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第7章

「のう、クレアノンしゃん」

 オリンが丸い目をパチクリさせた。

「クレアノンしゃんは、ほんまに竜なんかの?」

「ええ、竜よ」

「だったらの」

 オリンはにこにこと笑った。

「竜の姿に、なってみてくれんかの? ぼくの、まだ、竜って見た事ないんや」

「あら、見たいの? そうね、ここには今、あそこの馬車の中以外には人もいないみたいだし――」

 クレアノンは小首を傾げた。

「――パーシヴァル」

「お呼びでしょうか?」

「うひゃ!?」

 スルリと虚空からすべり出て来たエリックの使い魔のパーシヴァルに、オリンがびっくりした声をあげる。

「結界をはってもらえる? オリンさんがね、私が竜になったところを見てみたいんですって」

「かしこまりました」

 もちろん、クレアノンはパーシヴァルの力を借りずとも、川原に突如出現した巨大な黒竜を見て、周りの人間が度肝を抜かれたりしないようにすることは出来る。しかしクレアノンは今、他人に――他者に任せることの出来る仕事は、出来るだけ他者に任せるということを、覚えようとしていた。

 クレアノンは、他者と生きる方法を、少しずつ学びつつあった。

「ただ、クレアノンさん」

 パーシヴァルは、オリンのほうをちらりと見やった。

「昨日オリンさんと会ってわかりました。オリンさんは、結界破りです。私の結界の魔術が、体質的に、非常にききにくいか、それどころか、無効にさえなってしまうような生まれつきの人です。私の生まれた故郷の世界にも、そういう人はまれにいましたが、どうやらこちらの世界にも、そういう人はいらっしゃるようです。ですからその、私の結界だけでは、もしかしたらあるいは――」

「あら――なるほど。わかったわ。あなたの結界の穴をふさぐようにしてあげる。エリック」

「アイアイ、なんスか?」

「あとで、三人でこの事について話しあいましょ。いつかそのことが、ちょっと問題になってくるかもしれないし」

「つってもクレアノンさん、結界破りなんて、そんなめったにいるもんじゃないッスよ。オレ、マスターの世界の結界破りっつったら、えーっと――マスターのしもべだった何十年かの間で、全員あわせてもヒトケタしかしらねーッスよ?」

「物事は、常に最悪の事態を想定して備えておくべきよ」

「まったくそのとおりです。お手数をおかけしてしまい、申しわけありません」

 パーシヴァルが、深々と頭を下げる。

「……ぼくの話をしとるんか?」

 オリンがきょとんと首を傾げた。

「ぼく、なんかしたかの?」

「ああ、ええとね、オリンさんには、ここにいるパーシヴァルが使う魔法が、生まれつき、ものすごくききにくいみたいなのよね」

 と、クレアノンがオリンに説明する。

「……ほぅん?」

 オリンが再びきょとんと、先ほどとは反対側に首を傾げた。

「それやとぼく、クレアノンしゃんが竜になるところを見られへんのかね?」

「あら、そんなことはないわ」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「それじゃあパーシヴァル、お願いするわね」

「クレアノンさん」

 パーシヴァルはチラリと、装飾過剰な巨大な幌馬車のほうを見やった。

「あの馬車も、結界の中に入れますか?」

 それはすなわち、馬車の中にいる人々に対しても、黒竜に身を変じた――というか、もともとの姿に戻ったクレアノンのことを、見せるかどうか、ということだ。

「そうね――」

 クレアノンは少し考え、ついで、いたずらっぽくニヤリと笑った。

「そうね、見せてあげましょう。私の竜としての姿を。なかなか面白い話のきっかけになりそうだし、それに、竜になった私の姿を見た時の反応で、いろんなことがわかりそうだわ」

「なるほど」

 パーシヴァルは大きくうなずいた。

「では――」

 パーシヴァルの片手が複雑な形に空を切り、唇がかすかに動く。声には出さず、何かを唱えているらしい。

 次の瞬間。

 空気が。

 揺れ。

 張りつめ。

 渦巻き。

 そして。

 遮断、された。

「――結界完成です」

「ありがとう」

 クレアノンは、鷹揚にパーシヴァルにうなずきかけた。

「それじゃあみんな、ちょっと下がってもらえるかしら?」

「はい」

「わかりました」

 オリンをのぞく者達は、すでに、クレアノンの本当の姿――巨大な黒竜の姿を目にしている。

 だからみんな、大きく後ろに下がった。

「おりょ? そんなにさがらなあかんのか?」

 オリンがあわてたように、飛び跳ねるような独特の歩きかたでみんなの後を追う。サバクトビネズミ族の獣人オリンの歩きかたはいつも、歩くというよりはピョコピョコと飛び跳ねているといったほうがいいような、一種独特のものだ。

「そうね、そんなところで大丈夫だと思うわ」

 クレアノンは大きく笑った。

「それじゃあ、いくわよ。オリンさん、あんまりびっくりしないでね?」

「だいじょぶやあ! ぼくかての、栄光ある、オルミヤン王国のニルスシェリン大陸探検隊の一員やあ!」

 オリンが、小さな体を精一杯大きくふくらませて、堂々と胸をはる。

「だったら大丈夫ね。――いくわよ」

 クレアノンは、特に何か、特別な呪文を唱えたり、何らかの身振りをしたわけではない。強いて言うなら、大きく息を吸い込んだだけだ。

 その、吸い込んだ息を吐き出すのと同時に。

 周囲の空気が、大きく揺らいだ。いや――物理的な意味では、空気は動いてはいないのだ。だが、クレアノンのまわりにいた者達はみな、まるで暴風雨の中に裸で立っているかのような、凄まじい風圧を自分の身に感じていた。

「…………!?!?!?」

 オリンは、そのつぶらな瞳がこぼれんばかりに大きく目を見開き、のどの奥から胃袋の中身まで見えてしまうのではないかというほどに大きく口を開けた。

「おお、さすがッスね」

 エリックが、のんきにパチパチと手を叩いた。

「いつ見てもやっぱり、サイッコーに、ド迫力ッス」

「……やっぱり、びっくりしちゃった?」

 巨大な黒竜の口が大きく裂ける。どうやら、竜なりの笑顔、らしい。声だけは人間の姿だった時のクレアノンの時と全く変わらずにいるから、逆にものすごい違和感がある。黒曜石の輝きで全身を包む漆黒の鱗。純白に美しく輝く牙。銀色に輝く、人間とは異なる形の瞳孔を持つ瞳。長い尾をゆったりと体に巻きつけた、全体的にがっちりと骨太な、竜を見慣れたものから見れば(といってもまあ、そんな者などめったにいはしないのだが)その四肢の強靭さと、翼の小ささとが容易に見てとれる、長い年月を経てきた、大地に生きる悠揚たる黒竜の姿がそこにはあった。

「…………うわあ」

 オリンの口から、ほとんど厳粛といってもいいような声がもれた。

「ぼく――ぼく――こ、この探検隊の一員で、よかったよ――」

「ありがとう」

 クレアノンが再び、竜の微笑を浮かべた瞬間。

 装飾過剰な幌馬車の中から、いくつかの人影が転がり出てきた。




 装飾過剰な幌馬車から、真っ先に飛びだして来たのは、

「オ、オリンちゃん、だ、大丈夫!!?」

 しなやかで強靭な肉体を持つ、豹の獣人、女戦士ナルアであった。

 ついで。

「待つのであるな、待つのであるな! わ、吾輩にあてさせるのであるな!!」

 燃えるような赤毛を四方八方にとっちらかせた、ずんぐりむっくりのホビットの女性だった。短い足を懸命に動かし、まさに転がるように川原を走ってくる。

「だいじょぶやあ、ナルアしゃん。あのな、クレアノンしゃんな、ぼくがお願いしたから竜の姿になってくれたのやで」

 ナルアのたくましい腕に抱きあげられたオリンが、のんびりと言う。

「ああッ!? な、なんで言ってしまうのであるか!?」

 ホビットの女性は、がっくりと肩を落とした。

「あ、あなたに言われなくても、吾輩知っていたのであるな! そ、そこにいらっしゃる黒竜は、ディルス島出身の、クレアノンさんなのであるな!」

「やからさっき、ぼく、この人クレアノンしゃんやって言うたやんか。あ、人じゃなくて、竜やったの、うん」

「だから!」

 ホビットの女性は、悔しげにじだんだをふんだ。

「あなたに言われる前から、吾輩はそのことを知っていたのであるな!!」

「あら、それは光栄だわ」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「私、意外と有名だったのね」

「セティカの情報網を、甘く見てはいかんのであるな!」

 ホビットの女性は、大きく胸をはった。

「……ところで」

 ホビットの女性は小首を傾げた。

「吾輩は、あなたのことを知っているのであるが、あなたは吾輩のことをご存知であろうか?」

「知っている――と、思うけど」

 巨大な黒竜もまた、小首を傾げた。

「あなたは、ホビットの社会学者、パルロゼッタ・ロディエントさん――でしょう?」

「おお」

 ホビットの女性――パルロゼッタの小鼻が、プクンとふくらんだ。

「吾輩も、これでなかなか有名なのであるな!」

「そして、セティカの勧誘部隊長さん――でしょう?」

 クレアノンはクスクスと笑った。その笑い声は人間の女性のものなのであるが、小刻みに身を震わせているのがどこからどう見てもまぎれもなく巨大な黒竜である、ということになると、これはどうも――これは、なかなか――。

