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老いた愉しみ

作者: 絵之守空

最近ふらふらすることが増えた。

危険なことだとは分かっているんだけど、流石に仕方がない。先立つものがなければ何にも出来ないからな。

ただ少々やりすぎたのか、周りの警戒がキツイ。

うーん、最初はチンピラ面した奴だけ狙ってたのを、急にリーマンまで対象に入れたのはまずかったかなぁ。

だからと言って女の子を襲いたくもないしなぁ。あぁなかなか難儀だな。人の財布を奪って糊口をしのぐ生活も悪くないと思っていたんだけど。

今じゃうす暗くなったら人の気配さえしやしない。うろついてた警官襲った後くらいからは特に。

失敗だったかなぁ。あれ財布すら持ってなかったしなぁ。抵抗も激しかったし。

そんなことを考えながら歩く。特にあてもないからか、どうしてもチンピラ風情のいそうな場所を目指してしまう。学校付近やゲーセン、良くわからない怪しげな店。ひたすらふらふらとしている。どうしたチンピラ君よ。お前らまで俺にビビってんのか?「殺人鬼なんているわけねーよな」みたいな発想してないのか?

いかんな。どうも腹が減ると発想が短絡的になるらしい。ポケットには近所で拾った梅が入ってはいるが、食えたものではなかった。食えなければ塩漬けに、とか言う暇もやる気もない。

気付いたら学校前に来ていた。せっかくだから敷地の中で一服でもしよう。特になにが障害になっているわけでもないので、さらっと門を乗り越える。

堂々とそびえる校舎を見上げながら、ポケットに手を伸ばす。吸いかけの煙草を手に取り、加えて火をつける。何か感慨があるわけではないがため息が出た。

何回紫煙を吐き出しただろうか、持っていた煙草が尽きた。生まれ育った地を離れようとして、通った学校で煙草を吸う。この状況が、俺に何かをもたらしているのかもしれない。さて、この校舎にも別れを告げよう。何気なく声に出して、言う。

『じゃあな』

声がダブったと思った刹那、俺は地に伏していた。何が起こったのかはよく分からないが、うめき声に聞きおぼえがある。いつかの警官だ。そうか、俺は殺しきれてなかったのか。あの出血量から復活するとは。

頭がぼんやりして、何もかもがどうでもよくなってくる。警官がぶつぶつ言っているが、既にもう耳には入らない。

俺をひっくり返し、上を向かせた。じっとこっちを見つめて、それから何を思ったか、近くに穴を掘り始めた。

そうか。いくら警官でも、そしていくら俺が悪人でも、殺しが見つかったら大変だもんな。そりゃ俺を消そうとするわな。

成程。えらく物分かりがいいな、俺。何でだろう。世の中良くわからん。理不尽だし。まぁ俺も理不尽を押し付けたし。

おい引きずるな。痛い……ことは無いな。まぁ、いいか。あー。そうか。最後に見るのはスコップか。


**


この地に根をはって早数十年。私はこの光景を何度も見ている。毎朝にぎやかに、大志を抱くべき少年少女が歩いて行くのだ。今日は寒いからか、もこもこした服装が目だつ。校則は大丈夫か?なんて私がいえた話じゃないな。ただ、楽しそうに話をしながら歩いてくるのも、必死な形相で駆け抜けていくのも、定時になって金属音を響かせ始めたり、管楽器を鳴らしたりしているのを見るのも、私は好きだ。春先に真新しい制服に着られながらやってきて、徐々になじませて、最後に胸を張って出て行く。ただ、そうして出て行ったあとは、せっかく毎日来ていたのに、二度と来ない事が多いのだが。

見なくなるといえば、私を含め、仲間たちは頭のところはさみしくなっている。さみしくなる気配のない奴もいない事は無いのだが。理由を聞いてみたが、体質的なものらしい。ただ、私はそれをうらやましいとは思えない。彼には出来ない、私に出来ることがあるのだ。それを失うなんて考えられない。だから、私はさみしい頭で一時期を耐える。この耐える期間。そう、ちょうど、まっさらな制服が来る直前、着古した制服が出ていく季節。それが一番大事な季節だというのは、吸い上げたモノからもうかがえる。そう、私は大きく花を咲かせるのだ。そのための準備を、今この時期を耐えながらする。吸い上げたモノからきれいな色を感じ取って、具体的には、"彼"が死ぬ前、良く見ていた鮮やかな紅を。

私がこの地に根を張って数十年。彼のおかげで出すことのできる色が、いろんな人に喜ばれる。いろんな人が胸に残して去っていく。いろんな人が、いろんなことを思いながら、この花を眺める。私にはそれが、この上なくうれしいことなのだ。

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