御伽草子の論理食い 1
[1]
私立竜宮女子大学。
お嬢様校とまではいかないが、そこそこに名の知れた女子大学である。
その文学部に、宗像伊織は通っていた。
大学入学からまだ一週間すら経っていない四月十五日。
新入生の多くは、大学という新しい生活空間に胸を躍らせ、童心に帰ったかのように無邪気にはしゃいでいる。
が、そんな彼ら彼女らとは対照的に、宗像は大学中庭のベンチで頭を抱えていた。
「……どうしよう……」
誰に聞かせるわけでもない呟きが、不意に漏れる。
雲ひとつない快晴。春風が桜の花を散らしていく。
趣深い春の光景を前にしても、宗像の周囲の空気は沈んでいた。
むしろ、その美しい光景がさらに宗像の落ち込み具合を引き立たせているといっても過言ではないかもしれない。
――どうしてこんなことになったんだろう。
――まあ、今回もやっぱり私の体質が問題なのか。
宗像伊織には、霊感的な何かがある。『的な何か』というのは、正しい表現の仕方が、宗像自身わかっていないから。正しい呼び方を知らないからである。
要するに、ラップ音やポルターガイスト、そういった怪奇現象の類に遭遇しやすい。それが宗像伊織の体質。
生まれつき目がいいとか、身長が他の人より高いとか、そんな感覚で宗像には怪奇現象が付き纏っている。
そして、今回の事件もまた、宗像が引き寄せた怪奇現象のひとつ。他の誰もが信じなくとも、すくなくとも宗像自身はそう思っている。
『予知能力者』を名乗る男、比嘉瀬。
宗像と比嘉瀬の邂逅は、先週の日曜日。四月七日に遡る。
[2]
夕暮れというには少し遅すぎるだろうか。
日はもうほとんど見えないくらいまで、地平線に沈みこんでいる。
と言っても、このビルの立ち並ぶ市街地では、地平線なんてものは見えないのだが。
腕時計で時間を確認しようとするが、いかんせん荷物が重くて腕が上がらない。
宗像は大学進学の際、実家を出て、一人暮らしを始めた。
大学からはすこし離れているが、その分家賃の安いアパートを借り、来週にはそこから大学へ通うことになっている。
が、今宗像がいるのは大学とは真反対の方向。当分の生活用品を買うため、電車で十五分ほどかかる市街地へ出てきていたからだ。
「ま、これだけ買っておけば大丈夫よね」
宗像は歯ブラシやら洗顔剤やらが顔をのぞかせるスーパー袋を両手に携え、帰路についていた。
このままのペースで歩いていれば、次の電車には間に合うだろう。
と。
「すこし、よろしいですか?」
「はい?」
不意に話しかけられ、振り返った。
振り返った後で、「あ、今の私じゃない人に声をかけたんだったら恥ずかしいかも」と思ったが、宗像は一瞬でその考えは杞憂だと知る。
声の主は若い男だった。宗像よりもすこし上か、もしかしたら同年代かもしれない。
男の視線は、まっすぐ宗像の目をとらえている。
「あの……私、ですか?」
「はい。あなたにすこし言っておきたいことが……あ、ナンパとかではないので安心してください」
そうはっきりナンパではないと言われると、女心的には複雑な心境だった。
男は、その前に、と付け加えるように言い、胸ポケットから一枚の紙を取り出す。
「私、こういう者です」
渡されたのは名刺だった。宗像はそれをぎこちない手つきで受け取ると、書かれている内容を反芻する。
「……比嘉瀬 十二郎……占い師?」
「そうです。実は私、予知能力を持っておりまして」
「その力を活かす為に占い師を?」
「飲み込みが早くて助かります。そしてあなたは実に興味深い。皆さん、私が予知能力を持っていると言ったときには大抵訝しむものなのですが」
「まあ、いずれそういう人も現れるんじゃないかと思っていたので……」
「はい?」
「ああ、いえ、なんでもないです。……それで、占い師さんが私に何の用ですか?」
「先ほども申しましたように、私はすこし助言をしたいと思ったのですよ」
「助言……占いじゃなくて?」
「占うまでもありません。はっきりと見て取れる。あなたの未来に浮かぶ、とてつもなく大きな『死相』が」
『死相』――死を間近に控えた者に浮かぶ相。手相であったり人相であったり、浮かぶ場所は様々。占い師などが感じる予兆の中でも最大級の不幸を表す。
宗像の『死相』に関する知識は、このくらいしかなかった。