「そ、その――ク、クレアノンさん、と、お呼びすればいいんだろうか?」

 ナルアがいささか、気後れしたように問いかけた。

「ええ、それでいいわ。あなたは――ナルアさんね? エリックとパーシヴァルから話は聞いているわ」

「あ、ああ、そうか。そ、その、クレアノンさん、厚かましいことをお願いするようで申しわけないのだが――」

 ナルアは目を白黒させながらクレアノンを見あげた。

「もう少し、その――その、なんというか、気軽に話が出来るような姿になっていただけないだろうか? い、いや、あなたに私達を襲うつもりなど毛頭ないことぐらいはわかるのだが、どうもその、職業柄というかなんというか、その、ここまであからさまな脅威が目に見えていると――」

「あら、ごめんなさい」

 クレアノンが竜身に変じた時よりは、いささか軽やかで、クルクルと渦を巻くような風が吹いた――ように、その場にいた皆には感じられた。実際には、物理的な風が吹いたわけではないのだが。

「――これでいいかしら?」

「ああ、ありがとう。わがままを言って申しわけない」

「別にわがままとは思わないわ。あなたがたからすれば、当然な感じかただと思うし」

 人身に変じたクレアノンは、ナルアに向かってにっこりと笑いかけた。

「改めまして、こんにちは。初めまして。私はクレアノン。竜族、ディルス出身の、黒竜のクレアノンよ」

「――こちらこそ、初めまして」

 ナルアは、そのたくましい腕の中のオリンをそっと下におろし、ナルアに向かって深々と頭を下げた。

「私の名は、ナルア・シェガリアン。オルミヤン王国より派遣された、ニルスシェリン大陸探検隊の隊長を務めている。以後、どうぞ昵懇に頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いするわ」

「むむ、むむ、研究対象が、新たなる研究対象と、接触、および交流をはじめようとしているのであるな」

 パルロゼッタが、その緑に金の斑点を散ばせたような瞳をキラキラさせて、クレアノンとナルアとを等分に見やった。

「いやあ、これは、吾輩これから忙しくなるのであるな!」

「ああ、パルロゼッタさん、そう言えば、聞きたいことはもう他にはないのか?」

 ナルアが、パルロゼッタからわずかに身をひくようにしながらそう問いかける。

「とんでもないのであるな!」

 パルロゼッタは、飛び跳ねるようにしてナルアの顔をのぞきこんだ。いや、実際、ナルアよりかなり背の低いパルロゼッタからすれば、自分の身長の半分かそれ以上は飛び上がらないと、ナルアとまともに目をあわせることが出来ないのだ。

「まだまだ序の口に決まっているではないではあるか!!」

「そ、そうか」

 ナルアははっきりと一歩、パルロゼッタから身を引いた。

「だ、だったら申し訳ないが、この続きは、また日を改めて、ということにしてはいただけないだろうか? ほ、ほら私、隊員達おいてきちゃったし! あ、あいつら、ほったらかしとくといったい何しでかすかホントに心底わかんない連中だからいやほんと!!」

「ああ、それは、ナルアしゃんの言う通りやね」

 オリンが大きくうなずく。

「あいつら、虫より馬鹿なくせに、無駄な行動力だけは三日三晩大安売りの大売り出しをやっても品切れにならんほど持っとるからね。二日酔いでうなっとる時ならまだしも、酔いがさめてナルアしゃんがおらんかったら、何やらかすかほんまにわからんからね、うん」

 言いながらオリンが、何度も大きく、そのまるく、ふかふかと毛の生えた頭をうなずかせる。

「…………ほんとに、そうだね」

 ナルアは、深々とため息をついた。

「じゃあ――」

 言いかけ、ナルアは、クレアノンを見やって大きく息を飲んだ。

「…………ええと」

「何かしら?」

「あ、あなたは――りゅ、竜、なんですよ、ね?」

「ええ」

 クレアノンがうなずく。

「…………生まれて初めて竜と出会ったというのに」

 ナルアは大きく天を仰いだ。

「何を手ぶらで帰ろうとしているんだ、私は」

「そうそう、そのとおりであるよ」

 パルロゼッタは我が意を得たりとばかりにうんうんとうなずいた。

「せっかくこんなに面白い面々が顔をそろえたのであるよ。みな腰を据えて、じっくりと語りあうがよいのであるよ、うん」

「…………アア、ナントイウコトデショウ」

 エリックが、奇妙な片言でつぶやいた。

「正真正銘、アクマデ悪魔ノえりチャンガ、周リノきゃらノアマリノ濃ユサニ…………」

 エリックは、大きく息を吸い込み――。

「っだああああああああッ!! そ・ん・ざ・い・か・ん・の、アッピ~~~~~イイイィィィイイル!! を、しなきゃやってらんねえええええええッス!! みっなさーん、エリちゃん、エリちゃん、エリちゃんをお忘れなく!!」

「……忘れるもなにも」

 パルロゼッタはきょとんとエリックを見つめた。

「吾輩そもそも、あなたのことをまるっきり知らんのであるな」

「…………すみません、ほんとに。あんな変な男で」

 エリックの後ろでは、パーシヴァルが、ポカンと状況を見つめる、ユミルとアレンに深々と頭を下げていた。

「あれで悪気はないんです、い、一応」

「むむ、そちらのかたがたのことも、吾輩まるで――」

 言いかけパルロゼッタは、大きく息を飲んだ。

「……ゆ、行方不明になっていた、イェントン家のユミル氏ではないか!?」

「…………ええ、そうですよ」

 ユミルは静かにうなずいた。

 川原を、一瞬の沈黙が包み込んだ。




「――で」

 パルロゼッタは、くるりとこうべをめぐらせて、アレンとエリックとパーシヴァルとを見つめた。

「そっちの三人は、いったいどこのどなたなのであるかな? 吾輩の――いや、セティカの情報網を持ってしても、いまだ情報が不足しているのであるな」

「はっじめましてー! 悪魔のエリちゃん、エリック・レントでえ~っす❤」

「初めまして。エリックの使い魔を務めております、パーシヴァル・ヴァラントと申すものです。以後、どうぞお見知りおき下さい」

「私――私はええと――私はその、アレン、と申します。私はその――私はその、ええと、その――」

 アレンは困りきった顔でパルロゼッタを見つめた。

「アレンは、私の妻です」

 ユミルが即座に、キッパリと答えた。

「……セティカの情報水晶を、更新しておかなければならんのであるな」

 パルロゼッタはボソリとつぶやいた。

「オホッ? 『更新』? おお、なんたるちあ、サンタ・ルチア、『更新』、となとな? ああ、なんとなつかしくかぐわしく魅惑的な響き!!」

 エリックが大仰なおどけた身振りで、ひどく楽しげにパルロゼッタの前に躍り出た。

「ああもしかしてひょっとして、オタクもやっぱし、『情報』なんていう得体の知れない化け物に、いろんなものを賭けちゃう系?」

「むむ」

 パルロゼッタは、目をむいてうなった。

「そんな事を言うということは、あなたもまた、情報に魅入られたものの一人なのであるな!?」

「トーゼントーゼン、リノ・トウゼン!」

 エリックは楽しげに、ケラケラと笑った。

「悪魔なんてねオタク、一人のもれなく情報マニア、新着情報中毒ッスよ!!」

「むむむ、あなたの言っていることは、どうもさっぱりわからないのであるが」

 パルロゼッタは、キラキラとその、緑に金の斑点が散った瞳を輝かせた。

「なんだか面白そうなのであるな! 吾輩、まだ、悪魔の社会については全く研究を進めていないのであるな! ええと、エリックさん、であったか? あなたこれから、吾輩に、悪魔の社会についていろいろと教えてくれないか? 吾輩とても、教えて欲しいのであるよ!」

「アララン、そんな事まともにやってたら、オタクの寿命が終わっちゃうッスよ?」

 エリックはケタケタと笑い転げた。

「……むむむむむ」

 パルロゼッタは、悔しげに大きくうなった。

「吾輩思うのであるが、吾輩達の寿命は短すぎるのであるよ!」

「……」

 この場では、おそらく唯一の純血の人間であるユミルが、どう答えようもなく目を白黒させる。確かに、パルロゼッタ属するホビット族は、エルフ族などと比べれば、寿命の短い種族だ。だが、人間は、そのホビット族よりさらに、寿命が短い。

