レンガとツタの廃村にて
「よし、まずはフィールドワークをするぞ!いくぞジジイ!」
ふんすと鼻を鳴らしながらナナシは言った。
二人は別に成さないといけない事がある訳じゃない。
記憶も無い二人は急に自由な選択を迫られて呆然としていた。
だが、ある程度意識が固まってきたようだ。
多くの選択肢があるならまずは行動だといわんばかりの表情のナナシ。
幼女ぽくない、ずがずがとした足取りで霊廟の外へと歩いていく。
食べ物とかあるかのぉ。と思いながらゴンベエもナナシの後に続いた。
外に出るとふわっと優しい風が二人の頬を撫でた。
少し暖かい気がする。もしかして季節は春なのかもしれないと推測する。
光に目を慣らしながら、ようやく二人は初めて目の前一杯の新しい世界を見た。
不安は表情から読み取れない。
まぁもうココまできたら後は出たとこ勝負でしょ。そんな雰囲気だ。
のんきなのか、ポジティブなのか、それはこの後の行動によって分かってくるだろう。
森林と石造りの廃村。それがこの町の第一印象だ。
霊廟は村から少し離れた丘の上に建っていたようで、ココから村が一望できる。
全体的に村は中世欧州のような家造りだ。
暖色のレンガや井戸があったり、大きな教会があったりする。
しかし、それらはどこかが崩れていたり、苔やツタに覆われていたりしている。
事前にミカから廃村だと聞いていたが思っていたよりずいぶんと放置されて、時間が経っているように見受けられる。
だが、それでも現代と比べて文明レベルは決して低い訳では無さそうだ。
村のいたる所で街灯らしきものがあったり、舗装された道があったりなど。
近代で見慣れたものも散見できた。現在も使えるかは要検討だ。
逆に見慣れない理解できないオブジェクトも所々にあり、やはりココは異世界なのだと改めて認識させられた。
村の周囲は囲むように山々がそびえ立っており、盆地のような形で村を囲んでいる。
木々は青々としており、やはりまだ秋ではなく春なのだと思わせる。
もっとも、ココは異世界であり四季があるかすら不明だ。
「さて、ナナシよ。ワシはまぁまぁ腹が減っているんじゃ。まずは食料調達をメインに考えて行動せんかの?」ジジイは気合無さそうに提案する。
「うーん、まぁ、いいよ。適当に家にでも入って保存食とかあれば拾っていこう。んで、比較的清潔な場所とかで一旦休憩しようか。」
テクテクと村の方に歩いていく。
現在の霊廟と村は少しだけ離れていて、3分程度で村の家に着いた。
遠めでも分かっていたことだが、やはり人の気配のしない建造物は妙な威圧感がある。
しかも、どことなく寂れた洋館でホラーっぽく見えてしまう。
いまさらではあるが、自分たちの服装がお互いにジーンズにTシャツという現代風の服の為、中世とミスマッチしていて場違いな感じがしてしまう。
う、うーん、と変な唸り声を上げながらナナシは家の中に入っていく。
対してゴンベエは「魔力とかって言う世界観だし幽霊は倒せるんかのう?」と不気味さを感じていない様子で家の中に入っていく。
薄暗い室内ではあるが、まだ時間帯が昼前ぐらいだったお陰で陽光だけでも良く見える。
かび臭さとホコリ臭さがあるものも室内は思ったより普通だった。
現代の部屋と比べると古い時代の部屋のように見えるが、電化製品が無いだけで他は現代と同じように見える。
特に意外だと思ったのは鉄製の小さい物が多くある事だ。
この世界の製造技術がどうなっているのかは分からないが、電気を使う機械類が無いのにどうやって物を加工しているのだろうか。居間にあった鉄製の籠や空き缶らしきものは継ぎ目や組み合わせた形跡がなかった。きっと、魔法が存在している分だけ機械類のみに頼らずに済んでいるのだろう。家にあった正体不明のオブジェクトもきっと魔法にまつわる生活便利グッズなのかもしれない。
「にしても冷蔵庫は無いし、カンパンみたいな非常食とかも見当たらないのう……流石に廃村じゃし、やっぱり期待薄じゃったな……。」しみじみとゴンベエが言う。
「どれくらい放置されていたか分かんないけど、数年じゃなさそうね。数十年以上は経っているかもね。そうすると保存も流石に利いてないだろうし、自然にあるもので賄うしかなさそうねぇ……同時に周りで何か無いか探してみようか。」
ナナシは床下の収納床を探りながらだるそうに答えた。
「サバイバルかぁ……多分ワシら現代っ子だからサバイバルは苦手なんじゃ……そうなると、生きてく為にはちゃんと人の居る村に向かう必要がありそうじゃな。」ふーむ、と腕を組みながらゴンベエは予想した。
「人が、多く、いる場所、かぁ……ミカは大丈夫だったけど、うーん、やっぱアタイ抵抗あるなぁ……」
ナナシは沈痛な面持ちで言った。
何故、そこまで気落ちするのかといえば、ただ単に二人は人見知りなのだ。
