09 甘い汁を吸う。
はてさて、この一件は大団円を迎えたわけなのだが、後日談も少しだけ語っておこう。
友人となった綾小路桜と聖ヱルトリウム女学園は、あれから何度もデート? を繰り返しているという。
流石に人気の多いところや、建物の中は気兼ねするらしく。もっぱら景色の良い海や、山などに出かけていっているらしい。
『いつか一緒に映画を見に行きたい』
と、二人は言い合っていたが、映画館よりも大きい学園が、どうやって映画館の中の入るのかは、興味の突きないところである。もし、時空を歪ませるかどうかして映画館に入れたとしても、ヱルの後ろに座った客は、画面を見ることは叶わないだろう。
『遊園地にも行ってみたいね』
と、これまた二人が楽しそうに言い合っていたのだが、ジェットコースターに乗る学園と言うものは、トンデモなくシュールな光景になることだろう。
しかし見てみたい……。観覧車に乗る学園、メリーゴーランドに乗る学園、お化け屋敷に入る学園……。どれもこれも俺の好奇心というやつを刺激してきやがる。
まぁそれはそれとして、これからは二人の問題だ。部外者である俺が口をだすことではない。
ただ、一つだけ口を出さなければならないことがあるとするならば……。今回の仕事の報酬料である。
俺は仕事でこの案件を請け負ったのだ。ならば、成功報酬をきちんといただかなければならない。
「あのぉ……。これ少ないかもしれませんけど……」
後日事務所を訪れた綾小路桜が、茶封筒を差し出した。
俺はその茶封筒の中を見ることなく、そのまま相手に返した。
「お金はいいよ。二人の友情に水を指した感じになるからね」
「え、でも……。いいんですか?」
「ああ、気にしないでいいよ。でも、今度また何か仕事を持ってきた時は、ちゃんとお金をいただくから覚悟しといてね」
「ありがとうございます。良ければ、これだけでも受け取ってもらえますか?」
そう言って、綾小路桜は少し恥ずかしそうにしながら、ホールケーキが入るくらいの箱を差し出した。
俺の直感が囁く『こいつは手作りケーキに違いない』
美少女から手作りケーキをもらう。なんだかまるでどこぞの物語の主人公のようではないか。
俺は喜び勇んでその箱を開ける。
ビンゴ! 俺の直感は当たっていた。
きれいにデコレートされたホールケーキが中から顔を出したのだ。
俺は無作法にもケーキについている生クリームを指先で舐めてみる。
「うん、美味い」
その言葉を聞いて、綾小路桜は満面の笑みを浮かべると、深々と頭を下げて事務所を後にした。
一人きりになった俺は、目の前にあるホールケーキをどうやって平らげてやろうかと思案する。自慢じゃないが、甘いものは大好物だ。ホールケーキの一つや二つぺろりと平らげる自信はある。だが、美少女の手作りホールケーキを、そうやすやすと平らげてしまって良いものなのだろうか? もしかすると、俺も人生でこんなことはもう二度とないかもしれないのだ。そう思うと、目の前のケーキが、まるできらめく宝石のように思えて、手が出せなくなるから不思議である。
「よし、取り敢えず写真をとっておくか」
俺はホールケーキを写真に納めた。
今まで考えたこともなかったが、料理をわざわざ写真にとって、ツイッターやブログに載せる奴らの気持ちがわかったような気がした。
まぁ、結局のところ食欲に負けて、この後一気に平らげてしまったわけなのだが、ホールケーキの下から一通の手紙を発見した。
その手紙には……。
『大宇宙さんも、わたしたちと友達になってください』
とだけ書かれていた。
なるほど、これはむしろこちらから望むことろだ。
なにしろ、当代きって美少女、心を持ち動き回る学園というレアな存在、その二つと同時に友だちになれるのだ。これほど、俺の好奇心を満たしてくれることは早々ないに違いない。
「まいったなぁ……。それだったら、本当にお金もらわなきゃ良かった……」
俺は口についた生クリームを、袖口で拭き取りながらポツリと呟く。
ここで何時も貧困に喘いでいる俺が、何故綾小路桜からお金を受け取らなかったかについて説明せねばならない。
実のところ俺はお金を受け取っていたのだ。ただ相手が違っていた。
俺がお金を受け取った相手は、綾小路桜ではなく、聖ヱルトリウム女学園からだったのだ。
いやいや、俺がヱルを脅迫するようにしてお金をせしめたのではない。(むしろ、どうやったら学園を脅迫できるんか知りたいところだ)
あの後、ヱルからお礼をしたいとの打診があったのだ。
俺は快くその打診を受けた。
するとどうだろう。次の日には、雀の涙しか無かった口座に、お金がわんさか振り込まれているではないか。
小耳に挟んだ話だが、その日を同じくして、聖ヱルトリウム女学園のセクハラ教師が一人、横領の罪で捕まったらしい。が、きっと、俺に振り込まれたお金とは関係ないに違いない。ああ、そんなことはあるはずがない。と、心の中で念仏のように何度も繰り返しておいた。
こうして、俺は大量のお金と、希少価値のある友達を二人得ることが出来たのだった。
一挙両得とはまさにこのことである。
「何甘い匂いさせながらニヤニヤしてんのよ」
声に後ろを振り向くと、いつの間にやら藤宮花火が部屋に上がり込んでいた。相も変わらず神出鬼没なやつである。
「世の中、たまには甘い汁も吸わないとな」
何時も苦虫を噛み潰したような人生なのだから、たまには甘い汁と吸ったとて悪いことなどありはしないのだ。
「何意味不明なこと言ってるのよ。あんたは甘い汁どころか、臭い飯を食わないように気をつけることね」
「おいおい、俺ほど清廉潔白な人間はそうそう居ないぞ?」
「……清廉潔白って言葉を辞書で調べなおしてから言いなさいよね」
捨て台詞にそれだけ言い残すと、花火は去っていった。
一体全体、何のためにあいつはこの部屋にやってきたのやら、まるで謎である。
ん? もしかすると、綾小路桜が居た時から、この部屋に潜んでいたのか? いやいや、忍びじゃあるまいしそんなことは……。と思いながらも、あの藤宮花火ならばそれくらいのことは、軽くやってのけてしまいそうなのが恐ろしいところだ。
そうそう、どうでもいいことだが、藤宮花火の友達として出てきた、『百合』と言う女性。この女子の名前が、伏線であり、学園が女であるという前フリだったのは、本当にどうでもいいことである。
「待てよ……。すると、あの花火の友達は名前のとおりに百合なのか? さらに、ヱルも……友達と言いながら、実は百合な関係を求めているのでは……」
俺の脳裏に嫌な予感が駆け巡る。
「うん、きっと思い過ごしに違いない」
俺は自分自身を無理やり納得させると、いつもの様にソファーに寝そべるのだった。
どうせ、こんな人間関係も、次の話のときにはすっかり忘れ去られているに違いないのだ。
そう、世の中とは油断が出来ないのと同様に、割りといい加減にも出来ているのだから……。