世界をつくる物語 第67章
「過渡期にあると思うのであるな、吾輩は」
「過渡期――ですか?」
「であるな」
パルロゼッタは、重々しくうなずいた。
「このハイネリアという国は、血統による身分制度から、完全実力主義へと移り変わる、過渡期にある、と、吾輩思うのであるな」
「完全実力主義――ですか」
ユミルは、苦い笑みを口元に刻んだ。
「どうもそれは、ひどく残酷な言葉のように聞こえますがね」
「残酷?」
パルロゼッタは、不思議そうに目を見張った。
「どこがどう、残酷なのであるか?」
「――『実力』がない人達は、いったいどうすればいいんです?」
ユミルは小さな声でたずねた。
「そういう人達は、そういう人達なりの人生を送ればよいのであるな」
パルロゼッタは、キッパリと言った。
「ユミル氏、吾輩は、セティカである。自ら望んで、セティカに――ハイネリアの、一代貴族になったのである。そのために、生まれた国を――というかまあ、われらホビットの共同体が、はたして『国』なのかどうか、というのは、非常に微妙な問題であるし、吾輩は別に、故郷を捨てたとも思ってはおらんのであるがな――まあ、ともかく、捨てるような形になったのであるよ。吾輩は、自ら望んでそうしたのである。――だからと言って」
パルロゼッタは、チッチッチッ、と指をふった。
「みんながみんな、吾輩のような人生を送ればいい、と思っているわけではないのであるよ。みんな――自分が一番送りたい人生を選んで、自分が望んだ人生を送っていけばいいのであるよ。そして、そうするためには――血統により、つまり要するにであるな、自分では、どうすることも出来ない生まれつきにより、身分と職業と地位とが決まってしまう社会よりも、自分の実力で、自分の身分と職業と地位とを決めることの出来る社会のほうが、ずっとそういうことをやりやすい、と吾輩思うのであるが。どうであるか、吾輩の考えは、間違っているのであろうか?」
「――間違っているとは、思いません」
ユミルはやはり、小さな声で答えた。
「ただ、それでも――やはり、残酷であるとは思いますよ。その世界では――」
「世界というか、社会であるな」
「そうですか。とにかく、その社会では――自分の人生の失敗を、誰のせいにすることも、出来ないわけでしょう? 全てが自分の責任。人生に失敗したら、それはすべて、自分が無能だったから――」
「むむむ」
パルロゼッタは、口をとがらせてうなった。
「それでも吾輩は、自分にはどうすることも出来ない要因によって、自分の人生が決められてしまう社会よりも、ずぅっとましである、と思うのであるが」
「――それはそうだ、と、私も思うんですが」
ユミルはため息をついた。
「誰のせいにすることも出来ない――というのも、結構つらいものですよ」
「それはそうかもしらんねえ」
唐突に、そのクリクリとした目を興味深げに輝かせて、ユミルとパルロゼッタの話を聞いていたオリンが口をはさんだ。
「誰のせいにすることも出来ない、って、つらいやねえ。例えばの、ぼかあ、自分でもびっくりするくらい、とろくさくて力も弱いんや。力が弱い、いうんはの、こら、しかたないんや。だってぼくは、サバクトビネズミ族や。サバクトビネズミ族いうんは、みいんなぼくみたいに、ちいっこくって、力の弱い種族なんや。だからの、力が弱いんは、ある意味ぼくのせいやないんや。けどの、ぼくが、びぃっくりするほどとろくさいんは――これはの、ぼくのせいなんや。だっての、他のみんなは――他の、サバクトビネズミ族のみんなはの、別に、ぼくみたいにとろくさいわけや、ないもんの。はしっこいやつらも、いっくらでもおるもんの。だからぼくは、弱っちい、って言われるよりも、とろくさい、って言われるほうが、悲しいの、うん」
「――あなたのどこがとろくさいんですか」
ユミルは驚いたように言った。
「そんなにも理路整然とした話を、即座に組み上げることの出来る、あなたのいったい、どこがとろくさいんですか。あなたがとろくさかったら、私なんて、大とろですよ」
「――ほっほう」
オリンは、うれしそうな声をあげた。
「聞いたかナルアしゃん。ぼくほめられたよ」
「うん、ちゃんと聞いてたよ」
豹の獣人、女戦士にしてニルスシェリン大陸探検隊隊長の、豹の獣人ナルアは、優しい微笑みをオリンに投げかけた。
「のう、ナルアしゃん、この人、ええ人やねえ」
「そうだね、いい人だね」
「いやその――私は、思ったことをそのまま言っただけです」
「そうか。あなたは素敵な人だな」
「なんやあ、うれしゅうなること言うてくれるのう」
照れたように言ったユミルのひとことが、ますますナルアとオリンを喜ばせたようだった。
「――ユミル氏」
パルロゼッタは、いとも真面目な顔でユミルを見つめた。
「あなた、女たらしであるか?」
「はあッ!? じょ、冗談はやめて下さい! 私は妻がある身です!!」
「知っているのであるよ。アレンさんであろ? 可愛い人であるな、うん」
「……」
ユミルは眉をひそめた。パルロゼッタが、『可愛い人』と言ったのが、妻、アレンのことか、それとも、自分、ユミル自身のことなのか、どうにもこうにも、はかりかねて。
「――ファーティスとハイネリア」
パルロゼッタが、誰にともなくつぶやいた。
「この二つの国は――いや、厳密に言うと、この、ジェルド半島の国家全てが、ジェルド半島の社会すべてが、元をたどっていけば、結局のところ、一頭の白竜の暴挙によって、強制的に生みだされたものなのであるな」
「白竜のガーラートですね」
「おお、そういう名前なのであるか? 貴重な情報をありがとうであるよ」
「クレアノンさんが教えて下さったんです」
「ディルスの黒竜、クレアノンであるな」
パルロゼッタは、ニマニマと笑った。
「いやあ、吾輩、あの人とお話するのが今から楽しみであるよ!」
『ほどほどにしておけ、パル』
伝声管からの声が響く。パルロゼッタの、『移動書斎』では、乗客が乗る部分と、運転手であるノームのアスティンが乗り込む運転席は、完全に分離している。ユミルとナルアとオリンは、いまだにアスティンと、顔をあわせてすらいなかった。
『おまえ、ゆうべからずっと、ナルアさんに話を聞いていたんだろう。ほどほどのところで休まないと、またぶっ倒れるぞ』
「うう、わかっているのであるよ! でも、こんな素敵な研究材料を目の前にして、なんにも聞かないだなんて、学者の風上にもおけんのであるよ!」
『少しは自分で自分の体に気を使え。俺もういやだぞ。いちいちおまえの体調管理までしなきゃいけないのは』
「あーもう、わかったのであるよ。今晩は、ちゃんと睡眠をとるのであるよ。だから、日が沈むまでは、吾輩の好きにさせるのであるよ!」
『日が沈むまではな』
「あっ、ちょっと待つのであるよ! 吾輩もう大人であるよ! 日が沈んだとたんに眠れるわけがないであろ!?」
『もう聞いたからな。日が沈むまで、って』
「……うう」
パルロゼッタは、不機嫌にうなった。
「しかたがない。――ユミル氏」
「はい?」
「クレアノンさんは、しばらくディルスに滞在するのであろ?」
「はい、もちろん」
ユミルは大きくうなずいた。
「しばらくどころか――」
「しばらくどころか?」
「――その続きは、どうか、クレアノンさんに直接お聞きください」
ユミルは、小さく笑いながらパルロゼッタに向かい一礼した。