ナナシとゴンベエはお互いにしっかりと喋っているが、これはお互いに自分だからだ。
会話というより、声に出して考えをまとめている様なものだ。
本当は人と話す場面になると、緊張してしまい、思うように言葉が出てこないだろう。
直感に近い判断だが、恐らくは本当のことだろう。
ミカは特殊な雰囲気のお陰で何とか話せた。
まぁ、最初は目を合わせる事すら出来なかったが。
「まぁ、仕方ないじゃろう。別にコミュ障って訳じゃないと思うし、こう、気合入れて事前に言う事考えておけば大丈夫じゃろうて。」苦虫をかみ締めた顔とはこうゆう顔だろう。
他の部屋も探索したが特にめぼしいものは無かった。
食料は予想通り無かったが、周辺の地図すら無かった。
あと気になる事といえば、文字が読めない事だろうか。
当たり前といえば当たり前だが、異世界の文字は日本語ではない。
本なども見つけたが読めなかった。
仮に地図を見つけても理解するのは難しそうだと思い気を落とした。
その後、数軒の家に侵入して捜索してみたがほとんどが徒労に終わった。
冷蔵庫らしき保管庫を見つけたが中にあったのは保冷剤らしき青い石だけだった。
数軒回って気付いたが、どうやらこの村は宗教色が強いのかもしれないと推測した。
どの家を見ても玄関や居間、寝室などに十字架をモチーフにしたロゴ入りの布、それと一緒に女神像らしきものが置いてあった。食事をする前とかに祈りを捧げたりしていたのだろうか。
「宗教系が強い文化ならさ、あのデカイ教会に行けば何かあるんじゃない?」
それにあの教会ならこの村で一番良い寝床がありそうだし! と意気揚々とナナシが述べる。
特段否定する事も無かったので二人で教会に向かった。
教会は村の中央に建っており、何処から見ても分かるほど大きな建物だった。
ここの世界でも十字は神聖なものと捉えられているのか屋根に十字が掲げられている。
華のようなステンドグラスが光を反射してきらきらと輝いて見える。
大きな入り口の戸を開けると中は礼拝堂になっていた。
教会という用途を考えればどの世界であろうと似たり寄ったりなんだろうか。
二人揃ってほほー、と感嘆しながらきょろきょろと見渡す。
奥に続く扉を見つけ、生活区であろう場所を見つける。
案の定ここは他の家と比べて裕福な居住施設のようだ。
どうやらベッド数から考えるに孤児院もかねているようだ。
そのためか、大き目のキッチンやリビング、シャワー室やトイレなどがあった。
「にしてもどうなっているんだ……?トイレがあるのは嬉しいけど、あのぼっとん便所、底が見えないんだけど……。」青ざめながらナナシが語る。それもそのはず、普通のぼっとん便所だと思って用を足していたら、ふと下を見てあまりの奈落に平衡感覚を失い、危うく落ちそうになったからだ。
「うぐぐ……だからといって『危機感』だけワシに送りつけてくるんじゃないぞい……危うくワシが驚きすぎて心臓止まりそうだったじゃぞ……?」
だって本当にあぶなかったんだもーん、と不貞腐れながらナナシが言う。
感覚共有のスキルを使い、危機感だけをゴンベエに送りつけたようだ。
必死だったせいか、思わぬ所で自身のスキルの変な使い方を思い知った。
言葉やイメージを共有したり出来るようだが、そうゆう実験は後にしようと思い、とりあえず二人で近くのソファーに座った。
「まぁ、とにかくここで一旦休憩しよう。どうゆう原理か分からないけどコンロ的なものと水道的なものも生きているみたいだし飲み物には困らないでしょ。」
コンロらしいものはガスやかまどらしいものは無く、魔方陣っぽいものが刻まれた台座に汁受け皿と三脚みたいな金属があって、ボタンっぽい所を触ると指先がちりっとした感覚がした後に火がついた。水道的なものも同じ様なもので蛇口に魔方陣が足されていて、おそらく地下水を吸い上げて水が出た。両方とも機械を使わない魔法的な便利技術なのだろう。もちろん二人にも知識が無くとも使える事は確認済みだ。
なんとなく他人が使っていただろうベッドは使いづらく、旅人用であろう客室にあったベッドで仮眠を取った。一時間にも満たない睡眠ではあったがずいぶんと疲れが取れたようだ。
「さて、ちょっと速いけど夕飯を見繕ってみるか……」
ベッドの上でんくーっと伸びをしながらナナシが提案する。
「肉は無理じゃろうなぁ……罠とか猟銃とかあっても野獣を見つけられる気がせん。」
ゴンベエはベッドに座りながら腕を組みながら悩む。
「うーん、知識ないから分かんないけど、んじゃ魚とか野草とかかな。」
自身の記憶のかけらを探ってもいまひとつサバイバルに関する知識が無い。
だが、なけなしの知識であってもかき集めて何とかしないといけないのだ。
「あー……現代は楽だったんだなぁー……コンビニ欲しいなぁ……」
