世界をつくる物語 第49章
「ああ、楽しかったわ!」
クレアノンは本当に楽しそうに、顔を上気させ、にこにこと笑いながらザイーレンとリロイが茶を饗されている部屋に現われた。
「あんなに熱心に話を聴いてもらえると、本当にやりがいがあるわ!」
「……いや、驚きました」
ザイーレンは、いささか呆然とした顔で言った。
「あら」
クレアノンはクスリと笑った。
「いったい何に驚いたのかしら?」
「それはもう、いろいろなことに」
ザイーレンは苦笑した。
「あなたが竜だということに驚いたのはもちろんですが、他にも――」
「他にも?」
「先ほどお茶を持ってきて下さったハルディアナさん」
「ハルディアナさん?」
クレアノンは小首を傾げた。
「ハルディアナさんが、何か驚くようなことをしたかしら?」
「した、というか――」
ザイーレンは、再び苦笑した。
「私、身重のエルフなんて初めて見ましたよ」
「ああ」
クレアノンは目をしばたたいた。
「そうね、エルフは、子供が生まれにくいから、子供や妊婦を、本当に大切にするものね。エルフって元々、自分達の里の外にあんまり出てこない種族だけど、特に子供や妊婦は、絶対というほど里の外には出さないものね」
「と、いうことは」
ザイーレンの目がチラリと光る。
「あの、ハルディアナさんというかたは、普通のエルフではない、ということですね」
「そうね。少し、変わり者かもね」
クレアノンはあっさりと答えた。
「私、変わり者とつきあうのが好きなの」
「おや、それではどうやら私は、あなたのお気に召す事は出来ないようですね」
ザイーレンは小さく笑った。
「何しろ、『二流ぞろいのイェントン』の、典型のような人間ですから」
「でも、あなたはエリシアさんと結婚したわ」
クレアノンはじっとザイーレンを見つめた。
「一族のみんなと、それ以外のいろいろな人達から反対された、って、私は聞いているわ。それでもあなたは、エリシアさんと結婚した」
クレアノンはクスリと笑った。
「それは『普通』のことではないでしょう?」
「――それだけですよ。私にあるのは、それだけです」
「でも、『ある』んでしょう?」
クレアノンの瞳が、銀の輝きを宿す。
「どこにも、何も、普通でないところ、変わったところがない人なんて――人間だって、エルフだって、ドワーフだって、ホビットだって、淫魔だって、悪魔だって、他のいろんな種族だって、そしてもちろん、竜だって――どこにも一人も、いるはずないのよ」
「――」
ザイーレンは、クレアノンの言葉をどう受け取ればいいのかよくわからなかった。
ただ。
不思議と、いやな感じはしなかった。
「だから私は、今、とても楽しいわ」
クレアノンはにっこりと笑った。
「どんな人を見ても、どんな種族を見ても、そのたびに新しい発見があるわ。私は今まで、本を読んで、それで全部わかったつもりでいたわ。でも――全然違ってたのね。本を読むのと、自分で体験するのとは、全然違うことなのね。私、そんな簡単なことも、今までちゃんとわかってなかったわ」
「――」
ザイーレンは、ふと、くすぐったいような気分になった。
クレアノンの外見は、すでにそれなりの年齢に達している、どっしりとした女性だ。おばさん、と表現することも出来るだろう。そしてもちろん、竜であるクレアノンは、人間であるザイーレンよりはるかに長く、竜としての生を重ねてきたのだろう。
だが、今。
クレアノンの瞳には、少女のような輝きがあった。
その輝きは、ザイーレンの妻、エリシアの瞳に浮かぶ輝きと、どこか似通っていた。
「リロイは、あなたが私達と友達になりたがっていると言いました」
ザイーレンは静かに告げた。ザイーレンとクレアノンの会話を無言で見守っているリロイも、小さくうなずく。
「ええ」
クレアノンはにこりと笑った。
「あなた達と友達になれたら、本当にうれしいわ」
「――こう申し上げることが、失礼にあたらなければいいんですが」
ザイーレンはクスリと笑った。
「あなたは変わった竜ですね」
「なんだかみんなにそう言われてるような気がするわ」
クレアノンは苦笑した。
「そうねえ、自分ではよくわからないんだけど、みんながそろってそう言うんだから、私は変わった竜なのかもね」
「――あなたの考えていらっしゃることを、リロイから聞きました」
ザイーレンが真顔になる。
「そう」
クレアノンもまた、真剣な顔でザイーレンを見つめる。
