世界をつくる物語 第57章
「――で、結局エリックはどうしたの?」
「は、エリックはその、いまだ獣人の皆さんとその、宴会続行中でして、はい」
パーシヴァルは、恐縮しながらクレアノンに告げた。
「あら、まあ」
クレアノンはクスクスと笑った。
「エリックって、ほんとに人なつっこいものね。楽しんでるみたいね」
「その、どうもすみません、勝手な事をしてしまって」
「あら、いいのよそんなに恐縮しなくても。人脈が広がるのはいいことだわ」
「獣人――ですか。あちらの大陸にいるという話は聞いておりますが、まだ実際に見たことはないですねえ」
と、ユミルがうなる。
「あ、俺もまだ見た事ないです」
「ぼくもないです」
と、ライサンダーとエルメラートが口をそろえる。
「昔は、たまーにこっちにも来てたのよお」
と、ハルディアナがのんびりと口をはさむ。
「確かええと――あっちの大陸の中でのいざこざのせいで、最近はこっちに来てるひまなんてなかったみたいよお。ええと――オルミヤン王国と、ウルラーリィ王国が、百年戦争だかなんだかをやらかしてたんだったかしら?」
「そう、アヤティルマド大陸百年戦争ね。主な参加国は、ハルディアナさんが言った通り、オルミヤン王国とウルラーリィ王国。他にも、ヨルノイドやワティルンカなんかが参加した大戦争だったんだけど――確か、30年くらい前に終わったはずよ」
クレアノンが、スラスラと補足する。
「どっちが勝ったんですか?」
と、エルメラートが無邪気にたずねる。
「まあ、どちらも完全な勝利をおさめたわけじゃなくて、かなり痛み分けって感じだったんだけど――今のところ、アヤティルマド大陸における最大勢力は、オルミヤン王国ってことになってるわね」
一瞬のためらいもなく、クレアノンが答える。
「へえ――あっちの大陸が落ちついてきたから、こっちの大陸に興味が出てきた、ってわけですか?」
と、ライサンダーが首を傾げる。
「そういうことなのかしらね?」
と、クレアノンも首を傾げる。
「探検隊、だとおっしゃってましたが」
パーシヴァルが首をひねる。
「私は、この世界のことは、まだあまり詳しく知らないのですが、私達が出会った、というか、エリックがいっしょになってただいま宴会真っ最中の獣人の探検隊のかたがたは、とてもその、友好的に見えましたが――」
「探検隊――ああ、そうか」
クレアノンは少し息を飲んだ。
「獣人も、そんなに寿命が長い種族じゃないものね。百年もの間没交渉だったら、こっちの大陸のことなんてまるっきりわからなくなっちゃうのね――」
「こちらの大陸から、あちらの大陸に行こうとする人はいなかったんですか?」
と、アレンが目をしばたたく。
「物騒でしたからねえ」
と、ユミルが言う。
「百年戦争の間、あの大陸は、どこもかしこも軒並み戦地、でしたからねえ。よっぽどおいしい見返りがなければ、わざわざあちらの大陸に行こうなんていう物好きは、まあ、まずいはしなかったでしょうね」
「で、その『よっぽどおいしい見返り』っていうのがなかったわけね」
と、クレアノンが軽くうなずく。
「基本的に、私達のいるニルスシェリン大陸と、あちらのアヤティルマド大陸とは、まったく交渉を持たなくても、特に支障なく自給自足していけるものね。わざわざ戦火をついて出かけていくほどの必要を、お互いに感じなかったわけね」
「じゃあ、どうして今になってわざわざやってきたんでしょう?」
エルメラートが再び、無邪気にたずねる。
「さあ――国が落ちついて、外に目を向ける余裕ができたのか、それとも、もっと切羽詰まった事情があるのか――」
クレアノンが考えこむ。その瞳が、銀色に輝く。
「面白いわ。とっても面白い――」
「――まさか、とは思うんですが」
ユミルが不安げに眉をひそめた。
「こちらの大陸を、侵略するつもりじゃないでしょうねえ?」
「そんなことをするだけの、言いかたは悪いけど、うまみがあるのかしら?」
クレアノンは首をひねった。
「私の知る限りでは、あなたがた人間や亜人と、彼ら獣人との間には、そんなに極端な戦力差があるわけじゃないわ。ああ、それは個人個人を比べれば、身体能力では獣人のほうが勝っているし、逆に魔法では人間や亜人のほうが勝っているけど。でも、国対国、ということにでもなれば、そうね――そんなに極端な戦力差があるわけじゃない、と思うわ。だから、あちらの大陸からわざわざ遠征してきたって、結局返り討ちにあうだけの話よ。こちらの人達は、生まれ育った故郷という地の利を最大限生かして戦えるのに、あっちから来る人達は、長旅で疲れきっているうえ、援軍や物資の補給もままならない状態で戦わなくちゃいけないんだから」
「なるほど、それはそうですね」
ユミルが大きくうなずく。
「だとするといったい――何を目的とした『探検』なんでしょう?」
「あら」
クレアノンはクスリと笑った。
「直接聞いてみればいいじゃない」
「え!?」
「ねえ、パーシヴァル」
クレアノンはパーシヴァルにチラリと目くばせしてみせた。
「どうせエリックは、明日にでもその探検隊のかたがたを、私にあわせに連れてくるつもりなんでしょ?」
「おっしゃるとおりです」
パーシヴァルは、クレアノンに向かって深々と一礼した。
「御迷惑でなければいいのですが」
「迷惑だなんてとんでもないわ。むしろ、連れてきてくれなかったら、気がきかないって怒っちゃうかも」
クレアノンはクスクスと笑った。
「――ねえ、ユミルさん、ちょっとうかがってもいいかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「ねえ」
クレアノンの瞳がキラキラと輝く。
「外国人でも『セティカ』になれたりするのかしら?」
「前例がないわけではありません」
ユミルは即答した。
「ただ、その場合は当然、『セティカ』になるかたには、このハイネリアに帰化していただくことになるわけですが」
「ああ、それはそうよね」
クレアノンはうなずいた。
「それじゃあ――ねえ」
クレアノンは身を乗り出した。
「獣人は――『セティカ』になれるのかしら――?」
「――ぜ、前例は、ありません。な、ないはずです、はい」
ユミルは大きく息を飲んだ。
「ク、クレアノンさん――い、いったい何を考えているんですか!?」
「具体的には、まだ、何も」
クレアノンの唇に、ゆるやかに笑みが浮かんだ。
「でも、私はね、いろんなことを、いろんな可能性を、実現するかしないかはおいておいて、頭の中で何度も何度も考えてみるのが、とてもとても――とても、好きなのよ」




