世界をつくる物語 第28章
本当は。
本当は、ミーシェンは。
本当はミーシェンは、いつだってこう呼びたいのだ。
兄さん、姉さん――と、子供の頃のように何の屈託もなく。
だが、ミーシェンは気づいてしまった。
兄弟の中で――自分だけ、違う。
兄達は、姉達は。
栗色の絹糸のようなまっすぐな髪。空の青を溶かしこんだかのような青い瞳。抜けるように白い、シミ一つない肌。どこまでも滑らかに整った、人形か彫刻のような顔。
対して、自分は。
蜂蜜色の、クルクルとした巻き毛。青とも緑ともつかぬ、兄達や姉達とは明らかにちがう色の瞳。子供のころからどうしても消えてくれないそばかす。目と口の大きな、あけっぴろげすぎる顔。
自分だけ――どこまでも、違っている。
そう、そして。
自分だけ。
自分だけ――天才ではないのだ、兄弟の中で。
いや、ミーシェンも、ある意味では天才なのかもしれない。ミーシェンのことを天才と呼ぶものも、探せばきっといるだろう。
だが、ミーシェン自身は、どうも自分のことを、天才であると自覚できない。
ミーシェンは、ただ。
とても頭がいいだけ。
それで十分だろう、と、多くのものは言うだろう。十分すぎるだろう、と、きっと言われることだろう。
兄達も、姉達も、そのことを喜んでくれた。
ミーシェンが、とても頭がよいことを。そして、兄弟の中でミーシェンだけが、様々な系統の魔法を扱えることを。
『雷のリロイ』
『水のメリサンドラ』
『炎のカルディン』
『風のナスターシャ』
兄達と姉達は、四人ことごとくが『同胞』だ。同胞。ある一つの系統の魔法には、まさに天才的な力を発揮する代わりに、それ以外の系統の魔法を何一つ扱うことの出来ない魔術師達。
ミーシェンだって、本当は。
同胞で、ありたかったのだ。
兄達と、姉達と、おんなじようでありたかった。
でも――兄達も、姉達も、ミーシェンが同胞ではないことを、様々な系統の魔法を自在に扱えることを、心の底から喜んでくれた。本当に本当に喜んでくれた。そんなにいろんなことが出来るなんて、ほんとにすごいねと言ってくれた。
それがほんとにうれしかったから。
ミーシェンは、出来るだけ色々な魔法を使うことが出来るよう努力を重ねてきた。
でも、心の底ではいまだにかすかに思っている。
自分だけ、違う。
そう――ミーシェンは、自分だけ天才ではないと思っている。
そして同時に知っている。
自分だけが、兄達や姉達が代償のように支払っている、犠牲を支払わずにすんだ。
長男のリロイは、余人には思いもつかぬ、異常なまでに独創的な発想をすることが出来る。誰にも思いつかぬからくりを、誰にも思いつかぬ陣形を、考えだす事が出来る。
まるでその代償のように、リロイはいつも、異常に強い自分のこだわりに苦しめられている。日々の予定、安定した日常に、どんな小さな齟齬が生じても、リロイはまるで、歯車の中に石を放りこまれたからくり人形のようになってしまう。そしてまた、リロイはひどい人見知りでもある。知らない人達の前ではリロイは、壊れたからくり人形のようなぎくしゃくした動きをしか、することが出来なくなってしまう。
長女のメリサンドラは、一度聞いた話ならほぼ完璧に記憶出来る。あちこちで聞いた話の断片をつなぎ合わせ、華麗なタペストリーを織りだす事が出来る。
まるでその代償のように、メリサンドラは、文字を読むのがひどく苦手だ。いや、メリサンドラの頭が悪いわけでは決してない。ただ、文字を読むのがひどく苦手と言うだけだ。もっともこれを代償というのは、原因と結果が逆転しているのかもしれない。文字を読むのがひどく苦手だからこそ、そのかわりにメリサンドラは、聞いた話を決して忘れないよう、努力をしているのかもしれない。
次男のカルディンは、いつでもびっくりするほど活気に満ち溢れ、いつだって何かしら新しい事に手を出していて、話題が豊富で明るくて、灯火のように人々をひきつける。
