われたら、仕方ないですねぇ〜。えっとえっと〜。なんか片腕のお兄さんはこっちでヒクヒクしてますね〜》
左側のモニターにレックスの姿が映し出された。巨獣の倒れた衝撃で吹き飛ばされはしたものの、ビーム事態の被害にはあってはいないようで、なんとかぎりぎり無事のようだった。
《んでもって、ちんまいお子ちゃまが、空中に浮遊してこっち見てなんか言ってますけど〜。音声いります〜?》
俺は大きく頷く。ってか、若様当たり前のように飛べるんだな……
『わぁ〜。ロボだ! 巨大ロボだ! 目からビームとかかっこいい〜!』
若様は空中でぴょんぴょん飛び跳ねるという、謎な動きをしながら憧れの眼差しを向けていた。中二病にとってロボットは大好物に違いない。
《誰がロボですかっ! 私は魔王器ですよ! ムカついたのであいつにビームぶち込んでいいですかぁ?》
「駄目だ! 絶対に駄目だからな!」
《あれでしょ、絶対に駄目だっていうのは前振りなんでしょー? 私わかってますよー! エネルギー充電充電っと》
レヴィアタンの目に光の粒子がまた収束していく。
「フリじゃねぇから! 冗談抜きで撃つんじゃねぇ!」
《ちぇっ。命拾いしましたね……》
レヴィアタンは聞き間違いでも何でもなく確実に舌打ちした。
折角巨獣を何とかしたというのに、今度はレヴィアタンと若様がバトルなんて始めた日にゃ、たまったものではない。
《ん? ん? あのお子ちゃまさらに喚いてますね。五月蝿いから握りつぶしちゃいましょうよ?》
確かに若様は喚きながら何かを指さしていた。そして、その指が指し示しているものが、巨獣の死体であると気がついた。いや、それはもう死体ではなかった……。
「おいいおいおいおいおい! あいつまだ死んでねぇぞ! それどころか……二体に分裂して復活してるじゃねぇかよ‼」
《あら?》
巨獣の上半身、下半身は各々周囲の物体を長く延した触手で取り込むと、それを元に新しく身体を復元していたのだ。
《いやぁ、キモい、キモい。ウニョウニョしてるとことか、エンガチョって感じですね〜》
レヴィアタンは平常運転だったが、俺は焦りに焦っていた。ほぼ復元を終え二体に増えた巨獣がこちらを見据えていたからだ。
《こんなのまたビームでやっちゃいますよ!》
若様に向け蓄積されていたエネルギーが、復活した二体の巨獣へと向けられる。狙いはそれることなく、今度は二体の巨獣の身体をそれぞれ四分割に切り裂いてみせた。
が、結果は同じだった。先程よりも速い速度で、それはまたしても復元を始めたのだ。そして巨獣は八体となっていた。
《面白いですねー。何処まで増えるか試してみますー?》
「一つも面白くねぇよ! 増やしてどうすんだよ! 飼うのか? ペットにでもするのか!」
《私はあんなキモいのいらないですよ〜。えんがちょ、えんがちょ〜》
レヴィアタンはコクピット内で数本のマニュピレーターを使い、エンガチョを切る動きをしていた。
「攻撃したら増えるだけ……どうすりゃいんだ……」
《簡単ですよー。こういう分裂するやつをやっつけるのは、チリ一つ残さずに消し飛ばしちゃえば良いんです! こんなの常識ですよ〜。知らなかったんですかぁ〜?》
どやぁ! と、レヴィアタンの威張り散らした口調が鼻について、俺は思わず握りこぶしを作ってしシートを殴っていた。
「なら今すぐにやれよ!」
俺は拳を振りかざし、青筋を立てながら怒鳴り散らした。
《でも、それだけのエネルギーをぶつけちゃいますと、あのヒクヒクしてる男の人とか、この鬱陶しいお子ちゃまとか、エネルギーの余波で蒸発しちゃいますけど良いですか〜? まぁ私は全然問題ないんですけどね〜》
そっちに問題はなくとも、こっちに問題はありまくった。更には二人の命だけでなく、神樹にすら被害は及ぶに違いないだろう。もしこの巨獣を倒したとしても、若様とレックスの命を失い、更には神樹まで失ってしまっては、元も子もないどころではない‼
「くそがっ!」
俺は自分の膝をしこたま殴りつけた。痛かった。ただ痛いだけで何の解決にもならなかった。
《でもですよー。別の方法もあるんです! 知りたいですか〜?》
「お、お前……あるなら早く言えよ! ぶっ壊すぞ!」
勿論、ぶっ壊したくても俺に出来るはずはない。
《きゃー主人様こわぁ〜い》
言葉とは裏腹に、レヴィアタンは微塵も怖がりなどせず、むしろキャッキャッと喜んでいた。
その間にも八体に増えた巨獣は、レヴィアタンの周囲を包囲しつつ、体毛による飽和攻撃を行っていたわけだが、それらは何重にも張り巡らされた防御壁が全て防ぎきってくれていた。しかし、その衝撃はコクピットの中をまるで地震のように揺らし、俺の焦りを積もらせた。
「えぇい! 何でもいいからやれよ!」
《はーい! でも、それには主人様の協力が必要なんですよー》
「俺の協力? わかった! 何でもいいから早くやれ!」
こちらは防御壁で守られていたとしても、このままでは若様、レックス、神樹が危ない。事は急を要するのだ。
《いま、何でもって言いましたね〜。うふふふふ》
レヴィアタンの言葉に、背筋に冷たいものが走った。
このあと、俺は軽々しく『何でも』等という言葉を使うべきではなかったと後悔する羽目になる。