世界をつくる物語 第10章
「あんた、また来たんかね」
ニックルビーはあきれたように言った。
「ごめんなさいね、たびたびお邪魔して」
黒竜のクレアノンは、クスクスと笑った。と、いっても今の彼女(クレアノンは両性具有だが、一応彼女としておこう)は、黒髪に浅黒い肌、がっちりと骨太な体をあっさりとした生成りのシャツと黒くしなやかなズボン、頑丈そうな革靴で包んだ、若くも年寄りにも見えない、いたって地味ななりの、人間、もしくは亜人の女性に見える。種族はよくわからない。まあ一番近いのが、人間と、亜人との混血だろうか。
ただ、銀色に輝く双眸だけが、クレアノンの容貌を彩るわずかな飾りとなっていた。
「そういえばニックルビーさん、私のうろこ、何に使ったの?」
「あ、あんたのうろこかい。今考えとるんだがね、シャスは、新しく作る削岩機の刃にしたらどうかって言うんだよ」
「あら」
クレアノンは、ちょっと目をまるくした。
「なるほど、そういう使いかたもあるんだ。へえ――」
「だがね、シャスのつくりたい削岩機ってのね、ながあい棒の先に、こう、風車かなんかみたいに刃をつけて、それをこうグルグルまわして――あんた、わしの言っとること、ちゃんと意味わかるかね?」
「よくわかるわ。ドリルにしたいのね?」
「なんじゃいそら。竜の言葉はわしにはわからんよ。それでね」
ドワーフのニックルビーは、ニタリと笑った。
「それを作るには、うろこが一枚じゃ足りんでね。あんた、またなんか聞きたいこととかないかい?」
「あるから来たのよ」
クレアノンもまた、ニヤリと笑った。
「シャスティナさんは?」
「その削岩機の設計図を描いとるよ。シャス、シャスー!」
「はいはい、なんですよ、ニックったら。そんな大声出さなくたって聞こえてますよ」
ドワーフもノームも、広々とした空間よりも、こぢんまりとした穴倉のような場所を好む傾向がある。ニックルビーとシャスティナの家もまた、こじんまりとまとまった、とはいえ、しょっちゅうニックルビーが鉱石を叩いてみたりシャスティナが設計図を描き散らしたりするせいで、どうしてもいつもどこか散らかっている家だった。
「この竜さん、またわしらに話を聞きたいんじゃとよ」
「いやねえニックったら、あなたほんとに人の名前をおぼえないんだから。クレアノンさんでしょ。お名前をうかがったんだから、ちゃんとお名前でお呼びしないと」
「あら、気を使って下さってありがとう」
クレアノンはにっこりと笑った。
「そういうふうに気を使ってもらう事って、めったにないからうれしいわ。それでね、さっそくだけど今日は――」
「何が聞きたいんじゃね?」
「ニックったら、途中で口をはさまないの」
「あのね」
クレアノンはクスクスと笑った。
「あなた達、ファーティスやハイネリアと、取引をしてるでしょう?」
「ああ、あの小競り合いばっかりやってる連中かね」
ニックルビーは顔をしかめた。
「ディルスにいると、ほんとに対岸の火事ですけどねえ」
シャスティナは嘆息した。クレアノンがその居を構えているディルス島は、ファーティスとハイネリアがあるジェルド半島の、ちょうど南に浮かぶ大きな島である。
「そう、本当にね」
クレアノンはうなずいた。
「なに、ジェルドの連中だって、いつもいつも角つきあわせてるのはだいたいファーティスとハイネリアだけじゃよ。パルヴィアやタヴェリースの連中なんかは、巻き添え食ってずいぶん迷惑してるみたいじゃよ」
「あら――そういう話が聞きたいのよ、私」
クレアノンは身を乗り出した。
「いがみあってるのは、もっぱらファーティスとハイネリアだけなのね?」
「っていうかねえ、だいたいファーティスが突っかかって、ハイネリアがどつき返して、って感じじゃねえ。ファーティスの連中ってのは執念深いね。ま、ハイネリアの連中が来て一番迷惑したのはファーティスの連中じゃから、無理ないのかも知れんが」
