00 プロローグ
「なんでこうなったんだ……」
俺は頭を抱えながら大きく深いため息を吐き出した。そんな俺の神経を逆なでるかのように、先程からコクピットの全方位スクリーンが危険を告げるアラートメッセージをこれでもかと言うほど大量に表示しつつ、目が痛くなるほどに真っ赤に点灯し続けている。
「まず俺がこんなもんに乗ってることがそもそもおかしいんだよな……」
俺が今現在座っているのは、何故だか人型次元機動兵器のコクピット。いや、確かにこのコクピットの椅子は俺の体に合わせて変形してくれることで座り心地も極上だし、リクライニングだって付いている。更にはマッサージ機能も完備と至れり尽くせりなわけだ。
『なんでこうなったかというと、多分日頃の行いのせいなんじゃないかなーって思いますよ?』
人型次元機動兵器の人工知能が、現在おかれている危機的状況を微塵も感じさせない脳天気なボイスで答えてくれた。相も変わらず空気を読まずに、俺を苛立たせる言葉を返してくれやがる。
『現在の状況をお知らせしますね。現在、私達の空間座標は擬似的位相空間に閉じ込めらており、ちょー高性能な私の力を持ってしても、次元跳躍による別世界線への移動が不可能になっております。簡単に言いますと、逃げ場なしってことです。あらまぁ大変ー』
言っている単語の意味はさっぱりわからないが、絶望的だってことだけはよくわかった。
『更には、全周囲に渡って敵対勢力の戦闘タイプユニット《明王》約二億五千万機が展開しており、その後方には支援タイプユニット《菩薩》約一億二千万機が控えております』
「なるほど」
確かに、コクピットのモニター全てが敵で埋まっている。そう、遠方の視界全てが敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵で真っ黒に染まっており、他に何も見えないほどだ。
『おっとー、月の裏側に母艦タイプ《如来》の存在も……』
まるで、お母さんのへそくりでも見つけちゃいましたと言う口調の人工知能に、俺の血管は数本ブチ切れかけた。
『敵の戦力分析とかもしちゃいます?』
「いらねぇよ! お前は暫く黙ってろ!」
俺は限界に達した苛立ちのあまり、コンソールを思いっきり拳で殴りつけた。
『キャンッ』
人工知能は、まるで叱られた小型犬のような声を上げた。
「もうやるしか無いんだよなぁ……。俺の人生なんでこうなったんだ……」
二回目の大きく深いため息をつく。人間諦めが肝心だとは言うけれど、諦めたらそこで人生終了なわけだ。ならば、無駄なあがきでもあがかなきゃ損ってことになる。つまりは悪あがきをしてやるっきゃねぇってことだ。
俺がそんな決意を決めたのと同時に、コクピットのハッチをものすごい勢いで殴りつける鈍い音が響いた。
大慌てで俺はハッチを開ける。
そこには……
「ねぇ? 私のこと完全に忘れてない? さっきからずっとこの不安定な手の上に乗せられてたわけなんだけど」
人形次元機動兵器の手のひらの上でずっと待機していたのは、セーラ服をきたポニーテールの少女。この『乗せられてたわけなんだけど』の後に続く言葉が『いつまでこんな場所に居なきゃいけないのよ、ぶっ殺すよ?』であることは明白である。そしてこの女子高生は本当に実行するから恐ろしい。つまりは、この全長二十五メートルの人型次元機動兵器、自称ちょー高性能機に乗っている俺よりも強いってことになるわけで……。
「ねぇねぇ、もうベル様待ちくたびれちゃってるんだけどーっ。なんとな~く大魔法連発しちゃってもいいかなっ☆ いいよねっ☆ だってベル様超かわいいからいいよねっ☆」
人形次元機動兵器のさらに上空を、浮遊魔法で軽やかに宙を舞う身長百四十センチの小柄な少女が、全身に闇の炎のオーラを纏わせながら、物騒極まりないことを口にした。
「お父ちゃんと、大怪獣軍団くんたちも準備オッケーだよ〜。勿論、うちだって準備完璧! ほらほら、ドリルだっていつもより大回転なんだから〜」
頭に二本の角のような突起物をつけた少女が、全長五十メートルを超える怪獣の肩の上に乗りながら、腕のドリルをプラズマが発生するレベルの超高速で回転させていた。その後方にはおびただしい数の怪獣軍団が控えている。
「この禁じられた愛にかけて、森羅万象この世の全てを真っ二つに切り裂くことを誓う! 今の僕なら銀河だって真っ二つさ!」
ビルの屋上に立つ長髪の美少年は、白い歯をピカーンと光らせて、自分の背丈ほどもある刀を振りかぶってた。その横に厳かにかしずく一人の女声の姿があった。
「ご主人様の命を受けて、貴様に我が力を見せてやろう。言っておくがご主人様に言われたからであって、貴様のことは大嫌いなのだからな」
空間を断裂し、その切り取った空間の上に立ったヨーロッパの王子様の風格を持つ金髪の男が、含みのある嫌な言い回しをした。
「まもっちファイトーっ! 勝ったら耳たぶにちゅーしてあげる!」
眼鏡のインテリ風女性が、投げキッスをこちらに飛ばす。俺は思わずそれを避けてしまう。
「頑張るのじゃー!」
その横にいる小学校低学年の着物姿の少女の姿が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら声援を送ってくれた。思わず俺の頬が緩んだ。
その刹那、山が動いた。いや、これは山ではない。全長三百メートルを超える存在、敷地面積まるごと動く校舎が、まるで壁のように俺の前を守護してくれたのだ。そして校舎の中にキラキラと美少女オーラを放つ存在が一人こちらに手を振ってくれているのが見えた。
「なるほど、なるほど、なるほどなー」
俺は思わず笑ってしまっていた。
どうやら、こんな絶望的状況下にあっても普段となんら変わらない奴らが居てくれる。そしてそいつらが俺の悪あがきに力を貸してくれる。
「何笑ってんのよ。キモいんですけど。それより、なんかいっぱい向かってくるよ?」
人型次元起動兵器の手のひらの上で、風になびく髪を押さえながらセーラ服の女子高生が、動き出した無数の敵を指差す。
「クックックッ、やったろうじゃねぇか! 見せてやるぜ、ただの凡人の悪あがきってやつをな! そして守ってみせるぜ、みんなをな! なんせ俺の名前は……」
ここで時間軸は数ヶ月前へと遡る。