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世界をつくる物語 第66章

「――こうやって、二人っきりでお話するのって、もしかしたら初めてかもしれないわね」

 そう言ってクレアノンは、アレンに微笑みかけた。

「あ、そうですね。そうかもしれません」

 アレンもまた、にっこりとクレアノンに微笑み返した。

「――ねえ、アレンさん」

 クレアノンは、何気ない口調でたずねた。

「あなた、今、幸せ?」

「はい、とても」

 アレンはためらうことなくそう答えた。

「そう」

 クレアノンは、微笑みながらうなずいた。

「――本当は、いけないことなのかもしれません」

 アレンは、ポツリと言った。

「いけない? ――何が?」

「私が、『幸せ』になるのは――本当は、いけないことなのかもしれません」

 アレンはうつむいてそう答えた。

「え? ――どうして?」

 クレアノンは、心底不思議そうにそう問いかけた。

「――」

 アレンはしばらく、うつむいて歩を進め。

「――私は、たくさん殺しましたから」

 と、ポツリと答えた。

「あなたがいくら殺したって、白竜のガーラートが殺した人間の数の、足元にも及ばないわ」

 クレアノンはあっさりとそう答えた。

「――ごめんなさいね、アレンさん。あなたがそれを――人間を、たくさん殺してしまったことを、とても後悔している、というのは、私にもわかるの。でもね――私は、竜なの。だから――あなたの気持ちを、本当の意味で理解することは出来ないわ。あなたが苦しんでいる、ということを、理解することは出来るんだけど、あなたと同じくらいの強さで、胸を痛めることは出来ないの」

「――」

 アレンは無言でうなずいた。

「――あなたは、自分が、『殺した』から、幸せになってはいけないと思っているのね?」

「――」

 アレンは、再び無言でうなずいた。

「だったら、ねえ、アレンさん――」

 クレアノンの瞳が、一瞬銀色に光った。

「ユミルさんも、幸せになってはいけないの?」

「え!?」

 アレンは、はじかれたようにクレアノンを見つめた。

「ど、ど、ど、どうして!?」

「だって、『臨界不測爆鳴気』は、あなた一人の力で発生させたわけじゃないでしょう? ユミルさんの魔力がなければ、決して発生しなかったはずのものよ、それは」

 クレアノンは、淡々と語った。

「だから――ユミルさんも、殺しているのよ、たくさん」

「で、でも!」

 アレンは叫んだ。

「ユ、ユミルさんは、し、幸せになっていいんです! 幸せになって欲しいです!!」

「同じことをしたのにどうして、あなたは幸せになっちゃいけなくて、ユミルさんだったら幸せになってもいいの?」

「え――」

「ごめんなさいね。意地悪を言うつもりはないのよ。ただ――」

 クレアノンは、軽く肩をすくめた。

「ただ本当に、疑問に思ってしまっただけ」

「――」

 アレンは素直にうなずいた。

「――あなたのような心が、百分の一でも千分の一でもガーラートにあったら、あいつもきっと、あんなことはしなかったでしょうにね」

 クレアノンは、ひとりごとのようにつぶやいた。

「――それは、どうでしょうか?」

 アレンもまた、ひとりごとのようにつぶやいた。

「クレアノンさんがそうおっしゃってくださる――『心』を持っていても、私は――たくさん、たくさん――殺して、しまいましたから――」

「――それは私には、どうすることも出来ないわ」

 クレアノンは、静かな声でそういった。

「いかな竜族とはいえ、死者をよみがえらすことなんて出来ないわ。エリックの様な悪魔にだって――エリックよりも、もっと上位の悪魔にだって、そんなことは出来ない。ああ、それをやってのけることが出来るように見せかける悪魔、ならいるけどね。でも――それは、まやかしなの。『生き返らせた』んじゃなくて、そっくりに見えるものを、場合によっては記憶まで含めて、『新たに創りだした』だけなの。だから――あなたが、『殺した』事をいくら後悔していても、それは私には、どうすることも出来ないことなの。だって、私には、死者をよみがえらせることなんて出来ないんだから。だから、なんにもしてあげられないわ」

