ハインリヒの本懐 ※改稿
これは、カエルの王が姫に恋をした童話。――その少し前のお話。
むかしむかし、とある国には聡明にして清廉と国民から厚く信頼される『フーロッグ』という名の王子がおりました。王子はその評判から、国の内外を問わず多くの名家の息女から求婚の話がきました。
しかし王子は、そのすべてを断ってしまいます。
王子には心に決めた相手がいたのです。その相手の名は『マリア』。王家に仕える騎士の家系の娘でした。
マリアとは幼少のころより苦楽を共にし、王子にとって、かけがえのない存在でありました。
成長を重ねていくとともに、マリアへの愛情は男女の間にできる深い恋心へと変わり、ついに王子はマリアへプロポーズします。
「マリア、私はお前が愛おしい。お前にならば、私は気兼ねなく強きところも弱きところも曝すことができるだろう。どうか私と結婚してはくれないか」
王子にとって、マリア以上に他の女性と親しくなることは考えられないことであり、彼にとって結婚に身分など関係のないものなのでした。
しかし、それは許されないこと。
「……それはなりません。殿下。わたくしとあなた様とでは身分が違いすぎます。わたしは幼少の時分、殿下と親しき関係を築かせていただきました。しかし、それは殿下の父君であらせられる国王陛下の御慈悲あってのこと。そして今でも変わらず女子の身でありながら、殿下をお守りする騎士としてお側にお仕えできている。それだけでわたくしは恐悦の極みなのでございます。どうか、わたくしにそのようなお戯れの言葉を投げかけないでください」
マリアもまた本心では、王子のことを一人の男性として愛おしく思っておりました。しかし、マリアは代々王族に仕えてきた騎士の家系。マリアにとって身分の違いとは、とても大きな断絶なのでした。
「私はあきらめない。絶対にマリアのことをあきらめない! 父上がなんと言おうとも、私はそなたとともに居たいのだ」
王子は何度も国王の説得を試みます。しかし返ってくる答えは、他国の王家の娘を妃にするという話ばかり。
王子はあきらめず、何度も何度もマリアとの婚約を許してもらおうとします。
マリアにとっても王子は愛する存在。必死に自身を求める王子に、「はい」と言ってしまいたい欲望に抗わなければいけません。
マリアは、王子のあまりにも強い思いに応えることができない苦痛に、夜な夜な泣き明かしました。ついには従者でありながら、主君を愛してしまった自身を恨めしく思ってしまうほどでした。
――マリアはある日、辺境に住む魔女のもとを訪れました。
「おやおや、ずいぶんと美しい騎士様がいらっしゃいましたねえ。どのような御用件でこのような辺鄙な地に来られたのかね?」
王子との叶わぬ恋を終わらせる覚悟を決めたマリアは、すべての事情を話しました。王子とマリアの恋慕。それが叶わないことであるということ。
「あなたには、フーロッグ殿下が抱いてくださっているわたしへの思いをすべて忘れさせていただきたい」
今にも泣きだしてしまいそうな潤んだ瞳で、それでいて力強い声で、彼女は魔女にお願いしました。
(ふむ、できないことは無い。じゃが、ただ記憶を消してしまうだけでは面白くないねぇ……。ちょっとしたお遊びでもしようかねえ。どれ、あの王子を隣国の姫さまとでも結ばせてやろう。それも、この小娘の目の前でね。ひひひ)
下卑た笑いを浮かべながらも、魔女はマリアの願いを叶えることを承諾します。
魔女は、何か呪文を唱えたかと思うと、たちまち王子をカエルの姿へと変えてしまいました。
「わしはこの『カエルの王子』を、隣国にある小さな池に離す。これも儀式のうちじゃ。安心なさい、そう長い呪いではないよ。王子がカエルからもとの人間に戻った時、お前に抱いていた恋心は消えておる。お主は王子が人間に戻ったらすぐに迎えに行かなければいけないよ。でなければまた王子の記憶が戻ってしまうからね。すぐに迎えに行くのじゃよ、ハインリヒ殿。ひひひ」
王子の記憶を消したことは信実です。しかしそれ以外の魔女の言葉は、すべてマリアの目の前で隣国の姫と王子が結ばれるさまを見せつけるための嘘でした。
――その後、フーロッグ王子の忠実なる騎士マリア・フォン・ハインリヒは、魔女の言いつけ通り、カエルから人間へと戻った王子を迎えに行きます。
彼女は自分のことをすっかり忘れてしまった王子を悲しく思いながらも、鉄の兜で涙を隠し、王子と隣国の姫君との婚姻を祝福しました。
そう。王子に幸せでいてもらうことこそが、ハインリヒにとって唯一の本懐なのでした。
おしまい
あらすじにも書いた通り、以前投稿したものに修正を加えたものです。
なかなか読みやすい文章というものが書けない^^;
自分なりに納得できていない部分もあるので、また修正を加えたりするかもしれません。その時は再度投稿という形ではなく、今回のものを修正する形にさせていただきます。