「ホンマじゃなぁ……」
しみじみとありもしない事に空想を馳せる二人。
生きることの難しさを感じながら次に進みために行動をとり始める。
ゴンベエは外見的に釣りが上手そうだという理由で釣りをする事に。
釣り道具は無かったが、木の棒と糸と針で自家製の釣り具を作った。
霊廟の丘から池らしきものを見つけていたので、そこに行くことにした。
ナナシは適当に籠っぽいものを見つけて野草を取りに行った。
場所は池の周辺。山の麓にも近かった為、池からナナシの姿は見えた。
二人とも腹が減っている為、真剣な表情で取り組んだ。
ここで初めて別行動を取ったのだが、意外な事に感覚共有のスキルは遠くにいても発動するようだ。
おおよそだが、ゴンベエが座っている池のほとりからナナシのいる山の麓は五十メートルから百メートルは離れている。
木々によって姿が隠れてしまったときに感覚共有が途切れた感触がしたので発動条件は目で見える程度の範囲なのかもしれない。
そうやってお互いに現状をだべりながら食材を探した。
「んで、結果がこれか……やはりジジイは使えんな!」
「おいおい、良いのかのぅ……?お主も知ってのとおりワシは打たれ弱いぞ!」
先程の教会に戻ってきて早々に自虐と言うべきか、片や自分に対して叱咤して、一方は自分の弱さを前面に出して強がっている図である。
言い合っている理由は取れた食材にある。
大きめの机には小さくまとまった食材が置かれている。
結果から言うと、ゴンベエは全く魚がつれなかったのだ。
やはり即席で作った釣具では天然の魚は警戒心強く釣れなかった。
だが、全くのオケラという訳じゃない。
こっそり他にも保険をかけて、釣りとは別に罠をかけていた。
筒に返しを付けた罠で沢蟹らしき物を捕獲したのだ。
一方ナナシはフキノトウやヨモギといったポピュラーな物から行者ニンニクやノビルといった数多い野草を取ってきた。
だが、どれも現代でみたものに似たものであって食べられるかは分からない。
「あー、もう。とにかく夕飯にしようか……。」
「流石にそろそろ限界じゃ…」
言い合いも空腹には勝てず、机にへたり込むように倒れた。
料理はゴンベエが担当した。
ナナシがやらせた訳じゃなく、ゴンベエが「幼女にメシ作って貰うとかジジイ的に立場がなさ過ぎる。」との事で自発的に行動した。
料理と言っても調味料は何も無く、鍋に水と食材を入れて煮るだけの簡単なスープだ。
数十分で完成して二人して黙々と食べる。
腹が減って仕方なかった二人は妙に美味く感じた。
「だけど、流石に必要な栄養が足りないだろうなぁ…」
ナナシが食べ終わった皿を台所で洗いながら呟く。
「前途多難じゃのう……色々と試したり、探したりとやる事が沢山あるわい……」
カビ臭いソファーでくつろぎながらナナシに答える。
「でも、まぁ……ね。」
「まぁ、そうじゃな……。」
感覚共有スキルは使わなくともお互いに考えている事は分かった。
見知らぬ土地、得体の知れない物、足りない知識。
突然放り出された現状は余りにも過酷であった。
ーーーしかし、しかしだ。
二人には沈痛な面持ちでは無かった。
緊張感が足りていないともいえる態度だ。
何故なら、……今、自分は「二人」だからだ。
外面を装う必要の無い相棒、言葉を交わさずも意思疎通出来る相手、決して裏切らない友人、メリットデメリットを考慮しない家族。
そういった本来なら得る事の出来ない「他人」がここに居る。
それが何よりも安心に繋がっている。
きっと二人なら大丈夫。
胸の奥から不思議とそう思わせる何かがあった。
日も沈み、二人は就寝に着く。
二人揃って隣同士で床に伏す。
その顔は朗らかで、不安に曇らず、明日への期待に想いを馳せていた。
「なぁ……ジジイ。」
「なんじゃ、ナナシ。」
自分を二人にしたのは間違えじゃ無かった。
記憶を無くす前の自分に語りかけるように確信を感じているようだ。
ゴンベエは静かに心を躍らせ、ゆっくりと目を閉じた。
「ーーーアタイを襲うんじゃねーぞ?」
「誰が自分を襲うか!ボケがぁッッ!」
閉じた目を再び勢い良く開きツッコミを入れる。
こうしてようやく一日目が終わったのだった。
読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告等受け付けております。
最近、やっとプロットを作りました。
足踏みしているより行動だと思って見切り発車してしまいましたが、ようやく全体像が見えてきた感じがします。
加えて、あまりの文書力の無さに痛感して小説の書き方も勉強しています。ええ、愚直にGoogle先生に「小説 書き方」で調べましたとも!
4話は拠点でスキルの実験とかほかにも色々と行動するかと思います。
更新予定日は5月29日です。