106 全裸の意味
言葉責めに興奮するドMのレックス。
それを見て更に興奮する九尾の狐の銀孤。
突如現れ気絶する謎の仮面。
そして……完全に傍観者ポジションが安定してきた俺。
湯けむり漂う温泉の中は完全なカオス状態へと陥っていた。
正直今すぐ逃げ出したい状況だが、俺は神樹という依代を手に入れて『ママ』を復活させるという、大きな目的がある。へこたれてなどいられない。逃げてなどいられない。
俺は心の平安を取り戻すために、銀孤の尻尾&お尻を見ることにした。あぁ、尻尾からは文字通り『モフモフ』、お尻からはこれまた文字通り『プリプリ』の疑問が聞こえてくるようではないか。その聞こえるはずのない音に耳を澄ますだけで、俺の心はみるみるうちに平安を取り戻していく。だが、そんな俺の心の安らぎが遠のいていく。それは銀孤が謎の仮面に駆け寄ったからだ。
「姉さまー」
銀孤は謎の仮面を抱き起こすと、強引に仮面を剥ぎ取った。仮面の中からは、金髪ショートヘアで、片目に眼帯をつけた女性の顔が姿を表した。さらには、こいつも銀孤と同じようにあるべき場所に耳がなく、獣のように頭の上に耳があった。そして注目すべき点は、銀孤は間違いなくその謎の仮面あらため、謎の眼帯女を『姉さま』と呼んだのだ。
――もしかすると、銀孤は銀髪の九尾の狐。となると、こいつは……
「こちらは、金狐姉さまです、ですー。ちょーっと、中二病をこじらしちゃってましてー。姉さまー起きてくださいましましー」
銀孤は容赦なく姉である金狐の頬を叩く。一度頬を叩かれた金狐は『うーん』と唸り声を上げただけで目を覚まさなかった。銀孤は、続けざまに二発三発とビンタを繰り出したのが、金狐は『うーん、うーん、痛いよー、痛いよー、えーんえーん』と本当に気を失っているのかと思うほど明確に喋りながらも、まだ目を覚まさないでいた。ちなみに金狐の頬は林檎のように真っ赤に腫れ上がっていた。
「本当に仕方ない姉さまですねー。こうなったらー。こほん」
銀孤は咳払いを一つすると、キリリと顔立ちを引き締めてあらぬ方向を指さす。
「敵影補足距離二千! エネルギー充電百二十パーセント! 対ショック、対閃光防御! 艦長指令を!」
気合の入った口調で、これたま何処かで聞いたような、分けのわからないことを言い出した。すると、その言葉に反応するかのように、気を失っていたはずの金狐は立ち上がり金色の瞳を見開いた。
「最終セーフティー解除! 波○砲、発射!! 焼き払え!! 薙ぎ払え!! あーっはっはっは! 人がゴミのようだーっ!」
先程まで気絶していたとは思えない瞬時の覚醒。そして、謎の指の動きと、これまた意味もなく反り返った謎のポーズを決めての高笑い。だが、ほっぺは真っ赤に腫れ上がったままだった。
「ってあれ? なんなの、何でほっぺたじんじんしてるのー? ふぇ? か、仮面がない!?」
金狐は自分が素顔を晒しているということに気が付くと、本当に伝説の大妖怪九尾の狐なのかと思うほどに、オタオタオロオロと情けないくらいに狼狽した。
「す、素顔を見たやつは……殺さないと!!」
金狐は半泣きになりながらも、俺とレックスを睨みつける。細長の銀孤とは違い、金狐は漫画のような大きな瞳をしていた。それ故にか、睨みつけられても全く迫力がなかった。
「え……」
金狐は俺とレックスを視認して、石のように固まる。正確には、俺とレックスの下半身部分をまざまざと見て固まった。その石化が溶けるまでに、数秒の時間を要した。
「は、裸だぁぁぁ、裸の男の人が二人もぉぉ……。もぉいやぁぁぁぁぁ」
金狐はぺたりとその場にしゃがみこんでは、子供のように手をバタバタとさせて完全に泣き崩れてしまった。腐ってはいるが大人の雰囲気をもつ銀孤にたいして、姉であるはずの金狐は正反対に子供のようだった。精神年齢も中学二年生なのだろう。