「そうねえ、っていってもねえ、今じゃ狭いなりにジェルドの中になんとか収まっちゃったんだから、なんとか仲良くやってけないのかとあたしなんかは思うんですけどねえ。無理なのかしらねえ?」
「だいたい人間って連中は気が短いやつらが多いよ。寿命が短いからかねやっぱり。その割にゃあ、執念深い連中も多いねえ」
「そうねえ、まあ、当事者には色々と言い分もあるんでしょうけどねえ」
「――で」
クレアノンは目を光らせた。
「ニックルビーさんやシャスティナさんが見たところ、ファーティスとハイネリア、どちらのほうが優勢かしら」
「そりゃハイネリアじゃね」
ニックルビーは即答した。
「ファーティスの連中ってのは、人間の中でも偏屈な連中が多いね。わしら亜人を、えらく嫌いよる。まったく馬鹿馬鹿しいこったね。わしらのほうがうまくやれることなんて、いっくらだってあるんだから、大人しく頭を下げてくりゃ手伝ってやらんでもないのに」
「あら――」
クレアノンはわずかに眉をひそめた。亜人をひどく嫌うものが多いというファーティスで、亜人の――それも淫魔の血をひいたアレンがどんな扱いを受けて来たか、なんとなく想像が出来たからだ。
「ハイネリアのかたがたは、やっぱり元が余所者だって遠慮があるのかしらねえ。周りには、けっこう腰が低いみたいですよ。亜人を嫌うってことも見たところそんなにないみたいだし」
「ファーティスの連中が言うことは、そりゃ正しいんじゃろうと思うよ。もといた土地に割り込まれて、怒らんやつはおらんわな。ただ、言いかたがよくないねえ。あんなに偉そうにギャンギャンギャンギャンわめかれちゃあ、味方する気があった連中だってそっぽを向くわなあ」
「不器用なんでしょうねえ、きっと」
「国ぐるみでかい?」
「そういうこともあるでしょうよ」
「なるほど――」
ニックルビーとシャスティナの掛け合いに、クレアノンは興味深げに相づちを打った。
「ありがとう。とても興味深いわ」
「でもあんた、あんた竜じゃろ」
ニックルビーは首をかしげた。
「これっくらいのこと、水晶玉かなんかをのぞいてパパッと調べられんかね?」
「そう――見る事だけならできるんだけど」
クレアノンはため息をついた。
「竜の感じかたは、あなたがた人の形をした生き物とは違うわ。あなたがたと同じ物を見る事は出来るけど、あなたがたと同じことを感じる事は出来ないの。だからやっぱり、そういう事は聞かないとわからないわ」
「ほうん、そんなもんかね」
ニックルビーは、二、三度首をひねった。
「あんたらも、自分らだけで何でもかんでも出来るわけじゃないんじゃね」
「――そうね」
クレアノンは、少し驚いたように言った。
「そうね――そう。ほんとにそうだわ」
「それでそれで、クレアノンさん」
シャスティナが身を乗り出した。
「他にはどんな事をお聞きになりたいのかしら? あたしどんどん話しちゃうわよ。新作の削岩機のために、あなたのうろこがもっと欲しいの」
「あら――あなた達のそういうところって、大好きよ、私」
「あら、どういうところかしら?」
「ニックルビーさんもシャスティナさんも、いつも新しいものをつくろうとしているでしょ?」
クレアノンはにっこりと笑った。
「そういうとこが、大好きなの、私」
「あらあ、ありがとうねえ、クレアノンさん」
シャスティナもまた、にっこりと笑った。
「そう言っていただけるとうれしいわ」
「シャス、あれじゃよ、お茶でもいれたほうがいいんじゃないかね?」
「あらあら、まあまあ、ごめんなさいねえ、あたしったら気がつかなくて」
「お茶をいれてくださるの?」
クレアノンの笑みが大きくなった。
「ありがとう。めったにないのよ、竜がお茶に誘われるのって」
「あらあ」
「あ、でも、ライサンダーさん達は、お茶に誘って下さったけど」
「そうでしょう」
シャスティナは誇らしげに胸をはった。
「いい子ですもの、あの子達」
「そうね」
クレアノンはうなずいた。
「それじゃあ、お茶にしましょうか」
そう言って、シャスティナは身軽くたちあがった。
竜とのお茶会が、はじまろうとしていた。