「それで――あなたの意見をうかがってもいいかしら?」
「――私個人としては、あなたの主張を受け入れてもいいと思っています」
ザイーレンはまっすぐにクレアノンを見つめた。
「別に私達は、ファーティスに恨みがあって戦っているわけではないんです。戦わずにすむ方法があるのなら、その方法を選んでみたい」
「――あなた個人としては、賛成なのね」
クレアノンはうなずいた。
「では――ハイネリア四貴族筆頭、イェントン家の当主としては?」
「――」
ザイーレンは、しばし視線をさまよわせた。
「――一族の中には、そもそもあなたの――竜の言うことなど信じられない、という者達も多くいるでしょう。かの暴虐の白竜――ガーラートという名だそうですが――かの白竜に対する恐怖は、いまだ私達、ハイネリアの人間の心に根深く残っています。その恐怖が、竜族一般に対する、恐怖と不信につながっている。それに――」
「それに?」
「こう言ってはなんですが、あなたがた竜族と、私達人間との力の差が大きすぎるんです」
ザイーレンはきっぱりと言った。
「無礼を承知で申し上げますが、あなたがた竜族にとっては戯れにすぎないことも、私達人間には生死をかけた大問題になってしまう、ということも、よく――本当によく、あるのです」
「――ガーラートがあなたがたのご先祖さま達にした仕打ちも、その一つでしょうね。もちろんガーラートは、自分がやったことを、戯れだなんて思っていないでしょうけど。あいつはほんとに、よくも悪くも、自分の目的以外何一つ目に入らないのよ」
「――一つ、うかがいたい」
ザイーレンは、厳しい目つきでクレアノンを見つめた。
「あなたが私達を見捨てないという保証がどこにあります?」
「――」
クレアノンは、少し考えこんだ。
「――万の言葉を費やしても、信じてもらうことは出来ないでしょうね」
クレアノンは、小さくため息をついた。
「だから私は、あなた達とともに生きることで、私の誠意を示すわ。ねえ――私達、竜族の寿命は、とても――とても、長いのよ。私は――あせらないわ。私には、たくさんの時間が与えられているの。あなたがたの信頼を得るために百年が必要だというのなら、私は喜んで百年の時を費やすわ」
「――」
ザイーレンは絶句した。ザイーレンは人間だ。竜族との時間の感覚の違いに、ザイーレンは、いささか打ちのめされた思いだった。
「――あなたは、そんな覚悟までしていたんですか」
「私にあるのは、時間と、知識と、竜としての力だけだもの」
クレアノンの瞳が、ふと、遠くを見やる。
「あなたがたが私を信用できない、っていうのは、ある意味当然よ。だって私は、今まであなたがたに信用してもらえるような、何かをしてきたわけではないのだもの。――だから」
クレアノンはきっぱりと言った。
「私は、あせらない。あなたがたの信頼を得るために、いくらでも時間と、そして、私の心を捧げるわ。――あなたがたが、私という存在を、受け入れてくれればの話だけど」
「私達人間が、竜を拒むことなど出来るとお思いですか?」
ザイーレンは、わずかに皮肉っぽく言った。
「――出来るわ」
クレアノンの声に、わずかに悲しみがにじんだ。
「私がいくら強力な力を持っていたって、憎まれれば、嫌われれば、怖がられれば、拒まれれば――私の心は、やっぱり痛むわ」
「――失礼な事を申し上げました」
ザイーレンは深々と頭を下げた。
「どうかお許し願いたい」
「失礼とは思わないわ。あなたの言うこともわかるもの」
クレアノンはかすかに笑った。
「――さて、それでは」
ザイーレンは、小さく肩をすくめた。
「とりあえず私は、一族のみなを納得させなければならないようですね」
「――当主様がそのおつもりなら」
部屋に入ってきた人影を見て、ザイーレンは目を見張った。
「どうか私の力をお使い下さい」
「――立ち聞きとは、よくない趣味だな、ユミル」
「これは失礼」
人影は――ユミルは不敵に笑った。
「しかし私もいささか、なりふりかまってはいられない状況にありまして」
「なるほど」
ザイーレンの唇にもまた、不敵な笑みが浮かんだ。
「では、ゆっくりと話を聞かせてもらおうか」
ザイーレンはじっとユミルを見つめた。
臨界不測爆鳴気の拘束場から、脱出不可能なはずのその空間から、敵国ファーティスの魔術師とともに、忽然と行方をくらましていた、一族の青年を。