「では、あなたのことはいったん置いておくのであるよ」

 パルロゼッタは、いささか名残惜しげにエリックに一瞥をくれ。

「――それで」

 クルリとアレンに向きなおった。

「あなたはいったい、なんなのであるか?」

「ですから、アレンは、私の妻――」

「それは、理解したのであるが」

 パルロゼッタは、チラリとユミルをにらんだ。

「それがすべてではないであろ?」

「…………はい」

 アレンが静かにうなずいた。

「私は、元は――ファーティスの、対大軍用――魔法、兵器、です――でした――」

「…………」

 パルロゼッタは、大きく息を飲んだ。この大陸に来て、まだ間がないナルアとオリンは、事情がよくわからず、きょとんとしている。

「…………ユミル氏」

 パルロゼッタが、上目づかいにユミルを見つめた。

「それは本当のことであるか?」

「ええ。そして、イェントンの当主も、すでに私達のことをご存知です。――認めて下さった、とまでは、今はまだ、申し上げることが出来ませんが」

「…………吾輩の手には、いささか余るのであるな」

 パルロゼッタは、ポリポリとこめかみをひっかいた。

「セティカの代表会議を、招集せねばいかんかもしれんのであるな」

「あなたがたが、私達をいったいどうしようというんです?」

 ユミルはギロリとパルロゼッタをにらみつけた。

「そんなに怖い顔をしてはいかんのであるよ、ユミル氏」

 パルロゼッタは、ゆらゆらとかぶりをふった。

「物事を難しく考えすぎるのも、悪いほうへ悪いほうへ考えすぎるのも、どちらもあまりよいことではないのであるよ。ユミル氏は、吾輩の仕事をご存知ないのであるか?」

「社会学者さんとうかがっておりますが?」

「ああ、そっちではないほうの仕事のことであるよ」

「え――」

 ユミルは一瞬、絶句した。

「セ――セティカの勧誘部隊長!?」

「であるよ」

 パルロゼッタは、大きくうなずいた。

「まあ、これほど大事となると、吾輩の独断というわけにもいかんのであるがな。どうであるかアレンさん」

「え?」

 急に話をふられたアレンが、驚いて目を白黒させているうちに。

「あなた、セティカの一員になってみる気はないのであるか?」

 パルロゼッタは、サラリと言ってのけた。

「え――え!? わ、私がセティカの一員に、ですか!?」

「悪い話では――」

「悪い話ですよ!!」

 ユミルが悲鳴を上げた。

「だ、だってあなた、セ、セティカになったら結婚を禁じられるんですよ!?」

「ええッ!? そ、それは困ります!!」

「……誤解があるのであるな」

 パルロゼッタは、大きく肩をすくめた。

「結婚を禁じられるのは、罪の免責と引き換えに、セティカになる人だけであるな。ある一定の権利を剥奪される事によって、罪の償いとするために、そういうことをするのであるよ」

「――では、私も結婚を禁じられるんですね」

 アレンは唇を噛んでうつむいた。

「私は――罪人、ですから――」

「違うのであるな」

 パルロゼッタは、キッパリと言い放った。

「何を言っているのであるかアレンさん。戦場における敵兵の殺害は、全て罪や罰の対象とはならない殺人行為なのであるな。軍人とは要するに、兵士とは要するに、ある特定の状況下において、合法的な殺人が行える、職業集団のことであるな。つまり要するに――」

 パルロゼッタは、ビシッとアレンの鼻先に指を突きつけた。

「あなたは、戦場からの脱走と、亡命という罪をファーティスに対して犯しているのかもしれんのであるが、このハイネリアに対しては、今のところ、なんの罪も犯してはいないのであるな!」

「……パルロゼッタさん、それは理屈です」

 ユミルがため息をつきながら言った。

「みんながみんな、あなたの理屈で納得してくれるわけではないでしょう」

「それはそのとおりであるな」

 パルロゼッタはうなずいた。

「しかし、そうおかしな理屈でもないであろ? セティカの連中のなかにはな、もっととんでもない屁理屈を自在に操るやつらが、いっくらでもいるのであるよ。で、あるからな、アレンさん」

 パルロゼッタはにっこりと、アレンに向かって笑いかけた。

「あなたがセティカの一員になれば、同じ仲間の吾輩達が、理屈と屁理屈と、それに、それ以外のいろいろで、あなたを守ってあげるのであるよ!!」

「え――」

 息を飲むアレンと。

 にっこり笑うパルロゼッタと。

 驚いて、その二人を等分に見やるユミルとを。

 クレアノンは、目を輝かせて見守っていた。




「……ええと」

 アレンは、困った顔でユミルのほうを見やった。

「ええと――ど、どうしましょう、ユミル?」

「この場ではなんの返事もしないで下さい、アレン」

 ユミルは、アレンを自分の背にかばった。

「パルロゼッタさん、申しわけありませんが、上の者と相談する必要がありますので、この場でのご返答は致しかねます」

「であるか。それで、『上の者』というのは、イェントン家当主の、ザイーレン氏のことであるか? それとも――」

 パルロゼッタは、ヒョイとクレアノンのほうを見やった。

「そこにいらっしゃる、黒竜のクレアノンさんのことであるか?」

「私は、ユミルさんの、『上の者』なんかじゃないわ」

 クレアノンは、ゆっくりとかぶりをふった。

「私とユミルさんとは、仲間、それとも、友達どうしよ。私がユミルさんの上に立っているわけじゃないわ」

「であるか。ということは必然的に、『上の者』とは、ザイーレン氏ということになるのであるな。なるほど」

 パルロゼッタはコクコクとうなずいた。

「まあ、今この瞬間に返事をしてくれなくてもよいのであるよ。そのかわり、吾輩が――セティカがそういう申し出をした、ということは、覚えておいてほしいのであるよ、うん」

「ねえ、パルロゼッタさん」

 クレアノンが口をはさんだ。

「申しわけないけど、お話が長引くようなら、そこにいるアレンさんを、どこかに座らせて、休ませてあげたいんだけど。アレンさんはね、いま、妊娠の初期で、とても大切にしなければいけない時期なのよ」

「おお、それはそれは、吾輩としたことが!」

 パルロゼッタは飛び上がった。

「気がつかなくてすまん事をしたのであるよ。ではでは、みなさま……」

 と言いかけ、川原に集う大人数に、パルロゼッタはちょっと目をむいた。

「……あー、ここにいる全員が、吾輩の移動書斎に入るというのは、ちと無理があるのであるな。えー……どうするべきであるかな……」

「だったら、パルロゼッタさん」

 クレアノンはにっこり笑った。

「私の家に、ご招待したいんだけど、あなたのご都合はよろしいかしら?」

「おりょ? クレアノンさん、このハイネリアに、家なんか持っているのであるか?」

「ええ。ついこのあいだ、新築したの」

「むむ、であるか。それでは喜んでお邪魔するのであるよ。この移動書斎も、一緒に持って行ってもいいであろうか?」

「そこの幌馬車のこと? ええ、いいわよ。庭に置いておけばいいわ」

「であるか。それはありがたいのであるな。アスティン!」

 パルロゼッタが、幌馬車に向かって叫ぶや否や。

『なんだ?』

 伝声管のようなものを通したとおぼしき、いささかくぐもった声が幌馬車から響いた。

「こ、この騒ぎの中、いまだに幌馬車からおりてきていない人がいたんですか!?」

 ユミルがあっけにとられた声をあげる。

「ノームのアスティンであるな。吾輩の、秘書兼助手兼、移動書斎の運転手であるな。おお、そしてもちろん、友人でもあるのであるぞ」

「な、なるほど」

『どうした、用を言え、パル』

「移動であるな。吾輩達はこれから、黒竜のクレアノンさんの御宅に、お呼ばれするのであるな!」

『何人乗るんだ、パル』

「ああ、ええと」

 パルロゼッタは、クルリとあたりを見まわした。

「ううむ、妊婦さんは、やはり乗せてあげるべきであろうか。しかし、乗り物の揺れが、妊婦さんの体にさわってもいかんであるしなあ――」

「あ、ありがとうございます、パルロゼッタさん。わ、私なら大丈夫です。歩いて帰れますので」

「であるか。では他に、乗りたい人はいるのであるか?」

「ぼく、乗りたいなあ」

 サバクトビネズミ族の獣人、オリンがのんびりと手をあげる。

「オリンちゃんが乗っていくなら、私も乗っていく」

 豹の獣人、ナルアもオリンに続く。

「あー、オレとマスターは、空間転移していったほうが早いッスね」

「そうだな」

「んじゃ、クレアノンさん、お先に~」

 エリックがヒョイと虚空に消える。

「クレアノンさん、ハルディアナさん達にお伝えして、用意をしておいていただきましょうか?」

「そうね、お願いするわ」

「ユミルさんの素性は、まだハイネリアの人達に対して隠す必要がありますか? でしたら私、連絡を終えたらすぐに戻って結界をはりますが」

「なに、そんな必要はないのであるよ」

 パルロゼッタがニヤニヤと口をはさんだ。

「ユミル氏は、吾輩の移動書斎に乗っていけばいいのであるよ。ギリギリ、それくらいの余裕はあると思うのであるな」

「…………ご招待にあずかりましょう」

 数瞬のあいだに、様々な考えをめぐらせたらしいユミルが、わずかに顔をしかめてうなずく。

「うむうむ、そうするがよいのであるよ」

 パルロゼッタがうれしそうに揉み手をしながら何度もうなずく。

「ああ、忘れてたッス」

 そのパルロゼッタの目の前に、なんの前触れもなくエリックが出現した。

「ドヒャ!? ビ、ビックリしたのであるよ!」

「あ、ゴメンチャイ。あのねー、エリちゃん忘れてたッス。――はい」

 エリックは虚空から、色とりどりの花を束ねたかわいらしい花束と、様々なケーキを何種類も乗せた大皿を取り出してみせた。

「パルロゼッタさんにプレゼント――っと、贈り物ッス❤」

「え――吾輩に、であるか?」

「そうッス。お近づきのしるしッス♪」

「……わあ」

 パルロゼッタは目を輝かせた。

「吾輩ひさしく、こんな素敵な贈り物をもらったことがないのであるよ! エリック氏、これは、悪魔の魔法で生みだしたものであるか? 時間がたつと、霞になって消えてしまったりするのであるか?」

「いやあ、大丈夫ッス。いきなり消えたりはしないッスし、体に害もないッス。まあ、その、この世界の物じゃ、ないっちゃないんスけど」

「――であるか」

 パルロゼッタは、本当にうれしそうに微笑んだ。

「それは何よりであるよ! そんな素敵で珍しい贈り物をもらえる者なんて、まずめったにはいないのであるよ!」

「気に入ってくれたんならうれしいッス」

「すっごく気にいったのであるよ!」

『――おい、パル』

 幌馬車――いや、パルロゼッタ言うところの、移動書斎からアスティンの声が響いた。

『いつ移動するんだ? 俺のほうの準備はもう出来たぞ』

「ああ、アスティン、今行くのであるよ」

 ロゼッタは、移動書斎に向かってヒラヒラと手をふってみせた。

「ありがとうであるよエリック氏。吾輩とってもうれしいのであるよ」

「そらそらどーも❤ 何か、人の道を外れてでも、どーしてもかなえたい望みとかある時には、悪魔のエリちゃんにご連絡を❤ あ、もちろん、もっと気軽に、おやつでもつまむみたいな感覚で、チョイチョイッと契約結んで下さっても、ずぇんずぇんオッケーッスよ♪」

