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世界をつくる物語 第55章

「――なあエリック、おまえ、酒を飲んでも酔っぱらったりはしないんだろう、本当は?」

 真っ赤な顔でガドガド酒のジョッキを傾けながらヘラヘラと笑うエリックを見て、パーシヴァルは大きくため息をついた。パーシヴァルの結界で、周りの人々はみな、どう見ても酩酊しているエリックと、人形サイズでため息をついているパーシヴァルのことを『視界に入れたくない』、あるいは、『気にとめたくない』ような状態になっている。そこに誰かがいるのはなんとなく認識していても、では、いったいどんな人物が何をやっているのか、は、認識することができず、記憶にも残らないようになっているのだ。

「にゃっははは」

 エリックは、機嫌よく笑った。

「そらあまあね、確かに、オレはほんとは『素材』の――っと、人間のお酒飲んだって酔っぱらったりはしないッスよ。でーもねーえ、どーせお酒を飲むんだったら、酔っぱらったほうが楽しいじゃないッスか、ねえ? だからオレ、今は、お酒で酔っぱらうような設定にしてあるんス」

「そういうもんか?」

 パーシヴァルは首をひねった。

「ままま、マスターも、まずは一杯」

「おい、やめろ、私をおぼれさせる気か!?」

 パーシヴァルはあわてて、エリックがさしだしてくるジョッキから逃げまどった。今のパーシヴァルの体のサイズからして、エリックにジョッキを突きつけられるのは、普通の人間が、酒を満々とみたした大タルを、巨人から突きつけられるのに等しい。

「にゃはー、ごめんちゃい。マスターには、これじゃちょっとでかすぎたッスね」

「飲んだらおとなしく帰るんだぞ」

「えーッ、そんなのつまんないじゃないッスかあ」

「よけいな騒ぎを起こすな。そうじゃなくてもおまえは、行く先々で騒ぎを引き起こす傾向にあるんだから」

「んにー、マスターだって、人のこと言えないくせにー」

「私がいつよけいな騒ぎを――」

 言いかけたパーシヴァルの口がポカンと開いた。

「エ――エリック」

「なんスか?」

「あ、あれ、あれ――」

 パーシヴァルは、酒場の入り口を、震える指で指さした。

「あれは――あれはいったいなんだ!?」

「へ? ……ああ」

 エリックはヒョイと肩をすくめた。

「獣人の団体さんじゃないッスか」

「じゅ、獣人!?」

「あー、マスターの世界にはいなかったッスね、そういえば」

「こ、こ、この世界でだって、今まで見た事ないぞ!?」

「そらあマスター、生活圏が違うからでやんしょ。ちょっと検索してみりゃわかるッスよ」

「あ、ああ――」

 エリックに言われたパーシヴァルが、虚空から、木の葉か何かのようなキーボードを取りだしパタパタと叩く。それに対応して、虚空に浮かんだ手のひらサイズのスクリーンの上を、目まぐるしく文字と画像が流れる。

「な――なるほど。獣人達の国は、この大陸とはちがう大陸にあるのか。それでは、今まで見た事がないのも無理はないか。ふむ、なるほど、もっとも大きな国はオルミヤン王国――」

「……おりょ?」

 エリックが目をパチクリ――させたかどうかはわからない。何しろエリックの顔の上半分は、いつもいつでも、馬鹿でかいミラーのサングラスにおおわれている。

 エリックが顔を向けた先には、獣人達の一団から離れ、ピョコピョコと飛び跳ねるような独特な足取りで自分達のテーブルに近づいてくる、小さな、おそらくはげっ歯類の何かの系統であろう、獣人の――子供なのか大人なのか、男なのか女なのか、エリックにはとっさには判断がつかなかった。

