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よろず屋 大宇宙堂  作者: ヨネ@精霊王
九章 依代求めてボーイズラブ!?
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104 温泉回


 いつ終えるとも知れぬレックスのドM自慢に、耳にタコが出来るかと思った時、山門がギシギシと鈍い音を立ててゆっくりと開き出した。開いていく扉の中からは、薄い霧状のものが溢れ出てくる。それに触れると、身体の細胞一つ一つが清められていくような不思議な感覚を覚えた。確かに神社というものは神聖で霊的な雰囲気で覆われているものだが、これは雰囲気だけではなく実際なにか別のもので覆われているような気がしてならない。と言っても、浅学非才な俺の考えなので、根拠などなにもないわけなのだが。

 ゆっくりと長い時間をかけてようやく山門が開ききったわけだが、辺り一面を覆う霧のせいで遠くを見渡すことが出来ずに、中がどうなっているのかは何もわからないままだ。


「霧のせいで何もわからねぇな……。そっちはどうだ?」


 俺はすぐ横にいるレックスに声を掛ける。数メートルしか離れていない場所にいるはずのレックスの姿は、霧の中に溶け込みかけており、薄っすらとしか視認することが出来なかった。


――霧に霞むイケメン執事……。こいつは男の俺から見ても、嫉妬しちまうほどにカッコイイと言わざるを得ない……


 霧の中で物思いに耽るように、何かを呟くレックス。それは遠目に見ているだけならば、男ですら恋に落ちそうなほどの美しさだった。だが、その呟いている内容が、ドM自慢を中断されたことへの文句だということを知れば、その印象は百八十度変わることだろう。本当に残念なイケメンである。


「お待たせして申し訳ありません。わかが色々とぐずっちゃいまして〜。こちらにどうぞ〜」


 霧立ち込める山門の中から女性の声が響いた。霧のせいで女性の姿は見えず、声だけがただ聞こえている。声の感じからすると、二十代くらいの若い女性と言ったところだろうか。

 『わか』と言う言葉にいくらか引っかかりを覚えたが、俺とレックスは女性の声のする方向へと向かうしかなかった。

 手探りで山門の中へと一歩足を踏み込むと、身体の芯からブルブルと震えが襲ってきた。これは寒いわけでも、おしっこが出そうなわけでもなく、幽霊などを見た時に感じるアレなやつである。

 俺は思わず歩みを止めたが、レックスは何も感じていないのか、もしくはそんな物はどうでもいいのか、俺をおいてドンドン先に進んでしまう。


「ま、待てよ! いや、待ってくださいレックス様〜!」


 俺は情けない声を上げながら、駆け足でレックスを見失わないように追いかけていく。なにせこの霧である、これ以上距離を開けられたら完全に相手を視認することができなくなってしまう。こんなところに一人放置されたら、大人だというのに泣いてしまうかも知れない。

 謎の女性の声に導かれて歩くこと二十分あまり、俺とレックスの目の前に大きな建物が姿を表した。


「なんだコレ……」


 社殿? 本殿? と呼ぶのがいいのだろうか? 建物の造りから数百年前の建築物としか思えないのだが、驚くべきことに年月による劣化が何一つとして見られなかった。まるでいまさっき建てられたかのように微小な傷一つなく、特徴的な朱色の柱に白い壁は、目が痛くなるほどのまばゆい色彩を放っていた。その建物の異常はそれだけではない。本殿全てが薄い被膜のような青白いオーラに包まれていたのだ。


「さ、触っても大丈夫なんだろうか?」


 俺が青白いオーラに興味本位で触れようとした刹那。


「すとーっぷ!」


 謎の女性の声が俺の動きを静止させた。


「汚れた身で本殿の結界に触れますと、ちょっと大変なことになりますのでー。まずはこちらで身を清める儀式を行っていただきますー。こちらにお越しくださいましー」


 俺は慌てて手を引っ込める。『ちょっと大変なこと』と言われたが、俺の直感が『ちょっと』で済むはずがないと警報を鳴らしている。


「さぁさぁこちらに〜」


 霧の中から女性の手だけが浮かび上がり、まるで幽霊のようなゆらゆらとした動きで手招きをする。


「これついて行って……良いのかなぁ?」


 怖気づいた俺は、すがるようにレックス上着の裾を引っ張った。


「郷に入っては郷に従えと言いますし、今は言われた通りにするしか無いのでは?」


 レックスはまとわりつく羽虫を払うように俺の手を払いのける。そしてこちらを振り返ることもなく、手招きの方向へと進んでいった。こうなれば俺の取る行動は一つしかない!


