ep06
特に言い回しもせず、はっきりと結論を導き出そう。
これには一切の定義も公式も法則もいらないことがわかった。
結果――――俺のピアノは最悪に最低なモノだった。
いや、俺のピアノではない。俺が弾いたピアノの音色は、だ。
打って変って彼女の様子はこの惨事は予想の範疇にある様子で一切言及してこない。
彼女いわく当たり前、らしい。弾けなくて当然。
それは至極当然の現象、らしい。
そして追い討ちをかけるがごとく…。
「凪クンは弾けてさえなかったよっ」らしい。おれの知るところではないがどうして揚羽がここまで溌剌とルンルンなのかも知り得はしなかった。
どうも初対面と比較するとそのキャラが大なり大なりブレてる気がしてならないんだけれど…、もしかして初対面の時は猫被っていたとか。俺はどうでもいいけど。ま、これも俺の知る所じゃないか。
それにしても揚羽のいうところの「弾けてさえいない」とは一体…。
俺は『音』はしっかり出せていたし、それは鍵盤を《弾く》行為で行動なのだから弾けてはいた筈だ。
哲学的な意味や倫理的な意味で言ったとなると、わからないー。
でも、まさかピアノを弾くのが此処まで至難なものとは思ってもみなかった。確かにピアノ教室に行っている友達は口を揃えて《難しい》となぜか誇らしげに断言してくるものだから程度はそこそこのレヴェルだと甘く見てたけれど、まさかこれほどとは。
陸上より難しい。
いや、その難しいのベクトルが正反対に逆なんだ。それじゃあ逆にはならないけど。
初めてだから慣れてなくて難しいと感じる…なんて感覚ではないと確信して言える。
これは、この難しさは…――。
「ね、意外じゃなくても難しいでしょ?」
揚羽は俺が椅子に腰をおろしている横で俺の表情を覗いながら聞いてくる。その表情はまさしく好奇の目だった。若干癖のある髪がふあっと鍵盤に垂れて、すこしドキッとする。いや、中学生男子なら普通でしょ。このしゅちゅえーしょんは。あ、噛んだ。
「…難し―――くはないかな」
はい、俺、負けず嫌いです。
すると彼女はスッと目を細めて―――、
「そうだね。確かに『難しく』はない。なぜなら凪クンは」
彼女は言い渋るように、言葉をいったん喉に溜める。そして、その細くて白い喉を震わせて辛辣な言葉を吐く。
その領域に踏み込めていないだけだから。
と。
「・・・・・・・・・・・」
何も言い返せなかった。三点リーダさえ会話に入れれなかった。ただ、無言。
苦言を呈された、ということだろうか。それでも、俺の考え方が甘かったことは真実だ。
「そんな言い方はいけないよ。難しいなら難しいと、『できない』なら『できない』って言わないと、人は分かってくれないよ?」
どうして彼女がそこまで辛辣な言葉を吐くのか、俺の中学レヴェルの脳の思考能力では答えを導き出せなかった。
「ま、いいよ。今度からは気をつけてね。言い方は重要だよ」
「っ、了解。ところでさ、一つ質問していい?」
ここでこの会話を挟んだのは相手の感情を知るためと、この選択が正しいかを判断するためだ。ギャルゲーじゃないけど。クイックセーブなんて無いけど。いや、けしてしてるわけじゃないから。
「いいよ。なんでもござれ。ほら、何?ドゾドゾっ」
超ご機嫌だった。
若干そのテンションの落差と口調に引きながらぶつけてみる。
「弾けてさえいないってどういう意味?」
「…………………」「いや、無言は遠慮したいけど」「…………」「いやさ…―――」「聞きたい、かな」「うん。まぁそりゃあ―――ね。ここまで含みを持たされたら誰だって好奇心が湧くっていうか」「しょうがない、か~。実際あたしの所為だしね。いやー、ちょっとミッシング」
彼女のは少し真顔になって、俺の目を直視する。
「本当ならもっと後に言わなきゃならないことなんだけど、口からポロッと出たから仕方ないね。言うよ。じゃーまず「ド」の音を鳴らしてみて。あっ、ト音記号のね」
俺は目の前にあるキーの本数が一目見ると分からない鍵盤の白鍵(そういや音楽の授業でならった)を人差し指で押す。
―――ドーーーーー…。「えっ!?」
ト音記号の少しだけ高いドの音が心地よく、軽い音が俺の耳の鼓膜を震わす。
俺の人差し指の押す艶のある白鍵によって押された無数の部品から成り、鳴り響いた音は…、
『軽かった』。
「うん、ま、そうなるよね。理解できたよね、凪クン。弾くことさえできていないって事が」
「…………………」
コレは、コレは最早技術の類のものじゃない。俺は初心者だが、それなりに思考する。
「これは基本中の基本の事か?」
「うん、基本の基本の基本の基本の基準の基準の基準の基準の基礎の基礎の基礎の基礎の基底の基底の基底の基底だよ。大袈裟じゃなくて」
「そうかな。けど、俺は…ちょっと」
ちょっと、出来なさそうかも。
「意気消沈ってところかな。失望させないでよ、この程度は小学生でもやってのけるんだから。せめて『きらきら星』が弾けるまでは続けてみてよ」
