ep03
見たことも無い女。
俺の眼前にいる女。
きめ細かい真っ白な肌と、引き込まれるほどのアーモンド色をした目。
眼前=鼻先数cm。
当然驚いたさ。
ああ、驚いたとも。
だから、悪態をついてうしろへざざっと後退した。
そして、もう一度女を見る。
肩にかかる程度の若干クセのある黒髪。烏の濡れ羽色の―――黒髪。
夕焼けを背景にしてその存在が強調されているように見える。
顔――美人だった。深窓の令嬢のニ分の一程のオーラを放つような顔だった。
つまりは、引き込まれるのだがどこか棘のあるような顔つきだった。
綺麗なバラには――棘がある。
奇麗――の間違いじゃなければいいのだが。
夏服の袖から見える腕、手首、指は肉体美――と定義していいのかは分からいが、とてもすらっとしている。まるで―――俺のように。
俺は彼女を一度いぶかしむように一瞥して、
「男に繊なモノってなんだか変じゃない、そうは思わないのか?それと、俺はあんたと初対面なんだけど」
彼女はクスリと笑う。いや、唇を柔らかく持ち上げる。本当に、本当に、柔和な笑みだった。
少し――否、ものすごいギャップが起こり、俺は彼女の仕草に引き込まれていた。
まるで、貴族の立ち振る舞いみたいだ。
「ああ、ごめんなさいね。笑ったのは私が思っていた返答とはあまりにかけ離れていたからなの。気を悪くしたら謝るわ、ごめんなさい」
「いいって、別に気にしてない」
「私はてっきり初めに私の事に対する質問を返してくると思っていたの。質問に質問で返すのは礼儀としてはちょっとってところが在るよね。けどあなたは質問に同意の返答を待つという一歩進んだ礼儀違反で答えを返してきた。ふふっ、思った以上に楽しいのね。あなたは」
「ああ、そうかい。じゃぁお待ちかねの質問会としょい込みますか。あんたは――あなたは誰?」
「私は『灰鈴 揚羽』。今日、転校してきたばかりの中等部二年生よ。それは初対面よね。初対面でなかったら何なのってくらいには。宜しくね」
彼女はシラウオのような手を差し出す。もしかして、握手でも求めているのだろうか。
……迷惑だな。
しかし、俺は自分の思いとは裏腹にその手を少し強い力で握り返した。柔らかッ!!
「宜しくな、俺は――」
「ウナギ」
「――へっ?」
「だから、あなたの名前は カト ウナギ だよね。改めて宜しく」
ギュッと、繋いだ手に俺が込めた力以上の力で握り返してくる。意外と負けず嫌いなのか。
「いや、いやいや、いやいやいや、違うから。カトウ ナギ だからっ」
「ふふっ、知ってるよ。わざと間違えてみただけだよ、凪クン」
そう言って込めた力を緩めて手を離す。
少し、微妙な時間が流れる。
数秒、数十秒、一分、一分半、そして――、
「ねぇ凪クン。私と一緒に作らない?」
彼女は一段とやさしい声で、どこか少し色が入っているような声で聞いてくる。
「作るって…何を」
俺は安直に聞き返す。彼女の瞳は真剣で、俺の目を見ている。俺の目は、彼女の目を見ている。
「新しい部活。『指使い部』」
俺が見る彼女の眼は、瞳は、真剣そのものだった。
「ねぇ、作らない?」
コツンッ。
一歩、彼女はこちらに近づく。
俺たちの幅はおよそ彼女の歩幅五歩分。
俺は返答しない。
「もしかして、迷ってるの?」
コツンッ。
一歩、彼女はこちらに近づく。
俺たちの幅はおよそ彼女の歩幅四歩分。
まだ、俺は返答しない。返答出来ない。
「作ろうよ、一緒に、ね」
コ――ツンッ。
一歩、彼女はこちらに近づく。
俺たちの幅はおよそ彼女の歩幅三歩分。
しかし、俺は返答できない。返答できるわけがない。
「試しにでもいいから、ね。『指使い部』」
――コツンッ。
一歩。彼女はこちらに近づく。
俺たちの幅はおよそ彼女の歩幅ニ歩分。
もう目の前だ。だが、返答せず、出来ない。言えるわけがない。
「きっと楽しいな。『指使い部』」
コツン――ッ。
一歩、彼女はこちらに近づく。
俺たちの幅はおよそ彼女の歩幅一歩分。
彼女の息遣いがうっすら聞こえるくらいの距離。返答で――――する。するしかなかった。
「『指使い部』っていやらしくないですかぁぁああああああああああああああああああああッ!!!!」
……言ってしまった。
……シャウトしてしまった。
彼女を見ると、クククククッと本当におかしそうに笑っていた。
また、その姿も柔和さが形どられていて、引き込まれた。
ひとしきり薄く笑うと、彼女は頬を緩めたまま、言う。
「勘違いだよ」
「ふぇっ?」
「『指使い部』は×××を××為の口実の部活だよ」
「……あぁ」
恥ずかしい、とっても物凄い痴態を晒してしまった中学二年の夏の出来事だった。
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