まるでその代償のように――いや、これを代償と見るものは、きっとほとんどいないだろう。単なる性格、しかも、カルディンのようなものならごく当然の性格だと思うことだろう。
ただ――兄弟達は、知っている。カルディンの、異常なまでのあきっぽさを。人の話を大人しく聞くということがどうしても出来ないことを。どんなに他人に注意されても、時間を守るということがどうしても出来ないことを。
次女のナスターシャは、風の魔法の大いなる天才だ、国中探したってナスターシャに比肩する風魔法の使い手などまず見つかるまい。
まるでその代償のように、ナスターシャは奇妙な眠り病にとりつかれている。寝不足ではない。怠け癖でもない。ただナスターシャは、時と場所とをかまわずに、すさまじい眠気の発作に襲われてしまうことがあるのだ。こんな病気、なおす方法、どころか、それが本当に病気なのかどうか、ナスターシャのほかにもこんな病気に悩んでいるものがいるのかどうか誰も知らない。
ミーシェンだけが、何の代償も支払わずにすんだ。
兄達も、姉達も、そのことをとても喜んでくれた。
だが、ミーシェンは、やはり時々こう思ってしまうのだ。
どんな代償を支払ってもいい。自分も兄達や姉達と同じ、異能の天才でありたかった。
自分だけ。
自分だけ――違う。
子供の頃は、呼んでいたのだ。
何の屈託もなく呼んでいたのだ。
兄さん、姉さん、と、何の屈託もなく。
だが――いつからだろう。ミーシェンは、気づいてしまった。
自分に向けられる嘲笑に。
なんて厚かましい――と、ささやき交される言葉に。
ミーシェンは、兄達や姉達とは母親が違う。
ミーシェンは、兄弟達の父、フェルドロイが一夜の過ちを犯してしまった、その結果なのだ。生前のフェルドロイは、ミーシェンを見るたび――そもそもフェルドロイがミーシェンにあおうとすること自体非常にまれだったのだが――ひどく疎ましげな顔をしていた。兄達や姉達の母親、正妻のメラルディアは、それ以上に激烈に、生涯ミーシェンを拒み通した。兄達や姉達が、自分を育て、いつくしんでくれなかったら、今ごろ自分はどこかで野垂れ死にをしていただろう。ミーシェンはそう思う。
だからミーシェンは――心の底から反発しながら、その言葉を聞き流す事がどうしても出来ないのだ。
なんて厚かましい――という、その言葉を。腹違いの兄弟達のお情けだけにすがって生きのびているみじめなガキが、自分も他の兄弟達と同じつもりでいる。兄さんだと? 姉さんだと? おまえにそんな資格があるのか? お情けをかけて下さる恩人達のことを、なれなれしくもそんなふうに呼ぶ資格がおまえにあるのか、という、そんな嘲りを。
いつからだろう、ミーシェンは、他人がいるところでは呼ぶことが出来なくなった。
兄さん、と。姉さん、と。
兄達も、姉達も、そのことをひどく残念がっている。いつだってこう言ってくれる。どんな場所でも、どんな人たちの前でも、兄さんと、姉さんと、呼んでくれてかまわないのだと。そうしてくれたほうがうれしいのだと。
だがミーシェンは――そうすることが、どうしても出来なくなってしまった。
本当は――呼びたいのだ、いつだって。
なのに出来なくなってしまった。
だって自分だけ違うから。
ミーシェンの心の奥底には、そうべそをかく幼子がいる。
だってボクだけちがうから。
今でもそう言って泣きじゃくっている。
兄達も、姉達も、これ以上を望むことが出来ないくらい優しくしてくれる。
でも、それでも、思わずにいられないのだ。
ボクだけ、ちがう。
――だが。
だが。
違っていようと、同じだろうと。
今はそんなことは関係ない。
関係ないのだ、そんなことは。
兄弟達が、呼んでいる。
本当に大切なことを兄弟で決めなければならない時にだけ出される、非常招集がかかったのだ。
兄弟達が、呼んでいる。
自分の傷も葛藤も、何もかもひとまずお預けだ。
そう――他人は呼ぶ。『ソールディンの四兄弟』と。
だけど、兄弟達はいつだって。
自分が五人兄弟であることを、忘れることなどありはしない。