そんなお子様全開の姉を見て、銀孤はやれやれと言った感じで細い目をさらに細めると、突如金狐の腹に拳を叩き込んだ。
「うげっ」
鈍い音がして、金狐は前のめりに倒れ込んだ。吐瀉物のようなものは吐き出された気がしたが、見なかったことにしておこう。
「姉さまが居ると、話がエンドレスになっちゃいそうなんでー。お外に連れ出しておきますねー。あ、お風呂でお身体を清め終えましたらー、本殿の方に起こしくださいましましー。それではー」
銀孤は金狐を荷物のように軽々と抱えあげると、そのままスタスタと去っていく。九本の尻尾が上機嫌を表すかのように元気よく振られていた。
「な、何だったんだ……」
俺がポツリと言葉を漏らす。
「知るわけがないだろう……」
レックスは完全にドMモードを終了しており、クールな表情に戻っていた。
「まぁ取り敢えず、言われた通りに風呂に入って身体を清めるか……」
俺はようやく湯船の中に身体を入れることが出来た。身体に絡みつくようなねっとりとした温泉の湯は、毛穴の中に入り込むようにして、全身を清めてくれているように思えた。更には結構が良くなり、肩こり腰痛が改善されたとかどうとか……。
こうして温泉を堪能した俺とレックスが脱衣所に戻り服を着ようとして、服があるはずの脱衣かごを見て手を止めた。あるべき服がそこにないのである!
まさか泥棒!? しかし、俺の服を盗んで一体何の特が?
「神宴様から頂いた、私の執事服がない……だと……」
俺の横でわなわなと怒りに震えるレックスも、どうやら俺と同じ状況らしい。
「執事服を無くしたと神宴様に知られれば……どのようなお仕置きをされることか……。はぁはぁ、想像しただけで絶頂に達してしまう……」
どうやら怒りに震えていたと思ったのは、俺の勘違いのようだ。
兎に角、このままでは全裸のままで、本殿とやらにいかなければならない。もしかすると、完全に清められた状態というのは、全裸のことを指しているのだろうか? とすれば、俺は全裸で外を歩き、全裸で本殿に向かい、全裸で神樹をえるための取引をしなければいけないということになる。
あれ、何だろう、今俺が少し興奮してしまっているのは、きっとレックスのドMに当てられたせいに違いない。決して俺は露出狂の性癖など持ち合わせていない!!
「でもなぁ、服がないんじゃ、全裸で行くしか仕方がないよなぁ」
俺は自分を納得させるように、わざとらしく言葉に出してみる。
と、その時脱衣所の扉が開いた。
「はーっはっはっは! 坊やだからさ!」
わけのわからない高笑いで現れたのは、またしても謎の仮面。しかも今度は仮面のデザインが変わっており、角のついたヘルメットもかぶっていた。服装もなんだかわからないが赤を基調とした軍服のようなものに変わっている。
「貴様たちの衣装はこちらで清めておいてやったぞ。これを着て本殿に向かうが良い!」
謎の仮面は手には、クリーニングを済ませたかのように綺麗の折り畳まれた俺とレックスを服を持っていた。
だが、ここで毎度のパターンが繰り返される。
「えっ!? やっぱりまた裸だぁぁぁ。いやぁぁぁぁ! で、でも、わたし負けないもん! 見、見なければどうということはない!!」
謎の仮面、いやもう面倒くさいので金狐と呼ぼう。金狐は出来る限りこちらを見ないように視線をそらせつつ、俺達の方に衣服を放り投げては、逃げるように走り去っていった。
「もうここまでくると、可愛らしいとすら思えるな……」
俺は折角綺麗にたたまれていたのに、投げつけられたことでぐちゃぐちゃになってしまった服を拾い上げる。服からは何かハーブのようないい香りがした。
「じゃ、服を着ますか……」
いやいや、俺は全裸で行きたかったわけではない。と、心の中で言い訳をしながら服を着るのだった。