「こいつの口車に乗ってはいけませんよ、パルロゼッタさん」

 パーシヴァルは、ギロリとエリックをにらんだ。

「悪魔と契約を結んだ者の末路なんて、ろくなもんじゃありません」

「アララン、マスター、今の待遇にご不満でも?」

「一般論だ。だいたいエリック、今はおまえ、クレアノンさんと専属契約を結んでいるだろうが。よけいな脇道にそれるんじゃない」

「アイアイ、リョーカイ。んじゃ、ま、パルロゼッタさん、その気になったらいつでもご連絡下さい。待ってるッスよん❤」

「やめておいたほうがいいですよ。悪魔はね、人の倫理と論理がまるで通用しない存在なんですから」

「あなたは悪魔ではないのであるか?」

 パルロゼッタは首を傾げた。

「――つい最近まで、人間でしたからね。いささか忠告もしたくなるというものです」

「……であるか」

「そんじゃ、ま、行きましょっか、マスター」

「そうだな。それではみなさん、失礼いたします」

「まったね~♪」

 パーシヴァルとエリックが、ヒョイヒョイと虚空にかき消える。

「……なかなかに、面白いかたがたであるな」

 パルロゼッタは、軽く肩をすくめた。

「では、クレアノンさんとアレンさんは、歩いて帰るのであるか?」

「そうねえ」

 クレアノンは小首を傾げた。

「アレンさん、大丈夫? 無理はしないでね、ほんとに」

「大丈夫ですよ、クレアノンさん」

 アレンはにっこりと笑った。

「私、病気じゃないんですから。ハルディアナさんやエルメラートさんも、あんまりじっとして動かずにいすぎるのも、赤ちゃんにはよくないんだっておっしゃってましたし」

「そう? じゃあ、パルロゼッタさん、私達は歩いて帰るわ。パーシヴァルが、私の家にいる仲間達に連絡をしてくれているから、私の家で、みんなとおしゃべりでもしながら、少し待っていてくださる?」

「ナルアさんとオリンさんも、それでよいのであるか?」

「私に異存はない」

「ぼくもそれでええよ」

「であるか。では――アスティン! これからみんなが乗り込むのであるよ。よろしく頼むのである。――クレアノンさん」

「なあに?」

「御宅の住所を教えて欲しいのであるな」

「ええ、いいわよ」

 クレアノンは、住所を教え。

 かくしてみなが動き出す。




「あのねえエーメちゃん、あたしの気のせいじゃないと思うんだけど」

 ハルディアナはルティ茶を片手に、エルメラートにのんびりと話しかけた。

「クレアノンちゃんに会ってから、あたしのおなかの赤ちゃんの、大きくなる速度が上がってるような気がするんだけど、そういうことってあるのかしらあ?」

「あると思いますよ」

 エルメラートもまた、ルティ茶を片手に大きくうなずいた。

「もともと、ぼく達淫魔は、他の種族の影響をすごく受けやすいんです。ハルさんのおなかにいるぼく達の赤ちゃんも、ぼくから淫魔の血を受け継いでいますからね。クレアノンさんみたいな強大な力を持つ種族が――竜族がいつもそばにいれば、それは当然、影響を受けますよ」

「あらあ、じゃあ、赤ちゃん、ちょっと早めに生まれてくることになるのかしら?」

「そうなると思いますよ。ええと、ハルさん、赤ちゃんが急に大きくなりすぎて、苦しいとか気分が悪いとか、そういうことはありますか?」

「今のところないわねえ。ああ、強いて言うなら、ご飯がものすごくおいしくて、ついつい食べ過ぎちゃうのよねえ。いやだわ、これ以上おデブになっちゃったら、ますますエルフっぽくなくなっちゃう」

「いいじゃないですか。ぼくは、ふとった人が大好きです」

「真面目な話、大丈夫なのかしらあたし、こんなにパクパク食べてて?」

「大丈夫ですよ。おなかの赤ちゃんが、クレアノンさんからたくさん力をもらえるから、早く大きくなって外に出てきたがってるだけです。たぶんハルさんは、もうそんなに長いこと、妊娠していなくてすむと思いますよ。ハルさんの体に負担にならないんですむんなら、赤ちゃんはどんどん大きくなって、すぐに生まれてくると思いますから」

「あらあ、それじゃあ、生まれてからも、他の子より早く大人になっちゃうのかしらあ?」

「うーん、多少はそういうことになると思いますけど、おなかの中にいる時ほど極端に成長の速度が上がったりすることはないですよ。ぼく達淫魔が一番他の種族の影響を受けやすいのは、おなかの中にいる時――胎児の時ですから。大雑把に言って、若ければ若いほど、幼ければ幼いほど、他の種族の影響を受けるんです。さすがのぼく達も、大人になってしまえば、それなりに、自分というものが固まってしまいますから」

「なるほどお」

 ハルディアナは、おっとりとうなずいた。

「じゃあ、アレンちゃん達の赤ちゃんも、早めに生まれてきちゃうのかしらあ?」

「うーん、ぼく達の子みたいに、はっきりわかるほど早くは大きくならないかもしれませんね。アレンさんとユミルさんのお子さんは、ぼく達の子よりも、淫魔の血が薄いですから。でも、そうですね、いくらかは影響を受けるでしょうね、やっぱり」

「ねえ、エーメちゃん」

 ハルディアナはにっこりと笑った。

「もちろん、ライちゃんとも相談してから決めるんだけどね、クレアノンちゃんに、あたし達の子供の名づけ親になってもらう、っていうのはどうかしらあ?」

「ああ、それはいい考えですね!」

 エルメラートは、パッと目を輝かせた。

「ライさんも、きっと賛成する――ああ、でも、ライさんもしかしたら、ぼく達の子供の名前、もういくつも考えてるかもしれませんね!」

「あらあ、そしたら、その名前は、今度生まれてくる、二番目の子供の名前にすればいいのよお」

「なるほど」

 エルメラートはうなずき、クスッと笑った。

「今度の子供は、ぼくが生もうかなあ?」

「あら、いいんじゃない?」

 ハルディアナは鷹揚に微笑んだ。

「エーメちゃんは、子供の名前を考えたりはしてないのお?」

「ぼくは、生まれてきた子供の顔を見てから考えようと思ってたんです」

「ああ、そうかあ、それもいいわねえ」

「さて、と。そろそろぼく、ライさんと店番かわってあげないと」

「エーメちゃん、リヴィーちゃんとミラちゃんも呼んでらっしゃいよお。あの二人も、お茶にしたいでしょうから」

「ああ、そうですね、そうします」

 エルメラートは身軽く席をたった。ここは、クレアノンが、竜と悪魔の力によって、突貫工事で築き上げた、ハイネリアにおけるクレアノンの住居、兼店舗、『竜の本屋さん』の、居住区だ。

「ライさん、ぼくかわりますよ。お茶にしてきて下さい」

「ああ、ありがと、エーメ君」

 エルメラートの言葉に、店番をしていたライサンダーはにっこりとうなずいた。もっとも、『店番』といっても、クレアノンの店『竜の本屋さん』は、普通の本屋さんとはだいぶ違ったつくりになっている。見る者が見たら、きっとこう言ったことだろう。

 まるで図書館みたいだ――と。

「リヴィーさん、ミラさん、お二人もお茶に――」

 言いかけエルメラートは息を飲んだ。

「――これ、『リヴィー』」

「ふーん、その字、そう読むんだ。おれの名前?」

「そう」

「これは?」

「これ、『ミラ』」

「ああ、おまえの名前か。これは?」

「『クレアノン』」

「これは?」

「『ライサンダー』」

「じゃあ、ハルディアナとエルメラートもあるのか?」

「これ、『ハルディアナ』。これ、『エルメラート』」

「ユミルとアレンは?」

「これ、『ユミル』。これ、『アレン』」

 蝶化け――蝶の化身であるミラは、自分の体でつくりだす糸で、いつもレース編みをつくっている。このハイネリアに来て、ソールディンの当主、リロイの妻ダーニャに、自分でつくった糸ではない、誰かのつくった、他の人のつくった糸でだって、やっぱりレース編みをつくることが出来るのだと知ったミラは、それ以来、今までは白一色だったレース編みに、様々な色に染め上げられた糸を織り込み、美しい模様を編みあげることに夢中になっていたのだ。

 そして今、ミラはそのレース編みに、みんなの名前を――クレアノンの仲間達の、クレアノンの友達の、それぞれの名前を、美しく編みこんで、一枚の作品に仕上げていたのだ。

「ミラちゃん――読み書きが出来たんですか!?」

「いや、なんか、ここに来てから、クレアノンさんやハルさんが、みんなに絵本を読んで聞かせてやったりしてただろ? それをそばでずっと聞いてるうちに、いくらか自然と覚えちまったみたいなんだよな。クレアノンさんやハルさんも、少し教えてやってたみたいだし」