「置いてくと泣くぞ!!」


 半泣きになりながら小走りでひたすらレックスを後を追いかけるのだった。

 


 ……

 …………

 ……………………


「こちらの建物には入っても大丈夫なのでー。どぞどぞー」


 なんだろう、謎の女性の話し方がどんどん砕けた感じになっていっている気がするのは、気のせいだろうか?

 それはそれとして、俺とレックスは一軒家ほどの大きさの建物の中へと招かれた。ここには青白いオーラはなく、背筋を寒くさせるような感覚もない。いや、寒いどころか心なしか暖かい空気が流れ込んできているような気がする。さらには、かすかに硫黄の匂いも……

 

「こちら温泉になっておりますのでー。お二人ともお身体の方をキレイキレイしちゃってくださいましましー」

 

 そんなまさか? と思って一歩建物の中に入ると、そこま紛れもなく脱衣所だった。それも檜作りの床と壁、竹で編まれた脱衣かご、唐草模様の手ぬぐい、まさに古き良き純日本風の脱衣所だった。

 

「つまりは風呂に入れば良いのか?」


 なんてことはない。風呂に入るだけなら余裕のよっちゃんである。むしろこんな立派な温泉にただで入れるとは儲けものと言っても良いだろう。

 さっきまで怖気づいていたのは何処へやら、俺はルンルン気分で服を脱ぎ捨てて、あっという間に全裸になる。はてさて、レックスも全裸になったのかなぁと、俺は別に興味など全く完璧にないのだけれど、ホムンクルスの裸はどうなっているのだろうかという、知的好奇心の為に視線を向ける。決して変な趣味があるわけではないと強く断っておく。


「あれ? 服脱いでないじゃん?」


 レックスは眉の端をピクピクと痙攣させていた。どうやら苛立っているらしい。


神宴しんえん様の執事である私にとって、この執事服はアイデンティティの塊! それを脱ぐなど、あってはならないことなのです!」


 レックスは脱衣かごを掴んでは、八つ当たりのように壁に投げつけた。

 ここで俺は今までの反撃とばかりに、股間をタオルで隠しつつレックスの後ろに回り込むと


「あれあれ、郷に入っては郷に従えなんじゃなかったの? 言われた通りにするんじゃなかったのかなぁ〜?」


 と、レックスの顔を覗き込みながら、挑発的な言葉を投げつけてやる。


「貴様……この私を言葉責めするだと……」


 レックスを肩がわなわなと震えだす。普通ならばこの次の流れは怒りという感情へとなだれ込むと思うだろう。だが、レックスはドMである。


「もっと! もっとだ!」


 レックスの顔は温泉の熱気などではなく、別の理由で上気していた。言葉も『ハァハァ』といった激しい息遣いが漏れ出している。

 俺は困惑した。正直ドMの扱いなど知る筈もないのである。しかし、このレックスを風呂に入れるためには、もっと辛辣な言葉責めをしなければならないに違いない。感がえろ、考えるんだ、俺は別段Sではないが、ここはSの気持ちになって考えるんだ。


「あれれ、執事さんは、ご主人様のお着替えは手伝えても、自分の服を脱ぐことは出来ないのかなぁ〜。幼稚園児でも服を脱ぐくらいできるんじゃないですかねぇ〜!! レックスたんは幼稚園児に負けてるんですかねぇ〜」


