表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よろず屋 大宇宙堂  作者: ヨネ@精霊王
九章 依代求めてボーイズラブ!?
112/125

111 ファーストキス



 返り血一つ浴びることなく、汗一つかくことなく、息一つ荒げることなく、ただただ一点を見据える威風堂々としたレックスの勇姿は、同性である俺ですらも虜にした。やはり男というものは、本能で強さというものに憧れを抱いてしまうものなのだろうか。俺は思わず万歳三唱で歓声を上げかけた。

 が、その声を上げるよりも先に、続いて三匹の魔物が茂みの中から姿を現す。


「レックス! また来たぞ!」


 俺の声を聴くまでもなく、レックスは臨戦態勢を解いてなどいない。

 三匹の魔物は揃って寸分違わず同じ動きをした。それはビデオのスローモーションを見ているかのように、視覚に残像を残す。その残像の消えぬままに、一匹は真正面から、もう一匹はその背を踏み台にして宙空から、残りの一匹は最初の一匹の背後から時間差でレックスへと襲いかかる。


――これは、ジェットストリームアタック!?


 ガ○ダム好きならば誰しも知っている攻撃パターン。まさか、この魔物の名前は『ガイア』『マッシュ』『オルテガ』なのでは? 

 そんな俺の心の声を知ってか知らずか、レックスは前方から一直線で迫りくる魔物を難なく切り捨てた後、その死骸を踏み台にして宙空の敵を薙ぎ払う。そして上空から落下の勢いを利用しての強烈な斬撃を最後の三匹に浴びせたのだった。この間ほんの数秒たらず。アクション映画のワンシーンを見るような動きに、俺は思わず拍手をしてしまっていた。完全に観客ポジションだが、野球でボールもまともに投げれないようなやつがピッチャーをやれるわけがないのと同じように、俺の能力から考えれば適切なポジションだと言えよう。

 それからも、休む間もなく魔物は現れた。

 が、それらは全てレックスの手によって無残にも殺されていった。


「何だか、かわいそうに思えるな……」


 積み上げられる魔物たち死骸……。それが猿のような姿かたちをしているせいもあり、俺の胸は傷んでいた。命あったものが動かぬ躯となる。それが例え何であろうと悲しいことであるに違いない。俺は後で線香の一本でも供えてやろうかという気持ちになっていた。


「貴様は何か勘違いをしているようだな」


 俺の滅入った表情から何かを察したのか、若様が背後から声をかけた。


「此奴等は生き物は無いのだぞ?」


「どう言うことだ?」


「此奴等はこの森のなかにいる動物の姿を模した、魂無き造られた存在だということだ。我にはわかる、此奴等には生命にあるべきものが欠けている」


 魂がない? 機械もような無機物が、命令によって動いているだけ? そういう事なのだろうか。正直よくわからないが、一つだけわかることはある。優しい若様は暗い表情をしている俺のことを気遣ってくれたということだ。



「話はよくわかんないが、ありがとな」


 ツンデレキャラならば『べ、別に慰めてなんてほしくなんだからね!』とでも言い返すところだろうが、俺にそんなキャラ設定はないので、素直に感謝の言葉を返しておいた。


「あ、ありがとうとか……。べ、別に言ってほしくなんか無いんだからな!!」


 どうやら若様には多少ツンデレ設定があるようだった。うーむ、中二病で腐男子でショタっ子でツンデレとか、設定盛りすぎだろ。

 と、俺と若様が雑談を繰り広げている間にも、レックスは孤軍奮闘をし続けているわけで……。気がつけば倒した魔物の数はゆうに百を超えていた。

 ここまでくるとさすがのレックスにも些か疲れが見えてくる。無傷だったはずの身体にも幾つかの傷が刻まれてしまっていた。だが忘れてはいけない。


 そう、レックスはドMなのだということを!