「へえ――」

「これ、『エリック』。これ、『パーシヴァル』」

 ミラは、細い小さな指で、かたわらの蜘蛛化け、リヴィーに、レースの上の名前を丁寧に指し示してやっていた。

「これ、『リリー』。これ、『黒蜜』。これ、『ジャニ』」

「おー、すげー」

「おい、リヴィー、ミラ」

「これ、『リロイ』――なに?」

「お茶だってさ。おまえらもお茶にするだろ?」

「おー、行く行く」

「ミラ、お茶、好き」

「んじゃ、エーメ君、悪いけど、店番よろしくね」

「はい」

 ライサンダーにかわって席につきながら、エルメラートは興味深げにリヴィーとミラ、特にミラを見つめた。ちなみに、『店番』といっても、ここでライサンダーやエルメラートやハルディアナが務める役割は、ほとんど図書館の司書、それも、児童図書館の司書のようなものだ。

「――ねえ、ライさん」

「ん、なに?」

「他の種族の影響を受けて変わっていくのは――ぼく達、淫魔だけじゃないんですね」

「何言ってんの、エーメ君」

 ライサンダーは苦笑した。

「そんなの、あったりまえだろ」

「そうですね」

 エルメラートはにっこりと笑った。

「そんなの、あったりまえのことでしたね!」

 ――エリックとパーシヴァルが、空間転移によって、お茶会の真っただ中にあらわれる、ほんの少し前の出来事である。




「――こうやって、二人っきりでお話するのって、もしかしたら初めてかもしれないわね」

 そう言ってクレアノンは、アレンに微笑みかけた。

「あ、そうですね。そうかもしれません」

 アレンもまた、にっこりとクレアノンに微笑み返した。

「――ねえ、アレンさん」

 クレアノンは、何気ない口調でたずねた。

「あなた、今、幸せ?」

「はい、とても」

 アレンはためらうことなくそう答えた。

「そう」

 クレアノンは、微笑みながらうなずいた。

「――本当は、いけないことなのかもしれません」

 アレンは、ポツリと言った。

「いけない? ――何が?」

「私が、『幸せ』になるのは――本当は、いけないことなのかもしれません」

 アレンはうつむいてそう答えた。

「え? ――どうして?」

 クレアノンは、心底不思議そうにそう問いかけた。

「――」

 アレンはしばらく、うつむいて歩を進め。

「――私は、たくさん殺しましたから」

 と、ポツリと答えた。

「あなたがいくら殺したって、白竜のガーラートが殺した人間の数の、足元にも及ばないわ」

 クレアノンはあっさりとそう答えた。

「――ごめんなさいね、アレンさん。あなたがそれを――人間を、たくさん殺してしまったことを、とても後悔している、というのは、私にもわかるの。でもね――私は、竜なの。だから――あなたの気持ちを、本当の意味で理解することは出来ないわ。あなたが苦しんでいる、ということを、理解することは出来るんだけど、あなたと同じくらいの強さで、胸を痛めることは出来ないの」

「――」

 アレンは無言でうなずいた。

「――あなたは、自分が、『殺した』から、幸せになってはいけないと思っているのね?」

「――」

 アレンは、再び無言でうなずいた。

「だったら、ねえ、アレンさん――」

 クレアノンの瞳が、一瞬銀色に光った。

「ユミルさんも、幸せになってはいけないの?」

「え!?」

 アレンは、はじかれたようにクレアノンを見つめた。

「ど、ど、ど、どうして!?」

「だって、『臨界不測爆鳴気』は、あなた一人の力で発生させたわけじゃないでしょう? ユミルさんの魔力がなければ、決して発生しなかったはずのものよ、それは」

 クレアノンは、淡々と語った。

「だから――ユミルさんも、殺しているのよ、たくさん」

「で、でも!」

 アレンは叫んだ。

「ユ、ユミルさんは、し、幸せになっていいんです! 幸せになって欲しいです!!」

「同じことをしたのにどうして、あなたは幸せになっちゃいけなくて、ユミルさんだったら幸せになってもいいの?」

「え――」

「ごめんなさいね。意地悪を言うつもりはないのよ。ただ――」

 クレアノンは、軽く肩をすくめた。

「ただ本当に、疑問に思ってしまっただけ」

「――」

 アレンは素直にうなずいた。

「――あなたのような心が、百分の一でも千分の一でもガーラートにあったら、あいつもきっと、あんなことはしなかったでしょうにね」

 クレアノンは、ひとりごとのようにつぶやいた。

「――それは、どうでしょうか?」

 アレンもまた、ひとりごとのようにつぶやいた。

「クレアノンさんがそうおっしゃってくださる――『心』を持っていても、私は――たくさん、たくさん――殺して、しまいましたから――」

「――それは私には、どうすることも出来ないわ」

 クレアノンは、静かな声でそういった。

「いかな竜族とはいえ、死者をよみがえらすことなんて出来ないわ。エリックの様な悪魔にだって――エリックよりも、もっと上位の悪魔にだって、そんなことは出来ない。ああ、それをやってのけることが出来るように見せかける悪魔、ならいるけどね。でも――それは、まやかしなの。『生き返らせた』んじゃなくて、そっくりに見えるものを、場合によっては記憶まで含めて、『新たに創りだした』だけなの。だから――あなたが、『殺した』事をいくら後悔していても、それは私には、どうすることも出来ないことなの。だって、私には、死者をよみがえらせることなんて出来ないんだから。だから、なんにもしてあげられないわ」

「――はい」

 アレンもまた、静かにうなずいた。

「――冷たいことを言ってしまったのかしら?」

 クレアノンは、少し不安げにアレンを見やった。

「もしそうだとしたら、ごめんなさいね。竜の考えかたと、あなたがた人間や亜人の考えかたとは違うから――」

「はい」

 アレンは、にっこりとクレアノンに微笑みかけた。

「わかってます。それに私、クレアノンさんが冷たいことをおっしゃっただなんて、ちっとも思ってません。――ありがとうございます。私の話を聞いて下さって。――ありがとうございます。私のことを――バケモノ、と、言わずにおいて下さって――」

「――化け物?」

 クレアノンは、きょとんと目をしばたたいた。

「アレンさん、どうしてあなたが、『化け物』なの?」

「――国では、そう呼ばれていました」

 アレンは、ポツリとそう答えた。

「ファーティスは――亜人嫌いの、人間純血主義の国です。淫魔の血のせいで、私の性別は子供のころ――ちっとも安定しなかったんです。ファーティスの人々にとっては、日によって、男になったり女になったり、男でも女でもない者になってしまう私は――ただそれだけで、気味の悪いもの、だったみたいです――」

「あら――だってそんなの、淫魔のかたがたのあいだでは、別に不思議でもなんでもない、ごく普通に起きることなのに。ああ、まあ、純血の淫魔だったら、アレンさんと違って、自分の意志で性別を選ぶことが出来るわけだけど」

 クレアノンは、心底不思議そうに首を傾げた。

「――それでもね、クレアノンさん」

 アレンはひどく――悲しげに、笑った。

「生まれた時から、人間しか知らない――人間ばかりが周りにいて、人間としか付きあったことのない人達からすれば――それは本当に――気味の悪い、ものだったんですよ――」

「――?」

「――クレアノンさんには、わからないかもしれませんね」

 アレンは、何かをふっ切ったような口調でそういった。

「でも、そうだったんです。それに私は――殺した後に、頭がおかしくなってしまいますので――」

「ユミルさんと出会った時は?」

 クレアノンは小首を傾げた。

「その時も、『頭がおかしかった』の?」

「――いいえ」

 アレンの頬に、ポッと赤味がさした。

「ユミルはね、ユミルは――私のことを、怖がらなかったんです。私とおしゃべりしてくれて――私のいれた、お茶を飲んでくれて――それが――それがほんとに、うれしくて――私の体のことを知っても、嫌いにならずにいてくれて――うれしくて、うれしくて――」

「――うれしかったのね」

 クレアノンは、噛みしめるようにそうつぶやいた。

「アレンさんは、それが――ユミルさんのしてくれたことと、しようとはしなかったことが、ほんとにほんとに、うれしかったのね――」

「――はい」

 アレンは、花のように微笑んだ。

「だから私――ユミルには、絶対に幸せになってもらいたいんです」

「ユミルさんもきっと、あなたに対して同じことを思っているんでしょうね」

 クレアノンはサラリと言った。

「私は竜だけど、それくらいのことはわかるわ」

「――」

 アレンは、真っ赤な顔でうつむいた。

「そしてね、アレンさん、あなた今、おなかに赤ちゃんがいるんでしょう?」

 クレアノンは静かに。

「お母さんが、『幸せ』になっちゃいけない、って思っていると、赤ちゃんも、やっぱり、『自分は幸せになっちゃいけない』って、思っちゃうんじゃないかしら? 卵で生まれてくる私達だって、卵を温めたり、守ってくれたりする相手の影響は受けるのよ。ああ、まあ、ほったらかしにされてても別に支障なく孵化してくることの出来る竜だっているけど」