「――はい」

 アレンもまた、静かにうなずいた。

「――冷たいことを言ってしまったのかしら?」

 クレアノンは、少し不安げにアレンを見やった。

「もしそうだとしたら、ごめんなさいね。竜の考えかたと、あなたがた人間や亜人の考えかたとは違うから――」

「はい」

 アレンは、にっこりとクレアノンに微笑みかけた。

「わかってます。それに私、クレアノンさんが冷たいことをおっしゃっただなんて、ちっとも思ってません。――ありがとうございます。私の話を聞いて下さって。――ありがとうございます。私のことを――バケモノ、と、言わずにおいて下さって――」

「――化け物?」

 クレアノンは、きょとんと目をしばたたいた。

「アレンさん、どうしてあなたが、『化け物』なの?」

「――国では、そう呼ばれていました」

 アレンは、ポツリとそう答えた。

「ファーティスは――亜人嫌いの、人間純血主義の国です。淫魔の血のせいで、私の性別は子供のころ――ちっとも安定しなかったんです。ファーティスの人々にとっては、日によって、男になったり女になったり、男でも女でもない者になってしまう私は――ただそれだけで、気味の悪いもの、だったみたいです――」

「あら――だってそんなの、淫魔のかたがたのあいだでは、別に不思議でもなんでもない、ごく普通に起きることなのに。ああ、まあ、純血の淫魔だったら、アレンさんと違って、自分の意志で性別を選ぶことが出来るわけだけど」

 クレアノンは、心底不思議そうに首を傾げた。

「――それでもね、クレアノンさん」

 アレンはひどく――悲しげに、笑った。

「生まれた時から、人間しか知らない――人間ばかりが周りにいて、人間としか付きあったことのない人達からすれば――それは本当に――気味の悪い、ものだったんですよ――」

「――?」

「――クレアノンさんには、わからないかもしれませんね」

 アレンは、何かをふっ切ったような口調でそういった。

「でも、そうだったんです。それに私は――殺した後に、頭がおかしくなってしまいますので――」

「ユミルさんと出会った時は?」

 クレアノンは小首を傾げた。

「その時も、『頭がおかしかった』の?」

「――いいえ」

 アレンの頬に、ポッと赤味がさした。

「ユミルはね、ユミルは――私のことを、怖がらなかったんです。私とおしゃべりしてくれて――私のいれた、お茶を飲んでくれて――それが――それがほんとに、うれしくて――私の体のことを知っても、嫌いにならずにいてくれて――うれしくて、うれしくて――」

「――うれしかったのね」

 クレアノンは、噛みしめるようにそうつぶやいた。

「アレンさんは、それが――ユミルさんのしてくれたことと、しようとはしなかったことが、ほんとにほんとに、うれしかったのね――」

「――はい」

 アレンは、花のように微笑んだ。

「だから私――ユミルには、絶対に幸せになってもらいたいんです」

「ユミルさんもきっと、あなたに対して同じことを思っているんでしょうね」

 クレアノンはサラリと言った。

「私は竜だけど、それくらいのことはわかるわ」

「――」

 アレンは、真っ赤な顔でうつむいた。

「そしてね、アレンさん、あなた今、おなかに赤ちゃんがいるんでしょう?」

 クレアノンは静かに。

「お母さんが、『幸せ』になっちゃいけない、って思っていると、赤ちゃんも、やっぱり、『自分は幸せになっちゃいけない』って、思っちゃうんじゃないかしら? 卵で生まれてくる私達だって、卵を温めたり、守ってくれたりする相手の影響は受けるのよ。ああ、まあ、ほったらかしにされてても別に支障なく孵化してくることの出来る竜だっているけど」

 だがきっぱりと、そう言った。

「――そうですね」

 アレンはコクリとうなずいた。

「私にいくら罪があっても――親にいくら罪があっても――この子には、なんの罪もないんですから――」

 アレンは愛しげに、自分の腹をそっとなでた。

「だから私は――この子が幸せになれるように、がんばらなくっちゃ――」

「――ねえ」

 クレアノンもまた、愛しげにアレンの腹を見つめた。

「あなたが殺してしまった人達を、生き返らせることは出来ないわ。そんなことは、不可能なの、私には。――でもね」

 クレアノンは、優しい笑みをアレンに向けた。

「あなたと、ユミルさんと、おなかのその子が、幸せになるお手伝いなら、私でも出来ると思うんだけど――どうかしら?」

「――はい。ありがとうございます」

 にっこりと、クレアノンに微笑みを返したアレンは。

 それからもう、うつむくことはなかった。





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