世界をつくる物語 第39章
「結局、私が竜だってことは隠さなくていいのね?」
「隠したほうが、バレた時にまずいでしょう、いろいろと」
メリサンドラは肩をすくめる。
「まあ、わざわざ吹聴してまわる必要もないと思うけど」
「わかったわ」
クレアノンはにっこりと笑った。
「それじゃあ――」
メリサンドラも、クレアノンににっこりと笑いかけた。
「子供が多いから、ちょっとうるさいけど我慢してね。――兄さん、入っていいかしら?」
「ああ」
メリサンドラのノックに、リロイの短い返事が返る。
「お待たせー。ようやくこっちの話がまとまったわ」
「だから」
扉を開けた面々の耳に、話に熱中しているナスターシャの声が飛び込んできた。
「風の魔法で飛ぶのと、浮遊魔法で飛ぶのとでは全然違うんだ。ハルディアナさんは、エルフだから浮遊魔法が得意だろう?」
「そうねえ、浮遊魔法は、あたし達エルフのお家芸ねえ」
「飛んでる時の感覚が、もう全然違うんだから!」
「そうなの?」
ミオが目を丸くする。
「どっちが気持ちいい?」
「ん?」
ナスターシャは、目を白黒させた。
「のんびり空をお散歩したい時は浮遊魔法で、風みたいに思いっきり空を駆けまわりたい時は風魔法ねえ」
と、ハルディアナがクスクス笑いながら答える。
「ふうん」
「あ!」
扉から入ってきたクレアノンを見つけたヒューバートが、パッとそばによる。
「こ、こんにちは! ええと、ええと、ぼくは、ヒューバート・ソールディンです! ええと――」
ヒューバートは首を傾げた。
「あなたはどちらさまですか?」
「ご丁寧なご挨拶、どうもありがとう、ヒューバートさん」
クレアノンはにっこりと笑った。
「私はクレアノン。種族は、黒竜よ」
「……え」
ヒューバートの口が、ポカンと開いた。
「りゅ――竜!?」
「ああ――私のことが怖いのかしら?」
クレアノンは、少し悲しげに言った。
「確かにガーラートは――あなたがたのもといた国を滅ぼしてしまった白竜は、本当にひどいことをしたものね。あなたがたが竜を怖がるのもわかるわ。でも――私は、あなたがたと、仲良くしたいの。本当よ」
「ヒューバートさん」
ライサンダーが、笑いながら口をはさんだ。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。クレアノンさんは、本当に優しい竜ですから。俺達なんか、ディルス島からハイネリアまで来る時、クレアノンさんの背中に乗せてもらってきたんですよ。ビューンとね、こう、空を飛んで」
「え!?」
ヒューバートの頬が、パッとほてる。
「りゅ、竜の背中に!? うわあ、すごいなあ――」
「すごい? そう?」
クレアノンが、ちょっときょとんとする。
「別に、そんなに大変なことでもなかったわよ? ああ、まあ、私は飛ぶのはあんまりうまくないから、いつもよりちょっと気をつけて魔法を使ってはいたけど」
「いやいや、クレアノンさん」
ライサンダーが苦笑する。
「ふつーの連中にとっちゃ、竜の背中に乗るなんて、ただそれだけで一大事件ですって」
「ふうん? ああ、まあねえ、たいていの竜は、他の種族と仲良くなんてしようとしないものねえ、あんまり」
「ク――クレアノンさん」
ヒューバートは、頬をほてらせたまま言った。
「ぼ、ぼく――ぼくも――ぼくも、クレアノンさんの背中に乗ってお空飛びたいなあ!」
「ヒュー、ずるい!」
口をとがらせてミオが割りこむ。
「わたしだって、クレアノンさんの背中に乗せてもらいたい!」
「ぼくも!」
「ぼくも!」
「ぼくもお!」
ミオの小さな弟達も、口々に騒ぐ。一番小さな妹のリーンだけが、話の意味もわからず、エルメラートの服の中やら体の上やらを素早くいったりきたりする黒貂の黒蜜を見てキャッキャッとはしゃいでいる。
「あらあら」
クレアノンは、うれしそうに笑った。
「ええと――こういうときって、確か、あなたがたの文化だと、ご両親におうかがいを立てるものなのよね?」
「そうね」
メリサンドラはクスリと笑った。
「俺は反対したりしねーよ」
カルディンが即座に答える。
「つーか、反対したりしたらこいつらに髪の毛全部むしられちまう」
「やったー!」
「わーい!」
「うあーい!」
「おそら!」
ミオ達が口々にはしゃぐ。
「と――父さん」
ヒューバートが、少し不安そうにリロイを見つめた。
「ぼ――ぼくも、いいでしょ?」
「――」
リロイは、じっと息子を見つめた。
「――ヒューバート」
「は、はい」
「おまえ」
リロイの青い瞳は、まっすぐにヒューバートの茶色い瞳を見つめていた。
「クレアノンさんと、ずっと仲良くできるか?」
「え?」
「大人になってからも、ずっと仲良しでいられるか?」
「え――」
ヒューバートは、困ったように目をしばたたき。
ややあって。
「――うん」
と、大きくうなずいた。
「だって、クレアノンさん、にこにこ笑ってるもん。ちっとも怖くないもん。クレアノンさんのお友達の、ライサンダーさんも、パーシヴァルさんも、エリックさんも、エルメラートさんも、ハルディアナさんも、みんなみんな、とってもいい人達だもん。だから、ぼくきっと、大人になってからも、ずっとクレアノンさんと仲良しでいられるよ」
「そうか」
リロイは大きくうなずいた。
「だったら、いい。許す。――クレアノンさん」
「なあに、リロイさん」
「私達人間の寿命は、短い」
「――」
唐突なリロイの言葉に、クレアノンはちょっと驚いたようだが、口をはさむことはしなかった。
「私達の寿命は、短いんだ」
リロイは繰り返した。
「他の、似たような姿をした者達――エルフやドワーフやノームやホビットと比べても、まだ短い。淫魔よりもたぶん、私達の寿命は短いんだろう」
「――そうですね」
エルメラートは静かにうなずいた。
「ええ。ぼく達淫魔の寿命は、あなたがたより長いですね」
「私達は、すぐに死んでしまう」
リロイは、まっすぐにクレアノンを見つめた。
「あなたよりも、ずっと早くに」
「――」
クレアノンは、かすかにうなずいた。
「――だから、子供達と仲良くしてほしい」
まなざしと同じように。
リロイはまっすぐに言った。
「私達は、すぐに死ぬけど、そのかわりに子供を産むから。私達が子供を産んで、子供達はまた子供を産むから。だから、子供達と仲良くし続けていけば――」
リロイは、静かな笑みを浮かべた。
「あなたはずっと、私達と仲良くし続けていくことが出来る。――あなたが望んだとおりに」
「――」
クレアノンは息を飲んだ。
リロイは確かに、人づきあいが得意ではない。彼が努力しても彼には理解することが難しい感情というものもいくつかあるし、彼の、それなしでは心の平静を保てない、独自の規則やこだわりも、事情を知らない者達からは、単なる奇癖やわがままととられてしまうことが多い。
だが、それは。それらのことは。
リロイが、他者の気持ちを思いやることが出来ないということを、示しているのではないのだ、決して。
「――ありがとう」
珍しいことに。
クレアノンは、言葉をつまらせていた。
「本当に――ありがとう、リロイさん」
「――」
リロイはしばし、目をしばたたき。
「――どういたしまして」
と、生真面目にこたえた。