 だがきっぱりと、そう言った。

「――そうですね」

 アレンはコクリとうなずいた。

「私にいくら罪があっても――親にいくら罪があっても――この子には、なんの罪もないんですから――」

 アレンは愛しげに、自分の腹をそっとなでた。

「だから私は――この子が幸せになれるように、がんばらなくっちゃ――」

「――ねえ」

 クレアノンもまた、愛しげにアレンの腹を見つめた。

「あなたが殺してしまった人達を、生き返らせることは出来ないわ。そんなことは、不可能なの、私には。――でもね」

 クレアノンは、優しい笑みをアレンに向けた。

「あなたと、ユミルさんと、おなかのその子が、幸せになるお手伝いなら、私でも出来ると思うんだけど――どうかしら?」

「――はい。ありがとうございます」

 にっこりと、クレアノンに微笑みを返したアレンは。

 それからもう、うつむくことはなかった。




「過渡期にあると思うのであるな、吾輩は」

「過渡期――ですか?」

「であるな」

 パルロゼッタは、重々しくうなずいた。

「このハイネリアという国は、血統による身分制度から、完全実力主義へと移り変わる、過渡期にある、と、吾輩思うのであるな」

「完全実力主義――ですか」

 ユミルは、苦い笑みを口元に刻んだ。

「どうもそれは、ひどく残酷な言葉のように聞こえますがね」

「残酷?」

 パルロゼッタは、不思議そうに目を見張った。

「どこがどう、残酷なのであるか?」

「――『実力』がない人達は、いったいどうすればいいんです?」

 ユミルは小さな声でたずねた。

「そういう人達は、そういう人達なりの人生を送ればよいのであるな」

 パルロゼッタは、キッパリと言った。

「ユミル氏、吾輩は、セティカである。自ら望んで、セティカに――ハイネリアの、一代貴族になったのである。そのために、生まれた国を――というかまあ、われらホビットの共同体が、はたして『国』なのかどうか、というのは、非常に微妙な問題であるし、吾輩は別に、故郷を捨てたとも思ってはおらんのであるがな――まあ、ともかく、捨てるような形になったのであるよ。吾輩は、自ら望んでそうしたのである。――だからと言って」

 パルロゼッタは、チッチッチッ、と指をふった。

「みんながみんな、吾輩のような人生を送ればいい、と思っているわけではないのであるよ。みんな――自分が一番送りたい人生を選んで、自分が望んだ人生を送っていけばいいのであるよ。そして、そうするためには――血統により、つまり要するにであるな、自分では、どうすることも出来ない生まれつきにより、身分と職業と地位とが決まってしまう社会よりも、自分の実力で、自分の身分と職業と地位とを決めることの出来る社会のほうが、ずっとそういうことをやりやすい、と吾輩思うのであるが。どうであるか、吾輩の考えは、間違っているのであろうか?」

「――間違っているとは、思いません」

 ユミルはやはり、小さな声で答えた。

「ただ、それでも――やはり、残酷であるとは思いますよ。その世界では――」

「世界というか、社会であるな」

「そうですか。とにかく、その社会では――自分の人生の失敗を、誰のせいにすることも、出来ないわけでしょう? 全てが自分の責任。人生に失敗したら、それはすべて、自分が無能だったから――」

「むむむ」

 パルロゼッタは、口をとがらせてうなった。

「それでも吾輩は、自分にはどうすることも出来ない要因によって、自分の人生が決められてしまう社会よりも、ずぅっとましである、と思うのであるが」

「――それはそうだ、と、私も思うんですが」

 ユミルはため息をついた。

「誰のせいにすることも出来ない――というのも、結構つらいものですよ」

「それはそうかもしらんねえ」

 唐突に、そのクリクリとした目を興味深げに輝かせて、ユミルとパルロゼッタの話を聞いていたオリンが口をはさんだ。

「誰のせいにすることも出来ない、って、つらいやねえ。例えばの、ぼかあ、自分でもびっくりするくらい、とろくさくて力も弱いんや。力が弱い、いうんはの、こら、しかたないんや。だってぼくは、サバクトビネズミ族や。サバクトビネズミ族いうんは、みいんなぼくみたいに、ちいっこくって、力の弱い種族なんや。だからの、力が弱いんは、ある意味ぼくのせいやないんや。けどの、ぼくが、びぃっくりするほどとろくさいんは――これはの、ぼくのせいなんや。だっての、他のみんなは――他の、サバクトビネズミ族のみんなはの、別に、ぼくみたいにとろくさいわけや、ないもんの。はしっこいやつらも、いっくらでもおるもんの。だからぼくは、弱っちい、って言われるよりも、とろくさい、って言われるほうが、悲しいの、うん」

「――あなたのどこがとろくさいんですか」

 ユミルは驚いたように言った。

「そんなにも理路整然とした話を、即座に組み上げることの出来る、あなたのいったい、どこがとろくさいんですか。あなたがとろくさかったら、私なんて、大とろですよ」

「――ほっほう」

 オリンは、うれしそうな声をあげた。

「聞いたかナルアしゃん。ぼくほめられたよ」

「うん、ちゃんと聞いてたよ」

 豹の獣人、女戦士にしてニルスシェリン大陸探検隊隊長の、豹の獣人ナルアは、優しい微笑みをオリンに投げかけた。

「のう、ナルアしゃん、この人、ええ人やねえ」

「そうだね、いい人だね」

「いやその――私は、思ったことをそのまま言っただけです」

「そうか。あなたは素敵な人だな」

「なんやあ、うれしゅうなること言うてくれるのう」

 照れたように言ったユミルのひとことが、ますますナルアとオリンを喜ばせたようだった。

「――ユミル氏」

 パルロゼッタは、いとも真面目な顔でユミルを見つめた。

「あなた、女たらしであるか?」

「はあッ!? じょ、冗談はやめて下さい! 私は妻がある身です!!」

「知っているのであるよ。アレンさんであろ? 可愛い人であるな、うん」

「……」

 ユミルは眉をひそめた。パルロゼッタが、『可愛い人』と言ったのが、妻、アレンのことか、それとも、自分、ユミル自身のことなのか、どうにもこうにも、はかりかねて。

「――ファーティスとハイネリア」

 パルロゼッタが、誰にともなくつぶやいた。

「この二つの国は――いや、厳密に言うと、この、ジェルド半島の国家全てが、ジェルド半島の社会すべてが、元をたどっていけば、結局のところ、一頭の白竜の暴挙によって、強制的に生みだされたものなのであるな」

「白竜のガーラートですね」

「おお、そういう名前なのであるか? 貴重な情報をありがとうであるよ」

「クレアノンさんが教えて下さったんです」

「ディルスの黒竜、クレアノンであるな」

 パルロゼッタは、ニマニマと笑った。

「いやあ、吾輩、あの人とお話するのが今から楽しみであるよ!」

『ほどほどにしておけ、パル』

 伝声管からの声が響く。パルロゼッタの、『移動書斎』では、乗客が乗る部分と、運転手であるノームのアスティンが乗り込む運転席は、完全に分離している。ユミルとナルアとオリンは、いまだにアスティンと、顔をあわせてすらいなかった。

『おまえ、ゆうべからずっと、ナルアさんに話を聞いていたんだろう。ほどほどのところで休まないと、またぶっ倒れるぞ』

「うう、わかっているのであるよ! でも、こんな素敵な研究材料を目の前にして、なんにも聞かないだなんて、学者の風上にもおけんのであるよ!」

『少しは自分で自分の体に気を使え。俺もういやだぞ。いちいちおまえの体調管理までしなきゃいけないのは』

「あーもう、わかったのであるよ。今晩は、ちゃんと睡眠をとるのであるよ。だから、日が沈むまでは、吾輩の好きにさせるのであるよ!」

『日が沈むまではな』

「あっ、ちょっと待つのであるよ! 吾輩もう大人であるよ! 日が沈んだとたんに眠れるわけがないであろ!?」

『もう聞いたからな。日が沈むまで、って』

「……うう」

 パルロゼッタは、不機嫌にうなった。

「しかたがない。――ユミル氏」

「はい?」

「クレアノンさんは、しばらくディルスに滞在するのであろ?」

「はい、もちろん」

 ユミルは大きくうなずいた。

「しばらくどころか――」

「しばらくどころか?」

「――その続きは、どうか、クレアノンさんに直接お聞きください」

 ユミルは、小さく笑いながらパルロゼッタに向かい一礼した。




「あるッスよ、あるッスよ、完全実力主義の社会!」

 キキキキキ、という、甲高い笑い声が響いた。

「それはあ――悪魔の社会ッス!!」

「悪魔の社会、であるか?」

「そーッス。オレらはみーんな、完全実力主義の世界で生きてるッス」

「であるか」

「あら」

 クレアノンは、にっこり微笑みながら、ホビットの社会学者、パルロゼッタや、獣人のナルアやオリンがお茶の乗ったテーブルを囲んでいる部屋へと足を踏み入れた。

「話が弾んでるみたいね」

「であるよ」

 パルロゼッタは、満足げにうなずいた。

「吾輩、実に楽しく有意義な時間をすごしているのであるよ」

「それはよかったわ」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「さて、と」

 クレアノンは、ゆったりとテーブルについた。

「まずは――何から、どこから、お話をはじめればいいかしらねえ?」

「うむ」

 パルロゼッタは、ちょっと考えこんだ。

「――あら?」

 そのあいだに、テーブルについた面々を見まわしていたクレアノンは小首を傾げた。

「パルロゼッタさん、ノームのアスティンさんは?」

「ああ、アスティンは、人見知りをするのであるな。伝声管ごしなら喋れるのであるが、知らない人達と顔をつきあわせてお話をするのがとても苦手なのであるな。だから、吾輩の移動書斎でお留守番をしているのであるな。クレアノンさん、気にしなくていいのであるよ。アスティンは、好きでそうしているのであるから」

「あら、そう? それならいいけど」

「お茶とお菓子も、御親切にもちゃんと届けていただいたのであるな」

 パルロゼッタは、ライサンダーに向かって一礼した。ライサンダーも、会釈を返す。ライサンダーは、父親がドワーフで、母親がホビットだ。ドワーフよりも華奢で、ホビットよりもがっちりとした体格を持っている。

