109 男の子? 女の子?
当然のことながら、俺の視線は若様の自分の胸元へと向かう。自分の事を男の子だと言っている若様のお胸はぺったんこだった。いや、もし女の子だとしても、この年頃ならばぺったんこでもおかしくはない。
さて、ここで問題である。
はたして、本当に若様は『男の子』なのか!?
跡取りとして男として育てられてきたけれど、実は女の子だった。
ずっと男だと思い込まされていて、自分でも性別のことをよく理解できていない。
と仮定するならば、女の子のように可愛いといわれ言われると激昂してしまうのはわからないでもない。と言え、首チョンパするのはどうかと思うけど。
俺は胸から視線を上げて、若様の顔を食い入るのように見る。子供だから当たり前だがシミひとつ無い、ツルッツルでプリップリの思わずかぶりつきたくなる果実のような頬。そんなお口でご飯いっぱい食べられるのかなぁ? と心配してしまいそうになる小さなお口。凜々欄欄と輝き深淵のように黒い瞳。髪型は長い黒髪を後ろで縛り上げている。外見だけ見るならば、男でも女でもどちらでもおかしくない。ただ一つ言えることは、どちらだとしても『美少年』『美少女』と呼べる存在であるということである。
――何だよ! 何だよ! あれか、九尾の狐の一族ってやつは揃いも揃って美形しかいないのかよ!
更に俺が視線を横に向けると、美形の代名詞と呼んでもいいくらいのレックスがこの状況をただ見つめている。何もしていなくても美形様はそれだけ絵になるから得である。
となると、完全に浮いているのは俺である。漫画で言うならば、俺だけ別の作品から出張出演してきたような感じになっている。こうなってしまうと、俺の思考はウロボロスのようにぐねんぐねんになるのだが、それではまたしても話が進まない。
そんな俺の思考のウロボロスを解きほぐすかのように、言葉を挟んでくれたのは、金狐だった。
「若様! 口調がお子様口調になってます! もっと、闇の力を秘めたプリンス的な感じで行かないと!! 闇の炎を燃やしていかないと!!」
残念ながら金狐の言葉は、話を進めるどころか脱線させるほうだった。
「そ、そうだった! あ、ちがう。……そ、そうであったわ! ふふふ、我の闇に染まりし刃が何処にあるか知りたいか? こ、こうでいいよね?」
若様は身体を捻り顔の前に手で持っていくと、仮面を剥ぎ取るようなポーズを取る。勿論仮面など付けてはいない。そして確認するかのように金狐に目配せした。
「はい! 若様マジサイコーです! 私が頑張って教育したかいがありました! 我らの呪われしペルソナを見よ!」
金狐も背中あわせて対になるようにポーズを決める。
それと同時に、その後ろにワープした銀孤が、二人の頭の上に一斗缶を落とした。
「痛っ!」
「きゃん!」
二人揃って子供のような声を上げては、頭を抑えてその場にうずくまるのだった。
「はいはーい。闇の刃の話は取り敢えず置いておいて、交渉を始めましょうー」
「でも、闇の刃の説明台詞は金狐と二人で凄く考えてきたのに……」
「そうです! 銀孤にはロマンがわかってない!!」
喚き散らす二人を見て、銀孤は細い目をさらに細めると、ニッコリと微笑んで拳を掲げた。
「次はタンコブではすみませんけどー、いいですー? いいですー?」
若様と金狐は尻餅をついてズリズリと後ろに下がっていく。そして、逃げ場のない壁に張り付いたところで、顔を見合わせて大きく頷きあった。
「さ、さぁ、あれだっけ? 神樹が欲しいんだっけ? そうだよね? ね? そうだよね、金狐?」
「あ、はい、はいはい! この人達は神樹を買いに来たんです。はい、間違いないです。もう早く要件済ましちゃいましょ!」
今までのグダグダは何だったのかと思うほど、トントン拍子に話が進み俺は拍子抜けした。
「はーい。お金の方はもう口座の方に振り込み確認完了してますです、ですー」
銀孤はノートパソコンを取り出して、振込完了の画面を若様に見せる。
「あ、ついでに私の描いた同人誌見ますー? 十八禁ですけど見ますー?」
「いや、遠慮します。それより早く神樹を!」
銀孤はつまらなそうにノートパソコンをしまった。
しかし、この森のなかの孤島のような神社にインターネット回線がどうしてきているのか? とても謎だったが聞かないでおくことにした。何故ならば、もし聞けばさらに話がグダグダになることがわかっていたからだ。
「はいわかりましたー。神樹をお渡し致しますです、ですー。――と、サクサク行くわけにはいかないのです、ですー」
「え?」
「つまりはこういう理由、です、ですー」
「貴様たちが神樹を渡すに足る人物であるか、試させてもらう」
若様が大見得を切る。
「ええ!?」
やはり世の中ってやつは甘く味付けされてはおらず、特に俺に対しては激辛をチョイスしてくれているに違いない。あぁ甘口の人生を味わいたいものだ……