「おりょりょりょりょ…………」

「――なあんやーあ」

 小さな獣人は、いたってのどかな声をあげた。声から判断するに、どうやら女性であるようだ。

「こっちの大陸には、こんなにちっこい種族がおるんかあ。のう、そこの、ええと、そこの、人かの、なんなんかの?」

「…………へ?」

 小さな獣人にのぞきこまれたパーシヴァルは、すっとんきょうな声をあげて目を白黒させた。

「マスター、らしくないミスッスね」

 エリックが、チッと舌をならした。

「結界をはり忘れるなんて」

「ち、ちがう! わ、私はちゃんと結界をはっていた! エ、エリック――」

 パーシヴァルの顔が青ざめた。

「こ、この人は、結界破りだ!」

「ヘエッ!?」

 エリックもまた、すっとんきょうな声をあげた。

「え、そ、それって、こっちの世界にもいるんスか!?」

「――世界をたがえても、私の結界が通用したんだ」

 パーシヴァルは、大きくため息をついた。

「結界破りがいても、何もおかしいことはあるまい?」

 ちなみに、ここでいう『結界破り』とは、生まれつき、結界が全く通用しないか、あるいは非常に結界の影響を受けにくい人々のことだ。これは、まったくの生まれつきで、努力や技術でどうにかなるものではない。少なくとも、パーシヴァルが元いた世界ではそうだった。

「……なんやあ」

 小さな獣人は、まるい目をパチクリさせた。

「ぼく、声かけちゃいけんかったんか?」

「いやいや、んーなこたあねえッスよ」

 エリックは、ヘラヘラと小さな獣人に笑いかけた。

「どーもどーも、初めまして。オレは悪魔のエリック・レント。こっちは、オレの使い魔の――」

「パーシヴァル・ヴァラントと申します。以後お見知りおきを」

 話をふられたパーシヴァルが、ほとんど条件反射で自己紹介する。

「そういう種族は、ぼくらの大陸にはおらんの」

 小さな獣人は、のんびりと言った。

「こんばんわあ。初めまして。ぼくは、サバクトビネズミ族の、オリン・ジュートやあ。オルミヤン王国の、探検隊の隊員なんよ」

 と、小さな獣人――オリンが胸をはったとたん。

「――オリンちゃん、誰と話してるの?」

 後ろから、いささか不安げな声がかけられた。声の主は、オリンの頭がみぞおちのあたりまでしか届かないほど大柄な、その斑紋も美々しい、戦いの女神のような体格をした、美しい豹の獣人の女性だった。

「にゃるほど、確かにマスターの結界は、バッチシ効いてるみたいッスね」

 エリックがうなった。

「あー、マスター、話がややっこしくなりそうなんで結界を解いてくれねッスか?」

「解いたらよけいややっこしいことになるんじゃないか?」

「ま、ま、ま、とりあえずとりあえず」

「――わかった」

「わ」

 パーシヴァルが片手をふったとたん、豹の女性は目を丸くした。

「え? え? え? あ、あなたがた、いつからここに――?」

「何言うとるんやナルアしゃん。二人っとも、ずぅっとここにおったやないかあ」

「え――」

 豹の女性――ナルアの目が鋭くなる。

「そんな――これは、めくらまし? いや、しかし――?」

「どーしたんスか隊長?」

 エリック達のテーブルの周りを、どやどやと大柄な獣人達――大部分は犬か、それに類する系統のようだ――が取り囲む。

「おいこら、おまえら、そんなにいっぺんにこっちに来るなや。むさくるしいやろが、おぅん?」

 大柄な獣人達の半分――どころか、下手をすれば四分の一ぐらいしかないのではないかというオリンが、威張った顔で獣人達をたしなめる。

「んだよー、オリン、おめーが一人でヒョコヒョコ勝手に出歩くからいけねーんだろー」

「だってぼく、こんな人見るの初めてなんやもん」

 オリンがパーシヴァルを指さす。

「おっ、ほんとだ、ちっちぇー!」

「へー、こっちの大陸には、こんな種族もいるんだ」

「――いや」

 ただ一人、ナルアだけが。

 氷のように冷静な目で、パーシヴァルを見つめていた。

「こちらの大陸に、こんな種族がいるなんて、私は聞いたことがない――」

「さあって」

 エリックがニヤニヤと、両手のひらをこすりあわせた。

「おんもしろくなってまいりましたよ、っと」

「…………私はいっこうに面白くないぞ…………」

 パーシヴァルは青い顔で、ナルアの食い入るような視線を一身に浴びていた。





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