「さて――セティカの勧誘部隊長の吾輩としては」

 パルロゼッタは、真顔でクレアノンを見つめた。

「ナルアさん達探検隊御一行にも、そちらにいらっしゃるアレンさんにも、そしてまた、クレアノンさん御自身にも、みんなまとめてセティカに加入していただけると、これはもう、まさに万々歳なのであるが」

「そうね、私は御遠慮しておくわ」

 クレアノンはサラリと答えた。

「一つの勢力に私みたいな竜が肩入れしすぎるのは、どう考えたって、あんまりいいことじゃないような気がするんですもの」

「『ハイネリア』という一つの国家に肩入れしすぎるのはいいのであるか?」

 パルロゼッタの容赦のない発言に、部屋の中の何人かがハッと息を飲む。

「そうね――」

 クレアノンは、少し考えこんだ。

「――どんなものにも肩入れせずに生きる、だなんて、不可能だからね。少なくとも、私には」

 そう言ってクレアノンは、小さく肩をすくめた。

「だから、まあ、私がハイネリアに肩入れして、なのにセティカに加入しないのは、単なる私の勝手ね。ごめんなさいね、せっかく誘っていただいたのに」

「なになに、母体たるハイネリアの利益は、これすなわち、吾輩たちセティカの利益に他ならぬのであるな。あなたがハイネリアの味方でいて下さるのなら、吾輩のほうには何の文句もないのであるよ」

 パルロゼッタはコクコクとうなずいた。

「では、ナルアさん達はどうであるか?」

「私達は、探検を終えたらオルミヤン王国に帰還する身だ」

 ナルアは凛とした声で言った。

「この大陸に骨を埋める気はないし、そもそもこちらの大陸でのあれこれは、私達には関わりのなきことだ」

「であるかであるか。――しかし」

 パルロゼッタの緑の光がキラリと輝く。

「この大陸にいるあいだだけでも、吾輩達セティカ――それとも、ハイネリアに何かしらの恩を売っておく、というのも、なかなか悪くはないと思うのであるが。なにしろハイネリアは、技術国家、貿易国家であるからな。ナルアさん達の――オルミヤン王国の目的、ニルスシェリン大陸と、アヤティルマド大陸との交易の復活、という目的達成の、助けにこそなれ、邪魔にはならんと思うのであるが」

「――考えておこう」

 ナルアは軽くうなずいた。豹の尻尾が、ユラリと揺れる。

「――では」

 パルロゼッタは、にこにこと、クレアノンといっしょに部屋に入ってきたアレンを見やった。

「アレンさんはどうであるか?」

「何度も言わせないで下さい」

 ユミルが間髪いれずに口をはさんだ。

「アレンは私の――イェントンの一族に連なる者の妻たる身です。独断でそんな重大なことを決められるわけがないでしょう?」

「であるかであるか。なんとなんと、吾輩みんなにふられてしまったのであるよ。がっかりであるな」

 パルロゼッタは、まったくがっかりしていない口調でそう言うと、ヒョイと肩をすくめた。

「まあよかろ。セティカの勧誘部隊長としては、実りなき日であったのであるが、社会学者としては、まさに百年に一度、ひょっとしたら、千年に一度の大豊作の日であるのだからな!」

「パルロゼッタしゃんは、眠うならんのかねえ?」

 サバクトビネズミ族の獣人、オリンが、のんびりと口をはさんだ。

「ぼくなんか、パルロゼッタしゃんとナルアしゃんを川原でまっとるあいだ、二回もお昼寝しちゃったよ。のうパルロゼッタしゃん、パルロゼッタしゃんは、ゆうべからずうっと、眠っとらんやろ? ぼく、ナルアしゃんが、二日三日の徹夜くらいでどもならんことは知っとるけど、パルしゃんは眠うならんのかねえ?」

「眠ってるひまなんてないのであるな!」

 パルロゼッタは、元気いっぱいに叫んだ。

「こんなに面白い日に、眠ってなんかいられないのであるな!」

「あら」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「それじゃあ、しばらく私とお話、できそうかしら?」

「もちろんであるな! 吾輩のほうから、土下座してでもお願いしたいことであるよ、それは!」

 パルロゼッタは喜々として叫んだ。

「そんなこと、してくれなくっていいわよ」

 クレアノンは、おかしそうに笑った。

「だって私は、私の話したいことを話すだけなんだから」

「よいのであるよ。それで十分」

 パルロゼッタは、ニンマリと笑った。

「さてさて、それではクレアノンさん、クレアノンさんがわざわざ吾輩に、セティカの勧誘部隊長にして、社会学者たるこの吾輩に、話したい話、とは、いったいなんであろうかな?」

「そうね――」

 クレアノンは、しばし考え込み。

 そして、ゆっくりと口を開いた。




「――単刀直入にうかがうわ」

 クレアノンは、まっすぐにパルロゼッタを見つめた。

「私はね――」

「待つのであるよ」

 パルロゼッタは、ヒョイと片手をあげて、クレアノンの言葉をさえぎった。

「これからクレアノンさんが言おうとしていることを、あててさしあげるのであるよ。ええと――クレアノンさんは、今現在、あの暴虐の白竜、ああそうそう、ガーラート、というそうであるな。そのガーラートに占領されている、旧神聖ハイエルヴィンディア領を、全部は無理でも一部は取り返してみせるから、その、奪還された領土への移住によって、今現在ハイネリアとファーティスとの間で延々繰り返されている、領土争いを終結へと導こう――と、お考えなのであろ? それで、その仕事に、我らセティカの協力を求めているのであろ?」

「あら、すごい。見事にあてられちゃったわ」

 クレアノンはクスリと笑った。

「セティカの情報網を、甘く見てはいかんのであるよ」

 パルロゼッタは、満足げに笑った。

「さてはて、それはそうと、その問いへのお答えであるが――ふむむ、いささかむつかしい質問であるな。これで、求められているのが、『セティカ』の協力ではなく、『吾輩個人の』、協力であったら、話は非常に簡単なのであるよ。クレアノンさんに吾輩の研究に協力してもらえるとなるのなら、吾輩もう、何だって、諸手を挙げて賛成して、全身全霊をあげて協力してさしあげるのであるよ。しかし――ふむ――『セティカ』全体の協力、となると――」

「難しいのかしら?」

「――協力したがる連中は、たくさんいると思うのであるが」

 パルロゼッタは首をひねった。

「『全員が』となると、いささか難しいのであるな。なにしろ、我らセティカは、セティカ内部でさえも、しばしば利害の衝突を見るような集団であるからな。個人主義と実力主義が、セティカの二枚看板であるよ」

「なるほど――一人一人欲しいものも、主義主張も違うから、全体の協力を得るのは難しいのね?」

「であるな」

 パルロゼッタは、重々しくうなずいた。

「そう。なら――キャストルクの人達の協力を先に取り付けたほうがいいかしら?」

 クレアノンは小首を傾げた。

「んん?」

 パルロゼッタは、ちょっと口をとがらせた。

「クレアノンさんは、いささか忘れていることがおありではないかな?」

「あら」

 クレアノンは、びっくりしたように目を見張った。

「私が忘れていること、って、何かしら?」

「ふむふむ、それは、実は、我らセティカ、全体の協力を取りつける、という事とも、密接に繋がってくるのであるが」

「あら、それほんと?」

 クレアノンは、グイと身を乗り出した。

「教えていただけるかしら、パルロゼッタさん。私はいったい、なにを忘れているのかしら?」

「ふむふむ、竜に物を教える、というのは、なかなかに気持ちのいいものであるな」

 パルロゼッタは、機嫌良く胸をはった。

「ではお教えするのであるよ。クレアノンさん、あなたは忘れているのであるよ。このハイネリアの実務面における頂点は、確かにハイネリア四貴族、イェントン家、ソールディン家、キャストルク家、そして我らがセティカであるよ。しかしであるな――」

 パルロゼッタは、クルクルと目をくるめかせた。

「このハイネリアにおける最高権威は――俗でハイネリア三相王、聖で、ハイネル教の、日輪大僧正なのであるな! クレアノンさんの今の思考は、ハイネリアの四貴族のところで止まっているのであるな! 確かに、国を実際に動かしているのはその四貴族である。しかしであるな――ハイネリアにはその上に、聖と俗の、最高権威者たちが控えているのであるな!!」

「――ほんとだわ」

 クレアノンは、大きく息を飲んだ。

「いまでは、王家もハイネル教も、実務的な席に顔を出してくることがほとんどないから――私もついつい、ちょっと考えからはずしちゃってたわ。でも――そうか、『権威』か――」

「竜族は、どうであるかは知らんのであるがな」

 パルロゼッタは、しかつめらしい顔で言った。

「我ら亜人や人間は、なかなかに、『権威』というものに弱い生き物なのであるよ。であるからして、時には、急がば回れ、というのも必要ではないであろうか? クレアノンさん、いいことを教えてあげるのであるよ。ハイネリア三相王は、『君臨すれども統治せず』。政治に口を出してはいけない存在なのであるな。三相王が、我らに、『命令』することは出来ないのであるな。それは、してはならんのであるな。しかし――」

 パルロゼッタは、ニヤリと笑った。

「我らセティカの連中が、たった一つ、一人の例外もなく、その、『お願い』を聞いてあげる相手といったら――それはまさに、ハイネリア三相王からの、『お願い』にほかならないのであるな!!」