※※※※
「しかし、まさか直々についてきてくれるとはね……」
今俺たち三人は、神樹があるという森の中を歩いていた。その三人の内訳とは、俺、レックス、そして……若様だった。
「いやぁ、まぁお目付け役として誰かがついてくるとは思っていたけれど、まさか若様がついてくるとは……」
「何だ? 僕が一緒だと困ることでもあるのか?」
若様は動きやすいスタンダードな白い着物へと着替えていた。
「別に困りませんけど、ついてくるなら銀孤さんかなぁと勝手に思い込んでたもんでね」
「銀孤は同人誌の締切が近いとかどうとかで、忙しいらしい。金狐は……人見知りだからな。特にお前たちのような大人の男は苦手なようだ。二次元なら平気なのにとか訳のわからないことはよく言っているんだが……」
そして消去法で、若様がついてくることになったという訳らしい。
「ところで、試練とかいうのは何なんです? それまだ聞いていないんですけ……」
「あぁ、それなら単純だ。最近ここの結界に亀裂が生じてな、その隙間から神樹を狙う愚か者が入り込んできているのよ。勿論、我がやればたやすく退治する事ができるわけだが、貴様たちにそれをやってもらうのを試練とさせてもらう」
「ここの結界に亀裂ねぇ……。よくわかんないけど、凄い結界なんでしょ? そんなもんに簡単に亀裂が生じたりするんですか?」
「それなんだが……。少し前に突然謎の超高速のエネルギー波がこの結界を貫いてな。そうそう、ここだ」
俺達の前にとんでもなく大きな朱色の御柱が立っていた。その高さは五十メートルは余裕であるだろうか。太さもビルほどの大きさがあり、青白いオーラを放っていた。
「この御柱が何本も神社の周囲を囲って、結界を作っているわけなのだが、ほれ見てみろ」
若様が指さした先を見ると、そこには拳の形の何物かが貫通したあとがあった。こんなバカでかいものを貫通する威力があるもの。しかも結界で守られているというのに……。そして、そのエネルギー波の形が不思議と拳の形……。さらにそれが起こったのが数日前……。それらのパーツが絡まりあって、俺の中で一つの答えが導き出された。
――それって、花火のやつが俺に向かって放った拳が、ここまで飛び火してきたやつなんじゃ……
俺は口に出しそうになった言葉を何とかして飲み込んだ。そうなればこの事態を引き起こした犯人は俺ということにされてしまい、試練がどうとかでなくなってしまう。これは俺の胸の内にだけ秘めておくことにしよう。
――こりゃ責任を取る意味でも、きっちりこの件をかたづいけないとな……
俺は心の中で若様に頭を下げた。
「どうかしたのか?」
「いや、別に! ところで、その愚か者ってのはどんなやつなですかね? やっぱり魔物みたいなもんだったりとか?」
はっきり言って俺には戦闘能力というものは皆無だ。いやまぁ、街のチンピラくらいなら互角以下には戦えるかもしれんが、それが魔物とかになれば完全に話は別である。多分、街のチンピラより魔物のほうが弱いということはありえないだろうから。となると、頼りになるのはイケメンホムンクルス執事のレックス、いやさレックス様である。魔物は出たならば、俺は全力を持って後方からレックスにエールを送ろう。
「そうだな。こういうやつだな」
若様が左手の指を水平に振ってみせた。すると何処からか『ギャッ』という人ならざるものの悲鳴が上がり、ドスッという鈍い音がして地面へと落下した。
それは遠目から見れば二メートルほどの巨大な猿だった。が、全身からは鼻をつまみたくなるような腐臭を発し、極端に伸びた耳、そして肉をえぐるのに適しているであろう長い指と爪を持っていた。
『悪魔』それも知能の低い下級のもの。そんなイメージが俺の頭の中に浮かび上がっていた。
「獣に似せた邪悪なものが入り込んでいてな、それらはみな神樹を狙っている。何故神樹を狙うのか。此奴等は何処から来た何ものなのか、それはさっぱりわかってはいない」
「な、なるほど……」
これではっきりした。魔物は確実にチンピラより強い。そして俺は確実に勝つことが出来ない、と言うか死ぬ。これはもうレックス様に頼り切るしか他に手はない。
「が、頑張ってくれよな!」
俺はレックスを鼓舞するように肩を叩いた。
レックスはこちらを振り返ろうともせずに、俺の触れた肩の部分をハンカチで拭う。正直ムカついたが、今はこいつと仲違いする訳にはいかない。
それから魔物と遭遇することなく、鬱蒼と茂る森の中を縫うように作られた石畳の道を歩くこと数十分。今まであった木々が途切れ、一気に視界が開けた。
「う、うわぁぁ、なんじゃこりゃ……」
俺の視界に飛び込んできたのは、天まで届いているかと思うほどの、山と見紛うばかりの巨大樹だった。