 俺は調子に乗って留まることなく言葉を紡ぎ続ける。


「クソゴミ虫の分際で、このレックスを幼稚園児以下だと罵るのですか!! しかし、そんな低能に蔑まれる事による、湧き出てくるこの高揚感は何なのでしょうかァァァ! ぬ、脱げます! 私は服ぐらい脱げるのですよぉぉぉぉ!!」


 それはほんの一瞬だった。レックスが華麗に一回転ターンを決めると、あら不思議執事服はどこぞへと消え去り、そこには生まれたままの姿があった。


「なるほど……」


 俺はそのスッポンポンのレックスの姿を、瞬き一つすることなく凝視していた。ちなみに『なるほど』の意味は、『なるほどホムンクルスってあんなふうになってるんだぁ、勉強になった』の『なるほど』である。どういう風になっているかは教えない。これは俺の心の中にだけ秘めておくことにしよう。


「あぁ、執事服というアイデンティティを失った哀れな私が、何故お風呂などに入らなければ……。しかし、それがまたいい……。うふふふふふふふ」


 レックスはバレリーナのように華麗なピルエットを決めつつ、浴場へと足を踏み込む。俺もそれに続く。

 外の霧とは正反対の、心と体を温めてくれる湯気が一瞬視界を奪った。しかしそれはほんの一瞬だけのことであり、俺の前には見事な露天風呂が広がっていた。


「こりゃたまらねぇな……」


 俺はプールに飛び込むように、勢いをつけてジャンプ……しかけたところで、何ものかに手を握られた。


「湯船に入る前にはー、お体を洗わないとー。ね? ね? ね?」


 俺の腕を掴んだのは、腰まである銀色の長い髪、シュッとしてしまったフェイスラインに尖った顎、細くて切れ長の目に、薄めの小さな唇、百七十センチは軽く超えているだろうという長身の、何処かひょうひょうとした感じのある謎めいた美女が全裸でそこに立っていた。一糸まとわぬ姿のはずなのに、何故か大事な部分だけは謎の光で覆い隠されていた。

 

「お清め、お手伝いしますー? しちゃいましょうかー? うふふふふー」


 謎の美女は片手にタオル、もう片方の手に石鹸を持っていた。


「それともー、やっぱりー男同士で洗いっこのほうがー良いんでしょうかねー? 本当はわたしもそのほうがいいとおもうですけどもー。むしろそれ希望ー!!」


 謎の美女は、ボルテージの上がったまま全裸バレエを続けているレックスにいやらしい視線を向けジュルリとつばを飲み込んだ。


「いいわぁー。男同士のくんずほぐれつー。ラブですよねー。キュートですよねー。ご飯三杯は軽くいけちゃいますよねー」


 謎の美女は俺とレックスを交互に見ながら、ご飯とオカズを交互に食べるかのように、長い舌でペロリと舌なめずりをする。それどころか大量のヨダレすら垂れ流していた。こいつの頭の中では、俺とレックスはどういう関係にされているのか大いに気になったが、あえて聞こうとは思わなかった。


「あんた一体何者なんだ?」


 俺はもうこの謎の美女が、俺たちをここまで誘った声の正体であることに気がついていた。しかし、それに気がつけたのと、こいつが何ものなのかは完全に別問題である。


「え? わたしーですかー?」


 謎の美女はボタボタと溢れるよだれを手で拭いつつ、自分の鼻の頭を指さした。それは恐ろしく細くて長い指で、鋭い爪を持っていた。そして、俺はここでようやく気がつくのだ。この謎の美女はあるべき場所に『耳』が無いということを……。そして、あるはずのない場所に『耳』らしきものがあるということにも同時に気がついた。


「はいー。わたくしはーここの主である『若様』にお使えしておりますー。九尾の狐でございますー。名を『銀孤ぎんこ』と申しますー。どぞどぞお見知りおきをー」


 謎の美女あらため『銀孤』は『コンコーン』とことさら狐をアピールするかのように鳴いた。そしてお尻のラインに今まで無かった九本の尻尾が姿を表したのだった。

  

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