「ク――クレアノンさん」

 不意に、ユミルが叫ぶように口をはさんだ。

「わ――私達は、もう会っているじゃありませんか!!」

「え!?」

 クレアノンは、ハッとしたようにユミルを見つめた。

「それは――誰のこと? 教えてちょうだい、ユミルさん」

「私に花を持たせて下さるんですね」

 ユミルはニコリと、クレアノンに笑いかけた。

「まあ、皆さん、当然もうお気づきだとは思いますが――ミーシェンさん、ですよ。ソールディン家の末子、ミーシェンさんです。あの人こそ、我々の目的に賛同してくれ、そしてしかも、ハイネリア三相王の一、曙王リルヴィア陛下の側仕えの学僧として、我々と、ハイネリアの、聖と俗の権威の中心を見事につなげてくれるであろう、唯一無二の人材です!」

「――なるほど」

 クレアノンは大きく笑った。

「そのとおりね。ありがとうユミルさん。本当に、そのとおりだわ」

「クレアノンさん」

 パーシヴァルが、素早く部屋の隅から歩み出た。

「ミーシェンさんと、連絡をとる必要があるようでしたら――」

「そうね――ちょっと待って」

 クレアノンは、ゆっくりと目をしばたたいた。

「そうね――私には、ほんとはよくわからないことなんだけど、こういう――なんていうの? 王様への謁見、っていうのは、あんまりこう、なんていうか、こそこそやったりしちゃ、いけないことなんじゃないかしら?」

「ふむ」

 パルロゼッタは、驚いたようにクレアノンを見つめた。

「まさか、竜族であるあなたに、そのような心配りが出来るとは。これはどうも、吾輩の持っている竜に対しての知識を、書き変えなければならんようであるな」

「あら、そう? この対応で、あっているのかしら?」

「あっていると思うのであるよ。なにしろ、異世界からの悪魔と密会していた、などということが後でバレたら、ミーシェン氏の立場は、なかなかに微妙なものになると思うのであるからな」

「た――確かに」

 パーシヴァルの顔が青ざめた。

「わ――私はなんということを――!」

「ダイジョブダイジョブ。マスター、テイクイットイージー❤」

「――つまり、どういう意味だエリック?」

「つまり」

 エリックはヘラヘラとパーシヴァルの顔をのぞきこんだ。

「気楽にやりましょーよマスター。バレなきゃいーんスよ、バレなきゃ」

「あのなあ!」

「はいはい、二人とも、ちょっと静かにして」

 クレアノンが、軽くエリックとパーシヴァルを制した。

「――パルロゼッタさん」

「なんであるか?」

「私」

 クレアノンの銀の瞳が、キラキラと輝いた。

「もっとあなたとお話がしたいわ」

「望むところであるよ!」

 パルロゼッタは、満面の笑みを浮かべた。




「――あなたがたは、実に大胆だな」

 ナルアが唐突に、ボソリと口をはさんだ。

「異国の人間が聞き耳を立てているような場所で、そんな話をするだなんて」

「ふむ」

 パルロゼッタは、目をパチクリさせた。

「ナルアさん、あなた、特に大した得もないであろうに、わざわざ自分から竜の怒りを買おうとするほど、愚かな人なのであるか?」

「……いや」

 ナルアは苦笑した。

「確かにそんなのはまっぴらごめんだな。それよりむしろ、竜に恩を売るほうがよさそうだ」

「あら」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「私に協力して下さるのかしら?」

「さて――どうしようかな」

 ナルアは小首を傾げた。

「私達があなたがたに協力できるようなことが、何かあるだろうか?」

「考えれば、いくらでもあると思うけど」

 クレアノンは、ある種無邪気と言ってもいい笑みをナルアに向けた。

「それはそうだろうな」

 ナルアは再び苦笑した。

「やれやれ、正直、あなたがたがこんなにもあけっぴろげな人達だとは、まったく予想していなかった」

「どういうふうに予想していたのであるか?」

 パルロゼッタが小首を傾げる。

「まあその――正直に言うと、私達獣人より、よほどややこしくて面倒くさい種族だろうと」

「ふむ」

 パルロゼッタは、反対側に首をひねった。

「あなたがた獣人は、そんなにも単純ですっきりとした種族なのであるか?」

「まあ、私なんかは自分でかなり複雑なほうなんだろうと思うが。獣人の中では」

 ナルアはサラリと言った。

「ぼかあ、単純やよ、うん」

 オリンがのんびりと口をはさむ。

「ふむふむ」

 パルロゼッタは、コクリコクリとうなずいた。

「あなたにもまだまだ、いろんな話を聞く必要があるのであるな」

「申しわけないが、それはまた後日、ということにしていただけないだろうか?」

 ナルアが、げんなりとしたようにうめいた。

「これで私も、体力があるほうだと思ってはいたんだが、なんというかその、さすがに喋りつかれた」

「む? あれしきで、もう喋りつかれてしまったのであるか?」

 パルロゼッタは、ちょっと口をとがらせた。

「意外と体力がないのであるな」

「ああ、私もそう思う。まさかこんなに疲れるとは思わなかった」

「――なるほど、率直な人であるな」

 パルロゼッタは肩をすくめた。

「よかろ。では、また後日、ということにするのであるよ」

「そうしていただけると助かる」

「では、そうするのであるよ」

「ありがとう」

 ナルアは滑らかに一礼した。

「あら、もうお帰りかしら?」

 クレアノンは小首を傾げた。

「――どうしようかな」

 ナルアも小首を傾げた。

「クレアノンさん、あなたとお話がしたいのは山々なんだが、今の私はその――いささか疲れている。この状態で、あなたとの会談を行う、というのは、いささか不本意だ。あなたがどうしても今すぐに話をしたい、というなら別だが――」

「そんなに急いでないわよ」

 クレアノンはクスリと笑った。

「もし休みたいのなら、あいてる部屋があるわよ。仮眠でもとってきたらどうかしら? それとも、あなたが逗留している宿に戻っていただいて、後日また、ということにしたってかまわないけど、私は」

「そうだな――少々仮眠させていただけるとありがたい。あなたがたの話が終わるころには、大分回復していると思うから」

「欲のない人であるな」

 パルロゼッタは、ニヤリと笑った。

「ディルスの黒竜と、ハイネリア四貴族が一、セティカの勧誘部隊長との会談を、みすみす丸々見逃すとは!」

「なに、もう、さわりのところは十分見せてもらったさ」

 ナルアはサラリと答えた。

「あれだけわかれば、後はそちらで細かい手段と方法とを決めるだけだろう」

「と、決めつけてしまってもよいのであるか?」

「どうせ、私がいたんじゃ、私がいる時に話せるような話しか出てこないだろう?」

「まあ、吾輩だったらそうかもしれんのであるが」

 パルロゼッタは肩をすくめた。

「そこにいるクレアノンさんは、どうであろうかな?」

「あら」

 クレアノンは苦笑した。

「私、そんなにうかつなように見えるのかしら?」

「というか、常識の差であるな」

 パルロゼッタはあっさりと言った。

「吾輩達が、亜人や人間の常識として、話さんほうがいいと思うようなことでも、なにしろクレアノンさんは竜であるからな。そんな常識なんてないから、ポロッと話してしまうかもしれんのであるな」

「あら――それはそうかもね」

 クレアノンは軽くうなずいた。

「どうするナルアさん?」

「……やはり、仮眠をとってきたほうがよさそうだ」

 ナルアは苦笑しながら肩をすくめた。

「徹夜明けの頭でわたりあうには、あなたがたはいささか歯ごたえがありすぎる」

「であるか」

 パルロゼッタは、少しだけ残念そうな顔をした。

「まあ、あなたがそう言うなら、そうしたほうがいいのであろうな」

「ぼかあ、残っててもええけどの。なにしろ二回もお昼寝したし。でも、ぼかあ、むつかしい話はでけへんから、あんまり役には立たないねえ」

 オリンがのんびりという。

「お茶でもどうですかオリンさん。ライさんのつくるお菓子はおいしいですよ」

 クレアノン達の話をよそに、のどかにお茶を飲んでいたエルメラートがオリンに声をかける。隣のハルディアナも、ヒラヒラと手を動かしてオリンを誘う。

「うわあ、ありがとねえ」

 オリンはにっこり笑い、いそいそと二人のもとへと向かった。隣でライサンダーが、苦笑しながらクレアノンに一礼する。

「それじゃあええと――パーシヴァル、ナルアさんを、客用寝室に御案内してさしあげて」

「かしこまりました」

「街中の一等地に、こんな立派な屋敷をたてられるんだから」

 ナルアは、感心したようにあたりを見まわした。

「ずいぶんと裕福なんだな、あなたは」

「ああ、あのね、竜素材って、高く売れるの」

 クレアノンは肩をすくめた。

「儲けたお金は、悪魔の力でいっくらでも増幅できるッスし♪」

 エリックがニヤニヤと補足する。

「だいたい、この家建てるのだって、オレらの力をかーなーり、使ったし❤」

「……そうなのか」

 ナルアは、幾分不安げにキョロキョロした。

「悪魔の力でたてた家――か」

「ああ、大丈夫よ。強度に問題はないわ」

 クレアノンがあっさりと言う。

「そ――それはそうかもしれないが」

「だあーいじょうぶッスよお。べっつに、オタクが眠っている間に、ベッドがオタクのことをぱっくり食べちゃったりなんてしないッスから❤」

「……切にそう願う」

「大丈夫よ。そんな余計な仕掛けは、つくらせたりしてないから」

「――そうか」

 ナルアは、小さくため息をついた。

「では、お言葉に甘えて、仮眠をとらせていただこう」

「ええ、どうぞ」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「ゆっくり休んでちょうだいね」

「――ありがとう」

 ナルアは、フッと笑い、案内するパーシヴァルの後について部屋を出た。

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