「痛い! 痛い! 痛いがそれがまた良い!! どちらかと言うと私は肉体的な痛みよりも精神的なものを好みますが、こんな醜い化物に傷をつけられるという辱めも……これまた良い!!」


 傷を負う毎にむしろレックスの攻撃速度は増していた。


「あぁぁぁ、神宴しんえん様から頂いたこの執事服に血しぶきがついて染みになってしまう……。これでは戻ってからお仕置きが……あぁぁぁ、想像しただけで達してしまう……」


 こうなると逆に相手にしている魔物に同情すら覚えてしまうから不思議である。

 もはやレックスの姿が見えなくなるほどに、膨大な数の魔物に包囲されていたが、レックスの振りかざす高速の斬撃は竜巻を起こし、それらの群れを縦横無尽に切り裂いていた。黒い血しぶきが花びらのように周囲に舞っては、新しい躯の山が築かれていった。

 俺と若様はと言うと……血しぶきがかからない距離で、遠巻きにその姿をただ見守るだけだった。


「しかしだ。お前はさっきから何もしていないようだが……良いのか?」


 若様は多少飽きてきたらしく、あぐらをかいて座っていた。俺もその隣にあぐらをかいて座っている。


「良いのかってなんだよ?」


「いや、だってお前何もしてないだろ?」


「え? おいおい、若様は何もわかってない! この、俺がここに居るだけで凄いってことを全然理解してないな!」


 よく考えていただきたい。何のスキル持たない身体能力平均のこの俺が、脱兎のごとく逃げもせずにこの場に留まっていることが、どれだけの精神力を要するかということまるで理解していない。普通ならば、おしっこをジャージャー漏らしながら、腰を抜かして逃げ出しいるところだ。それを、この強靭な精神を持つ俺様は、おしっこを少し漏らしただけで、この場に留まっているのだから、花丸を上げたいくらいに優秀だと言える。


「ふむ、此処に貴様が居ることによって、何らかの支援をやつに与えているというのか?」


 何だか若様は変な方向に解釈を始めだしていた。


「あれか! あの爪の長いやつの精神的な支えとしてお前は此処に居るというわけなのか! となると……あの爪の長いやつはお前に恋しているというわけなのだな!!」


 若様が息を荒げている。興奮している。ボーイズラブな妄想を働かせていらっしゃる。


「ふむふむ、お前に良いところを見せようと、あれだけ奮戦をしていると……。ラブだな! ラブなんだな! んで、どっちが『攻め』なんだ? ああみえて爪のやつが『受け』なのか?」


 この声がレックスに届いていたらと思うとゾッとしたが、レックスは未だ魔物と組んず解れつ状態を続けており、聞こえることはなかった。


「はいはい、若様はそのボーイズラブ的な思考から一旦離れようね」


 前のめりになって今にも押しかかってきそうな若様を、俺は猛牛を押し止めるよう肩を抑えていさめた。


「なんでだ! なんでだよ! そうだろ? そうなんだろ! 僕に隠しているだけなんだろ!」


 どうやら興奮すると地が出て一人称が『我』から『僕』になるらしい。

 

「僕を子供だと思って隠してるんだろ! 教えてくれたって良いじゃないか!」


 勢い余った若様は俺を押し倒して、馬乗りの状態になる。そして慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩した。


「あっ」

 

 バランスを崩した若様は俺の胸の中へと飛び込んできてしまっていた。そして、偶然に、本当に偶然にも、俺はそれを抱きしめる形となり、さらにさらにほんとぉぉぉぉに偶然にも、若様の唇が俺の唇に触れていた。

 唇と唇同士が触れ合うことを『キス』と呼ぶのならば、俺と若様はキスをしたことになるわけで……。

どうやら若様もそれに気がついたらしく、勢いよく俺を弾き飛ばし地面に叩きつけると、背を向けたままカチンコチンに固まってしまっていた。


「ぼ、僕……キスしちゃった……。初めてだったのに……」


 若様の声が震えていた。

 俺は若様のファーストキスを奪ってしまったらしい。とは言え、こんな偶発的なやつはノーカウントにしてもらってよいわけで……


「こうなったら、僕もう……結婚するしか……」


 若様の思考はぶっ飛んでいた。いやいや、こんな子供と、しかも男同士で付き合うってところが既におかしいのに、それどころか飛躍して結婚ときたから……どうすりゃいいんだ!?


「おいおい、落ち着け! まぁ落ち着くんだ!」


 俺が若様を落ち着かせようとして肩に手をかけた……のだが、その手がどういうわけか滑って、若様の着物の合わせ目に手が入ってしまう。そして、本当に本当の本当にぃぃぃ、偶然の偶然のこれまた偶然なんだが、若様の生胸に、お乳首様に手が触れてしまう。


「あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ……。そ、そんな僕、まだ気持ちの準備が……」


 まさかこんなところで、それも中学一年生くらいの男子相手にラッキースケベが発動するなんて、誰が想像し得たであろうか!!

 そして勿論、俺と若様がちちくりあっている間にも、レックスは一人だけまるで別の作品のようにバトルを繰り広げ続けていたのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