きらきら星―――。
昨日の六限目の音楽の時間でリコーダーの演奏は習った曲。リコーダーではさほど難しくなく、どちらかと言えば簡単な方だ。
リコーダーは十本の指を一つの筒の数個の穴に集中させるだけだから比較的簡単な楽器だと俺は思う。そして親指は後部の穴、一つを塞ぐだけでよい。そして、使える指も十本の中から限られており、シュアープやフラットも使用しないので音楽の実践には丁度いいレヴェルの楽器と曲だった。
コレを、俺は弾けるのか…。
内心が不安で満たされる。揚羽のアシスタントでやっと両手でドから一オクターブ上のドまで同じ動きで弾けるようになった。揚羽は初めてにしては上出来と嘯いていたが、こう考える。
同じ動きなんて出来てどうなる、と。
俺は生まれて相当数の音楽を聴いてきた。邦楽から洋楽からオーケストラの演奏から独奏まで。ジャンルはバラバラで量を聴いてきた。
その音楽の中で両手を使う楽器の中で、同じ音を両手で放つ曲は、『全く無かった』。いや、部分的にはある。けれど、最初から最後までなんてこと、無かった。
思わず腰が引ける。いや、弾けない。自分の出来る理想像が浮かばない。
「なーに無言になってるの。大丈夫だよ。『凪クンはこのランクの基礎技術は一か月ほどで楽勝に獲得できるよ』。いまは焦る必要なんて―――ない。初めて一時間も経ってないんだから」
揚羽は隣でにこやかな柔和な笑みを浮かべている。その瞳の奥には確固たる自信が―――灯っていた。
まるで、絶対にそうなると予知するみたいに。
それがもし現実になるなら、その洞察力は底知れない。
「そーか。ああ、理解した。つまりは経験値が足りないってこと。陸上は感覚。バスケもサッカーもバレーも感覚で補えるところが大多数ある。けれど、ピアノやその他楽器、卓球なんてものは指先を使う、いつもは使わない動きを強いられるから。体はいつも使うけど、指先はそれほど使わない。いつもいつでもいつだって固定されているから……――――」
揚羽は不意をつかれたみたいな顔をして、そして満足げにうなずいた。
「そういうこと。That's right!!」
凄い流暢な英語だった。先生よりうまい。
そしてアグレッシブな口調で言う。
「それじゃっ、今日のお浚いね。
一つ。ピアノを弾く時の椅子の座り方。
二つ。ピアノを弾く時には手首は鍵盤より上に持ち上げ、指の関節の使い方は包丁を持つ手じゃない方の食材に添えるような猫の手のように曲げる。
三つ。楽譜と鍵盤を交互にじっくりと見て弾く。
四つ。あわてずゆっくりとどんなに間違ってもやり直して、正しく弾く。
五つ。姿勢を保つ。
こんな感じかな。ま、コレを完璧にこなせるにはまだまだ当分さきだろうけどね」
「ま、がんばってみるか」「そうそ。その意気込みが大事なんだよ」
俺は六つ目を、心の中で付けタス。
六つ目、しっかりと鍵盤を弾く。
弾けてさえいない理由。
それは―――しっかりと鍵盤を押せていないんだ。鳴るには音は鳴る、なぜなら楽器だから。それじゃ駄目だ。しっかりと響かせなければ。響かない音なんて、無い方がましだ。
これは恐らくだけれど、俺の指圧が鍵盤の跳ね返りの力より弱いからだ。弱いから鍵盤が下りない。芯の無い音が、間抜けな音が鳴る。鳴らすためには、やっぱり練習。
指にはおのずと薄く筋肉がつくはずだ。
もう一度、今度は強めに押してみる。
―――ドォーーーーーー…。
さっきより大きな音が鳴り、徐々に小さくなって、はかなげに消える。
やっぱり。
響く。
響き渡った。
「脳内労働もいいけど、肉体労働もしっかりしてよね。指の練習を。まず、一週間でピアノの鍵盤の配置と音符と音の種類とそれと記号。記号はクレッシェンドとかね。それを覚えてね」
「おーけい」「ぐっとっ!」
今度は純日本語の英語発音だった、なんなんだー、一体。
俺はその言葉にただ頷いてうつむくしかなかった。
ここからは与太話になるが、彼女の、揚羽の笑顔は純粋で無垢で綺麗でそしてなにより、可愛かった。
<There is a player that his name is nagi.>
<There is a teacher that her name is ageha.>
<He and she is good tag!!>
to be contenued,Go to NEXT STAGE!!Harry up,Come on!!
何となく始めちゃいました。
こういう系の話。
嫌いじゃないです。
でも、うずうずします。書いてると。
と言う事でこっちの方もちょくちょくアップしていきます。
もう片方もぼとぼとアップしているので宜しく願います。
ピアノやったことないので矛盾してるところや意味不明なところがあるかもしれませんが、どうか宜しくお願いします。
間違いや訂正した方がいいなど思ったことがありましたら是非参考にしたいので感想などに書いてください。
では~。